母校
十年ぶりに訪れた母校は、昔よりさらに近代化されていて、周りの土地まで買収して拡大されていた。昔はなかった体育館も、プールもできていた。
そういや募金のお願いとか来てたっけ。金がないから全無視してたけど。
「こっちだ」
平井の誘導に従って俺は教員棟の玄関で靴を脱いだ。
入り口でなんか書かされて、ネームタグを首から下げる。まるでどこぞの企業の入門手続きと、もはや変わらないんだな。昔は卒業生はフリーパスで構内に入れたのになぁ。
それにしてもさすが私立、金かけてる。廊下でさえエアコンが聞いてて涼しい。通った頃にはなかった鉄筋の教員棟、実験棟。それらを物珍しそうに眺めながら、記憶にあった木造校舎の位置を重ねて行く。
購買のあった木造校舎ももちろん潰されている。
階段を上がって三階に上がると、平井は躊躇なく職員室の扉を開いた。
「こんにちはー」
「お久しぶりです」
夏休みだというのに、教師の出席率がいい。今日は登校日じゃないはずだが、やはり教師に夏休みはないのだろうか。
顔見知りの教師は残念ながら今日は来ていないらしい。見覚えのない若い先生や白髪頭の先生ばかりだ。
「すんません、校長先生は?」
近くの先生に聞くと、どうやら校長室にいるらしい。
僕らは四階に上がった。
校長室はさすがの平井もノックした。返事があって、足を踏み入れる。
「お久しぶりです、紫村先生」
「おお、君らか。悪いね、わざわざ呼びつけて」
いえ、と言いながら、俺は十年ぶりの紫村先生を観察した。さすがに苦労してるのだろう、顔の皺も増え、白髪の量もごっそり増えている。髪の毛の量は昔と大して変わらずふさふさだが。
「で、問題の井戸ってのは?」
先生は窓際に立つと俺らを手招きした。
「あれだよ」
そこには――昔と変わらず赤銅色の分厚い鉄板の乗った井戸の跡があった。
「この間、合宿していた子たちがあれを見たらしくてね」
十二年前と同じものを、と先生は言外に匂わせる。
「合宿って、あの茶室、まだ残ってるんですか?」
「ああ、あの一棟だけはそのまま残してるんだよ。まあ、エアコンとかは入れてあるけど、ほぼ昔のままだ」
「それ、先生もみたんですか?」
「……そうなんだよ。ちょっと前に夜中までここで仕事していたらね、いきなり重たいものが転がる音がして、気になって下を見たら……」
両手をぶらっと垂れ下がらせて、先生は青い顔になっている。
「で、見に行ったんですか?」
「いや……他に誰もいなくてね、警備員を呼んでから見に行ったんだけど、何も変わってなかった」
「警備員がきたのはどれくらいあとですか?」
「三十分ぐらいだったと思う」
「その間、ここから見てたんですか?」
「……まさか、呪われたらどうする」
意外とこの先生、呪いとかお化けとか信じる人らしい。
「他にはありませんか? そういった噂」
「グラウンドの火の玉はもう最近はしょっちゅうだねえ。お盆も近いし。木造校舎が減ってからは他の目撃話は聞いてないけど」
「……分かりました。それで、俺らはどうしたらいいんです?」
「夜に様子を見まわって貰いたいんだ。昔と同じように茶室と風呂は使えるようにしてあるから」
「わかりました」
「えっ、俺は家すぐそこだし……」
「……一人で見回りさせる気か。何かあって俺が死んでもいいってことだな?」
「わ、わかったよ。付き合うよ」
「すまんがよろしく頼む。必要なら鍵と、セキュリティキーを準備しておこう」
及び腰な平井と俺は、茶室に泊まることになった。