6「旅の始まり」
今日は二作投稿しています。先にそちらをご覧ください。
迷宮――――――――
この世界でのその役割は、腕試しの場であり、物によれば現代で言うトンネルの役割を持っている。
冒険者という存在がいるこの世界では、迷宮は絶好の稼ぎ場所と言われている。
なんせその迷宮を守る魔物を倒せる力があれば、迷宮の力で作り出される魔石と呼ばれるものが取り放題なのだ。
魔石とは魔力をまとった石のことで、まれに特殊能力がついているものが見つかることがある。
それらは総じて高く取引され、大量に手に入れば一気に億万長者になれたりもする。
迷宮はそんな宝石が生産される場なのだ。
で、現在の俺はと言うと……。
「面倒くさい……なっと!」
「ギャァァァァ!」
迫ってくるS級魔物、ギガンテス・エンペラーの群れに特大の火炎魔法を叩き込む。
前にいた数体を一瞬にして灰に変え、その後ろに構えていた数体すらを炎が包み込んだ。
悲鳴は後ろにいたやつらが火だるまになりながら叫んでいる声だ。
第一陣が全滅したのを確認し、第二陣に備える。
が、さらに後方にいた魔物たちは、一瞬にして仲間がやられたのを見て一目散に後退していった。
さすがに突っ込んでくるほど馬鹿じゃなかったか。
俺は現在迷宮にいる。
母さんの出してきた試験は、このSS級とランク付けられている迷宮、「魔宮」を攻略することだった。
ここさえクリアできれば、世界中どこの迷宮でも単独で攻略できるようになる……という論を元にした試験ってことだろう。
ちなみに、この迷宮はトンネル式で、出口はラピスラージの北側の港だ。
つまり、クリアさえできればそのまま旅に出ることが出来るということ。
「クリアできなければどの道旅には出られないってことだよね……まあ効率がいいことで」
「グルァ!」
「邪魔」
「キャイン!?」
ここの迷宮はおかしな仕掛けとかはないけれど、単純に強い魔物が高頻度で現れる。
一体一体相手にするとあっという間に囲まれるため、いかに時間をかけないで処理できるかが重要。
俺であれば、こんな風に跳びかかってきた犬型の黒い魔物に、反射的にS級の雷魔法を当てることも容易であり、囲まれることはまずない。
そう言えば、この魔法なんて言うんだっけか。
「……ぶっちゃけ魔法名とか覚えてないんだよな」
ついポツリと言葉を漏らす。
この世界の魔法はランクが上がれば上がるほど、名前が長くなってしまう。
アガリアの話だと呪文詠唱というものもあるらしいのだが、俺は面倒くさくなって全部省いてしまったらしい……。
なぜらしいのかというと、誰一人詠唱を教えてくれなかったため、詠唱の内容すら知らないからだ。
普通は詠唱して、自分の中で魔法を組立て、そこに魔力を流し込んで発動……などのプロセスがあるらしい。
それが今の俺はというと、ゲーム感覚で、使う魔法の規模を頭で選択、それ相応の魔力を流し、放つ。 わかりやすく言えばドラ〇エをやっている気分だ。
魔力は有り余っているから、下手すれば高ランクの魔法だって連射できるんじゃなかろうか?
今のところ一撃で何とかなっているから必要はないけど。
なんだろう、こういうの作業ゲーって言うのかな。
◆◆◆
特に危なげなく最深部へ。
あれから作業というなの殺戮を繰り返し、数時間かかって迷宮の最深部に来れた。
そこにいたのは巨大なドラゴン!真黒な鱗を持つ黒龍で、10メートルを軽々超えている。
いかにも迷宮のボスと言った感じだ。
「グルル……」
「へぇ……ドラゴンってこんな感じなんだ。初めて見たよ」
黒龍は出会った直後から俺を警戒し続け、口の中に炎をためている。
対して俺は自然体で構え、トントンと地面を蹴り、短いジャンプを繰り返していた。
まあ癖みたいなものだ。
陸上選手とかも走る前に軽くジャンプしてるでしょ? それだよ。
「ふっ……ふっ……」
同時に呼吸も整える。
俺が正面から真面目に戦う時は、大体こうしてリズムを作るようにしている。
気のせいかもしれないけれど、こうして出来たリズムに乗って動くと、かなりスムーズに動ける気がするのだ。
焦ったりもしないしね。
コンディションを整えつつ、油断なく黒竜を睨んでいると、奴が鼻から一気に空気を吸い込んだ
(来る……ッ!)
