4「これテンプレ?」
VIP席で悠々とお昼とお茶を楽しむエルリント家と俺たちルシファー家。
母親二人組は、思いで話や近状報告に勤しみ、子供である俺とシェルムは注文した料理をひたすら食べる。
俺はすでに二人前ほどを食べ終わっている。
今は地球で言うペペロンチーノ的な料理を腹に詰め込んでいるけれど、後一人前くらいは食べられそうだ。
これは魔族ならではの魔力の維持に必要不可な行為だ。
なんでも、カロリーの一部を魔力に変換し、全体の総量を増やしているらしい。
そのため俺も大量の食事が必要だ。
そんな俺の食べっぷりを見て、目の前に座るシェルムが呆気にとられた顔で俺を見ていた。
「あ……ハルくんって……食いしん坊さんなんだね……」
「ま、まあね」
く、食いしん坊さん……ちょっとやだね。
まあ食事は好きだから続けるんだけどね、太らないし
俺はその後デザートまでを綺麗に完食して、楊枝的な何かで歯の間のカスを取りながらくつろいでいた。
シェルムは女の子らしく食べるのが遅かったので、俺が三人前を食べきるころに自分の分を食べ終わっていた。
つまり俺と同時にごちそうさまを言ったわけだ。
……さて暇だ。
お母さんコンビは、ほどほどに食事に手を付けつつ会話を続けている。
よく話題がなくならないなぁ。
シェルムも暇なようで、一点をぽけーっと見つめている。
その一点って言うのは俺の顔なんだけどね。
何かついているのだろうか……目が合うと少し恥ずかしいから彼女の方は見ないようにしておく。
数十分後、相も変わらず親たちの会話は続く。
ちょっとイライラしてきた。
さらに数十分後
ようやく二人が暇そうな俺たちに気づく。
「あ、すまんすまん。暇だったろう?よかったら遊びに行ってきな。」
おお、なんて天使的な発言……魔王だけど。
「いいの?」
「ああ、お金も渡すし、自由にしてきな。けどあんまり遠くに行くのはよしてくれ」
「はい」
渡されたのは銀貨一枚、価値は1000ゴールドだ。
日本の千円と同等の価値と思ってくれていい。
4歳児に千円を渡す……一般家庭だったら甘やかし過ぎって言われそうだけれど、俺はもう20越えているので少ないくらい。
まあ数時間なら暇が潰せるだろう。
「それならシェルムも行ってくる?」
「いいの……? お母さん」
「いいわよ。その代わりハル君に付いて行ってね?」
「え?」
急に俺の名前が出てちょっと驚き。
「ハル君、悪いんだけどシェルムと一緒に行ってあげてくれないかしら? この辺に悪い人はいないけれど、女の子一人だと不安だから……ね?」
「なるほど、分かりました」
うーん、一人で回ってもまた退屈しちゃいそうだし、シェルムとも仲良くなりたい。
って考えると、中々に魅力的な話だ。
「お願いします……」
シェルムが頭を下げてくる。
「あ、うん。よろしくね」
俺はシェルムの視界に入るように手を差し出す。彼女はそれを柔らかくて暖かい手で握ってきた。
店を出る前に、シェルムもセシルさんに1000ゴールド受け取り、俺たちは街へ飛び出す。
二人で歩くグラプスの街、とてもにぎわっている通りを女の子と歩いている……もしかしてこれはデート?
ちゃっかり手も繋いじゃってるし
「ハル君……離さないでね……?」
「うん…」
ううむ……年齢さえ合えば完璧だったんだけど。
まあそうなると俺の身体年齢と合わなくなるんだけどね。
それから色々と会話をしながら店を見て回る。
シェルムは俺が話しかけているうちに心を開いてくれたようで、途中からは俺が聞く方になっていた。
あと笑顔で話をする子供らしい彼女はめちゃくちゃ可愛い。これ大事。
どうせならと思って、途中でアクセサリーショップに入った。
目的は、シェルムへのプレゼント選び。
初めて会った記念に、何か渡したいと思ったのだ。
と言っても今の全財産は1000ゴールドだから、宝石の付いた豪華なものは無理だ。
1000ゴールドで買えて、できるだけ長持ちして、出来るだけ不格好じゃないものが欲しい。
と探していたら見つけました、安いペンダント。
質は悪くなさそうな紐の先に、木彫りのハートマークが付いている。
可愛らしいし、値段も700ゴールドと高くない。
俺はそのペンダントを手に取り、レジへもっていく。
「ハルくん、それ買うの?」
となりのシェルムが聞いてくる。
「ちょっとお土産にね」
君にあげるんだよとはもちろん言わない。
別れ際にあげるのだ。
その方がイカスだろ?
