見回り
早い時間に着替えなどの荷物を運びこむと、俺は平井を引きずって明るい間に校内を一通り見て回ることにした。
俺たちが通学してた頃の七不思議は井戸の幽霊、グラウンドの火の玉、理科室の亡霊、講堂裏の地蔵、家庭科室の動くミシン、旧校舎の二階の女の子、茶道部部室に出る鎧武者だった
今は旧校舎もないし、いろいろ変わっているんだろう。少なくとも井戸と火の玉、鎧武者、地蔵以外はどれも旧校舎だったから、除外する。
地蔵は、見に行ったら昔より立派なお堂に建て替えられていて、打ち捨てられた地蔵の風情はまったくない。これも除外していいだろう。
グラウンドの火の玉はもはや言わずもがな。今でも目撃例の多い七不思議の一つだ。今は野球部が練習中で、何があるわけではない。
校舎をぐるっと回って井戸を目指す。というのもHの形に建てられた鉄筋の校舎の横棒の裏側が井戸のある場所なのだが、校舎からそちらに出られる扉は一枚もないのだ。
中庭のように作られているそこは、学校の花壇に植える花を育てるのに使われていて、時期になれば順に咲く花が区分けされて植えてある。
その隅っこにあるのが例の井戸だ。
校舎と井戸の位置を把握しながら、俺は井戸に近づいた。
他のところは花壇の周りに大理石の石畳がきちんと敷かれているが、井戸の周りだけは意図的に何も配置していない。草も引いてないようで、鬱蒼と草が茂っている。
「なぁ、そんなに近づいて……」
「ここ」
遠慮してずいぶん遠くからこっちを見てる平井を呼び寄せる。イヤイヤしながらやってきた平井は、それを見て眉をひそめた。
「こりゃ、人の足跡だな」
深く生い茂る草を踏みつけた痕。しかもつい最近できたもののようだ。だが、井戸の上に置かれた鉄板はずっしりとして重く赤錆びて、人の手で動かされたような痕もないし、そもそも太い金属と楔で地面にしっかり固定されている。以前は中が覗けたんだが、どうやってももう無理だろう。
「校長先生が見たのは誰かが化けた幽霊だってことだよな」
俺はその位置から上を見上げる。確かに校長室の窓は見えるようだ。
「まあ、そうだろうな。でもそれぐらい、校長先生も気づいてるだろうよ。警備員にチェックしてもらったんだろうし」
「むしろ、井戸を点検しに警備員が踏み込んだ時の足あとなんじゃないのか? これ」
その可能性もある。サイズはかなりでかい。大人の男のサイズは間違いない。
「重たいものが転がる音、って言ってたな」
「金属音とは言わなかったんだよな。ゴツっとかボコッとかそんな音らしい」
「じゃあ、この蓋が動いたわけじゃないな。この重い鉄板ならそんな程度の音じゃすまないだろ」
「だな。じゃあ別の何かが落っこちたってことか」
「何かってなんだよ」
「さぁね」
周辺を見回して俺は曖昧に答える。もし、校長先生を窓際に呼び寄せ、幽霊の姿を見せるのが目的なら、近くにそれらしいものが落ちてる可能性だってないわけじゃない。
「ここって夜になったら明かりひとっつもないのかな」
「今晩見まわってみれば分かる」
「……俺も行かなきゃダメか?」
俺は平井を見やってため息をついた。
「別に来なくてもいいけど、じゃあ鎧武者の出る茶室に一人でいろよ?」
素っ頓狂な悲鳴が聞こえた。
「お、俺も見回り、つ、つきあうわ。おまえ一人だと、心配だしなっ」
平井、声がひっくり返ってるよ。俺は平井に見られないようにこっそり微笑んだ。
「じゃ、そろそろ戻ろう。夜になる前に色々準備しておかないと」
「準備?」
首を傾げる平井に、俺は言った。
「食堂、開いてないって話だし、晩飯と朝飯、それから飲み物なんか準備しとかないと」
「ああ、コンビニか。分かった。まあ、お袋に弁当作ってもらってもいいんだけどさ」
「それは申し訳ないからいいよ。コンビニまでぶらつこう」
来る時に通ったから、最寄りのコンビニまでそう遠くないのは知っている。なにより、十年ぶりのこの街を、少しだけ歩きたくなった。駅から学校までの通学路、よく寄り道してたパン屋、本屋……。
「そうだな、おまえにとっちゃ十年ぶりか。結構変わってるから驚くなよー?」
平井のからかうような声に、俺はうなずいた。