「ガァ!」
放たれたのは鉄すらも溶かしそうなほどの巨大な炎の塊。
それは俺を包み込もうと迫ってくる。
「面白い」
俺は足が地面についた瞬間に駆け出す。
あの行動の利点はもう一つあって、スタートダッシュが速くなるんだ。
これも現代の知識で、何かスポーツで使える技術だったはず。
爆音とともに炎が着弾。
その時にはもう俺はそこにおらず、俺は広い最深部の圧倒的広さを利用し、竜の後ろを取るべく回り込むように走っていた。
しかしこいつも歴戦の竜。
今までずっとここを守っているだけはある。
ギョロッと眼を動かし、俺を視界に捉えたようだ。
「っ! おっと」
俺は走るのをやめて、跳ぶ。
尻尾攻撃だ。
回り込もうとしていた俺の進路に合わせて、驚異的なスピードで振り抜いたみたい。
対する俺は壁際まで跳び、指でゴツゴツとした岩の壁を掴んでぶら下がる。
「うーん……普通の速度だと対応されるなぁ」
「ガァ!」
俺を見つけた黒竜が、再び口の中に炎を溜め込んでいる。
バカだな、自分から視界を塞ぐなんて。
「加速――――――――――」
炎が放たれた。
俺は足を壁の岩にかけて踏み込み、蹴りだす。
トン、トン、トンと壁を駆け抜け、あっという間に黒竜の背中を取れた。
やっぱりバカだ。
炎が壁に着弾したせいで煙が上がり、まず俺の姿をやつは見失った。
そんな中で振られた爪や尻尾が当たるわけがない。
そして、「加速」を使っている俺を眼で追えても、対応することは出来なかっただろう。
「〈三速〉――――――」
全力で壁を蹴りこみ、拳を引き絞る。
しかし竜も俺の気配に気づき、振り向きざまで爪を振ってきた。
さすがだ、タイミングが完璧。
でも「遅い」。
俺の身体が、「加速」する。
当たるはずだった爪は空振りし、俺は加速したままその拳を竜に叩きつけた。
「フィスト!」
「ギ――――――――――――」
竜の強靭なウロコを砕き、その巨体を吹き飛ばす。
地面を一度跳ね、仰向けになった竜は痙攣するばかりで、もう動かない。
「かったいなぁ……「三速」使ったのに生きてるなんて」
加速の魔法は、自分のすべての行動の速度を高めることが出来る。
速ければそれだけ破壊力も増すだろうと言う単純な思考のもとで、俺が編み出した技だ。
最初の頃は速度に肉体が絶えられなくて、肉離れとかしょっちゅうだったのはいい思い出。
「いい勝負だったよ、楽しかった」
俺は一本ナイフを取り出し、黒竜の心臓があるであろう部分目掛けて振り下ろした。
ウロコを貫き、刀身がすべて肉の中に入る。
もちろん、この巨体の心臓部には刀身の短いナイフでは届かない。
ただし、このナイフの魔力伝導率はかなり高いのだ。
電気の魔法を流し込み、ショックを届かせる。
大きく痙攣した後、黒竜の心臓の音が止んだ。
◆◆◆
「ふぅ…」
辺りから魔物の気配はしない、黒龍がボスで間違いなかったようだ。
SS級と言っても俺は少ししか疲れていない。
最後以外はどこか拍子抜けした感じと、微量の達成感が残る……まあこれで合格ならいいか。
「ん……?」
ふと部屋を見渡した時に、俺は黒龍がいた場所の後ろの壁が少し光っていることに気付く。
光が漏れている場所を確認すると、人一人くらいなら通れそうな穴を見つけた。
元々は大きな穴だったのだろうけれど、さっきの戦いの衝撃で少し崩れたみたい。
これ完全に塞がっていたら気づかなかったな、危ない。
穴の奥に体を滑り込ませると、光のもとはすぐに分かった。