買ってから店を出る。
その後はまだ見てない方向へ手をつないだまま歩き出した。
「ねぇ……ハルくん、ここどこ?」
「ん?」
ふと路地を一本入ると、そこは真っ暗で何やら危険な臭いがした。
なるほど、こっちはまずいな。
「これ以上はちょっと帰れなくなるからやめようか」
「うん……」
踵を返して、来た道を引き返す。
そろそろ母さんたちの話も終わっているだろう。
というか終わっていてくれ。
路地から離れようと、数歩歩き出した時、危険がすぐそこに迫っていた。
「へへへ……坊やたち、こんな危ないところに来ちゃ駄目じゃないかァ……」
「へへっ……」
「……うわぁ」
三人ほどのならず者らしき男が目の前に立っていた。
それを見た俺はリアルに口から間抜けな声が出てしまう。
なんでこうも狙ったようにテンプレが訪れるんだよ……当たり前とテンプレは違うんだよ家に帰してくれ。
「ひっ……」
シェルムは怯えてしまっているが、俺の頭は冷静だった。
まあこの人たち、今の俺でも簡単に勝てるからね。
ん、でも待てよ? 実はこの人たち見た目はアレでも、本当はいい人かもしれない。
人を見かけで判断するのはよくな――――――。
「こんなところに居たら…俺たちみたいな「奴隷売り」に捕まっちまうぞォ!」
ですよねー。
三人の中心にいた一人が、シェルムに向かって掴みかかった。
俺は彼女へと伸ばされた腕を横からつかむ。
「あ?」
ならず者Aは驚き、俺の方へ顔を向ける。
その顔面を、俺は拳で殴りつけた。
「へぶっ」
ならず者Aは鼻血を振りまきながら後方へ転がっていく。
受け身が取れていないから気絶してしまったんだろう。
魔力で多少強化した拳だったし。
「て、てめぇ!」
「畜生ッ!」
Aと同じく、BとCも直線的に跳びかかってくる。
今度の対象は俺だけれど。
俺は小さい体を利用し、跳びかかってくる二人の間をするっと抜けた、と同時に服の下に隠していた万能糸を取り出し、二人の足に巻きつける。
万能糸は名前の通りの糸で、何にでも使える強靭な糸だ。
使いやすいからいくつか隠し持ってる。
「うおっと……」
攻撃をかわされよろける二人。
俺は二人が体勢を立て直す前に、巻きつけた糸を思いっきり引っ張った。
「なっ」
「うお!?」
足に絡まった糸を引かれたことで、BとCは一瞬宙に浮き、次の瞬間には顔面を地面に叩き付けて気絶した。
「おじさんたちカッコ悪いね」
まあ未熟でもこっちは魔王の息子なわけで、簡単には負けられませんよ。ええ。
どうやら近くに居たならず者はこの三人だけだったようだ。追撃はない。
というかさっき奴隷売りって言ってたな、この世界には奴隷がいるのか。
興味が湧いてしまうけれど、一先ず後回しだ。
俺は三人を万能糸でしばりつけ、放置しておく。
あとは憲兵の人が見つけて何とかしてくれるでしょう。
後始末が終わると、俺はシェルムに駆け寄った。
大丈夫? と声をかけようと思ったら、彼女は驚いた顔のまま俺の拍手を送ってきた。
……なかなか神経が図太い子だな。
まあ母親が魔王といい勝負できる人間だから、もしかしたら護身用魔法くらいは使えるかもしれないけども。
ともあれトラウマとかになっていないことを喜ぼう。
シェルムが平気と分かったので、俺たちはすぐにその場を後にして、母さんたちのいる店の周辺に戻ってきた。
あとで聞いた話によると、俺たちが行ってしまった場所はかなり治安の悪いところの手前だったらしい。
改めて見るとどう見てもヤバ気な場所だった。
いくらなんでも気づけし俺。
店に戻ると、とんとん拍子で時は進み、母さんたち含めて俺たちは店外に居た。
ちなみに戻ってきても、母さんたちの話は終わってなかった。
ママ友の話ってどうしてこんなにも長いんだろうね?
「今日は楽しかったわルシファー♪」
「ああ、私もだ」
握手を交わす二人。
その後セシルさんが俺の方を向いて言った。
「ハル君もシェルムの面倒見てくれてありがとう、大変だったでしょう?」
「もう! お母さん!」
自分を話題に出されて赤くなったシェルムがセシルさんに抗議の声を上げる。
「いえ、そんなことはなかったですよ?」
というか俺が危険な目にあわせちゃったんだ。
大変だったのはシェルムの方だろう。
「あら、ハル君大人ねぇ~……あ、ルシファー、さっきの話ちゃんとハル君にしてよ?」
「分かってる。だが期待はするなよ」
さっきの話?
「話してくれるだけでいいわよ。それじゃあ……この辺で失礼しようかしら。またね、ルシファー、ハル君」
「ああ、またな」
俺も続けてまたねと言いそうになって思い出した。
「あ、シェルム、これ受け取ってほしいんだ」
俺は手に持っていたハートのペンダントをシェルムに差し出した。
「え……これさっきの?」
「まあ気に入らなかったら捨てちゃって構わないからさ、今だけ受け取ってくれないかな?」
捨てられちゃったらちょっと残念だけどね
「す、捨てないよ! 大事にするよ!?」
「はは、ありがとう。それじゃあ……」
「うん……ほんとに大切にする」
ペンダントは無事受け取ってもらえた。
とりあえず一安心。
シェルムは俺のペンダントを握りしめて、とても可愛い笑みを浮かべている。
これはあれだ……将来また会えたらもっとお近づきになろう、そうしよう。
「よかったわねシェルム」
「うん」
天使のような笑みだ。女子慣れしてない俺には目に毒だぜ。
「それじゃあ今度こそ、ハル君、ルシファー」
「ああ、それじゃ」
「またね! ハルくん!」
「うん、また」
手を振って別れる。
また会えたらいいなぁ……なんて思いながら。
帰りの道中、また数時間かけてラピスラージに戻らないといけない。
夕飯に間に合うかな?
そこでふと思い出した。
「そういえばさっきの話って?」
となりで飛ぶ母さんに尋ねる。
「ん? その話か。あれだよ、セシルが大魔法学園の理事長をやっているだろ? だからハルを入学させてみろって言う話だよ」
へぇ……って、え?
「え……セシルさんってそんな偉いの?」
「あれ? 言ってなかったか?」
知らないんだけども。
「まあと言う訳だから、13歳になったら入学できるけど、どうする?」
「うーん……」
◆◆◆
ハルとフィーネルと別れたセシルとシェルムは、自宅への道を馬車に揺られながら進んでいた。
先ほどからシェルムは彼からプレゼントされたペンダントを見つめ、年に合った可愛らしい笑みを浮かべている。
「そんなに気に入ったのね、ハル君からのプレゼントが」
「うん! だってハルくんがくれたんだもん!」
「ふふっそうねぇ…かっこよかったものね、彼。」
「うん!私を守ってくれたりもしたんだよ!」
うん___知ってる。
実は母二人は、子供が襲われたことを知っていた。簡単な探索魔法‘サーチ’を使い、街中の様子を把握していたのだ。普通の人が使えばサーチでそんな芸当はできないのだが、さすが魔王クラス、会話しながらでも片手間でやって見せた。
満面の笑みで頷くシェルム。そんな娘の表情を見て、セシルはペンダントを首にかけてあげた。
「これはこうやって身に着けるのよ。」
「わぁ…ありがとうお母さん!」
「うふふ…」
シェルムは首から下げられた魔族のペンダントを見て、ずっとニコニコしている。
将来的に、シェルムは何十人もの男から告白されるのだが、一つもハイとは言わなかった。
それは現在から数年後に、ハルへのある感情に気付くからなのだが、今の彼女には知る由もない。
つづく
早速ハーレム要員の一人が落ちました。自分で書いてて羨ましいですはい。