「わぁ……」
思わず声が漏れた。
そこにあったのは色とりどりの宝石、その数が尋常じゃない。
一つ一つに大小はあるものの魔力を感じるから、ここにあるすべてが魔石なのだろう。
さて、ここからは迷宮制覇のご褒美タイムだ。
「ふぅ~……」
めぼしい魔石をあらかた魔法袋に放り込んで、一息つく。
魔法袋は持ち主の魔力量に呼応して容量が変わるすぐれものだ。
とりあえず、人間なら数十回人生を遊んで暮らせるほどの資金は、これで手に入れたことになる。
最難関迷宮の魔石はそれだけで価値があるからね。
魔石ゾーンを進んでいくと、一番奥にもう一つの部屋を見つけた。
中をのぞくと、その部屋には魔法陣が一つあるのみ。お
そらくこれが外へ転移させてくれる出口なのだろう。
「……」
魔法陣を見つけた後の俺の目は、近くにある魔石に向いていた。
……元一般人なもので、こういう時の貧乏性が嫌になるね。
最後のスパートをかけて魔石を異次元に放り込み、満足したところで転移魔法陣に乗った。
こういう魔法陣は魔力を流せば簡単に発動するから、かなり便利だ。
魔王城にもいくつかある。
ほんの少し魔力が減った感じがした後、俺の見る景色は一瞬で変化した。
転移すると、迷宮の中から一転、木が生い茂る森の中に足をつけることになった。
ほのかに潮の香りがするから、海が近いのだろう。予定通り港の近くに出られたようだ。
外はうっすら暗く、もうじき夜になるだろう。
足元を見ると魔法陣はなく、雑草が生えていた。
一方通行の移動経路だったらしい。
確か魔王城から港までは徒歩数週間だったはずだから、数時間でここまでこれたということはかなりの近道だったんだろう。
飛んで行った場合もっと速いけどね。
とりあえず辺りを見渡す。
何とか港街への道を見つけないと。
歩いて探そうかと思っていると、すぐ近くから足音が聞こえてきた。
こんな場所、こんな時間にどんな人がいるっていうんだろうか。
少し警戒しつつその方向を見ると、そこには意外な人物がいた。
「お待ちしておりました、ハル様」
「……どうしているのかな、レティ」
「ルシファー様からの命令でして、貴方様の旅のお世話をするようにと」
あれ、一人旅のつもりだったんだけど……。
「ハル様は船の乗り方も大陸の地理も大陸ごとの物価も把握できていないと思われるので、僭越ながら私が付き人となり支援させていただきます」
「レティってサラッと痛いところ突いてくるね」
確かに勉強はしたけど、把握はしきれてない。
言われてみれば、一人旅って結構無茶だったのかも。
「では行きましょうか。今日はもう遅いので港町で宿をとりましょう」
「……はぁ、分かったよ」
レティの指す方向に歩みを進める。
色々誤算はあったけど、ここから始まるんだ、俺の旅は。
今あるのはちょっとの不安と大きな期待。
この先、どんなものが見れるのか、どんな人と出会えるのか……。
「どのような宿がいいですか?」
「ご飯が美味しいとこがいいな」
「かしこまりました、厳選しておきましょう」
まあどんなものでも楽しんだもん勝ちだ、旅なんてなおのこと。
「よし、レッツゴー!」
「それは何ですか?」
「よし、行くぞー! って意味。ほら一緒に、レッツゴー!」
「ごー?」
ううむ、似合わないところが可愛い。
気合も入ったところで、俺たちは港街を目指して歩き始めた。
おそらく旅編ということになるんでしょうね






