1「お前は私の息子だ!!」
さて、ここで少し時間を進めることとする。
しばらくの間お姉さんが俺を愛でまくって話が進まなかったからね。
そして現在、俺はお姉さんの腕の中にいる。
背中をお姉さん側に向けているので、後頭部に巨大な双丘が押し付けられている。
うん、すげぇ気持ちいい
。頭がいやらしいことでいっぱいになる!
……しかし我が聖剣はいきり立つ気配すらしない
病気か? と言われればそうではない。
とても簡単な話である、俺がまだ身体が反応する歳ではないということだ。
……ごめん、説明が足りなかった。
俺も何と説明していいかよくわからないんだ、うん。
出来る限り分かりやすく言うと、俺は今、高校生という大人の男の体ではない。
その代わり、生まれたばかりの赤ん坊の体になっていた。
若返りではないらしい。
ここで俺の知識が火を噴く。
はい、転生ですね本当にありがとうございました。
ネット小説でよく見るあれです。ええ。
生まれたてでも私は元気です。ええ。
「~♪」
お姉さんは優しい笑顔で俺の頭をなでている。
とても気持ちがいいけれど、状況が全くつかめない。
体も赤ん坊だから思うように動かせず、めっちゃ不安です。
段々と不安が募り始めた俺の前に、行き成り執事服を着た初老の男性が現れる。
驚く俺をよそに、男はお姉さんに話しかけた。
「お嬢様、そろそろ確認をさせていただいても構いませんか?」
確認?
「ん、わかった。」
そう答えたお姉さんは俺の頭をなでることをやめてしまう。ちょっと残念。
「では……」
男が俺と同じ目線まで屈んだ。
この人はダンディな顔つきと、鋭そうな牙が特徴的だ。
……牙ってどうなのさ。
男が口を開いた。
「……私の言葉が分かりますか?」
ん? 言語的な意味でかな?
よく分からないけれど、日本語にしか聞こえないからとりあえず頷く。
その動作を見て、男は満足そうに微笑んだ。
「ふむ、言語の種子は正常に同化しているようですな。」
なんじゃいそれは。
赤ん坊は喋ることが出来ず不便です。
「では次に、あなたのお名前をお聞かせ願えますか?」
次に男は自分の手のひらをこちらに差し出してきた。
「私の手の左手の小指から、あ、か、さ、た、な。右手の親指から、は、ま、や、ら、わ。と言うようにしますので、自分の名前の順通りに行を選んでくださいますか?」
なるほど、そうやって意思疎通をするのか…
……別に偽名なんか使う必要はなさそうだな。
何となくだけど、まあ面倒くさいから苗字抜きで。
……あれ? もしかしてこの人たち、俺が転生していること前提で話してないか?
とりあえず言われた通りに指を触る。
「……は行と……ら行……ですな」
うん、その通り。
続いてもう一度手を差し出してきた。
今度は片手だ。
「続いては段でございます。まずは、は、ひ、ふ、へ、ほ、の五つからお選びください。」
と言われたため、一番目の「は」の指を触る。
そして続けて、ら、り、る、れ、ろ、の内の、「る」の指を触る。
「……「は」、「る」、ハル……で間違いなんでしょうか?」
俺はこくりとうなずいた。
「ハル様、いい名前でございます。」
男は優しく微笑んでくれた。あれだね、名前褒められるって結構嬉しいね
「へぇ~お前ハルって言うのか! 可愛いやつめ!」
うりうり~とお姉さんが頭をなでまわす。
それ自体は嬉しい!
……でも、あんたら誰?
その俺の疑問な視線に気づいたのか、男が欲しかった答えをくれた。
「そう言えば自己紹介がまだでしたな、私の名前は「ジジイ・フェアヴァルター」と申します。」
……触れないでおこうと思っていたさっきのお姉さんの発言なんだけど、思いっきり爺って言っていた気がしてたんだよね。
……まさかそれが名前だとは。
「そしてあなたを抱きかかえ座っておりますのが……」
「この世界に君臨する「魔王ルシファー」だ! よろしく我が息子!」
お姉さん改め、魔王ルシファーさんは、ジジイの台詞を奪ってドヤ顔で言い放った。
ものすごい対応に困る状況である……。
魔王とやらが行き成り登場してしまったけれど、なんだか不思議と恐怖やその他もろもろは湧いてこなかった。
むしろすごく安心している。
え!? マジでこの人俺のお母さん!?
◆◆◆
うん、あれから数分経った。
あれからというのは俺の母さんが魔王ルシファーということが分かってからだ。
ルシファーさん、いや、もう母さんと呼んでしまおう。
母さんは再び俺の頭をなで始めてしまった。
やっぱり気もちいいのだけれど、事情を説明されていない俺からすれば、もう少し会話してほしい。
母さんが夢中になっている間、ジジイさんが俺に説明をくれた。
それを俺なりにまとめてみたから、何か不足があったら申し訳ない。
まず、この世界は「スフェール」と呼ばれている。
地球とは違う異世界ということだ。
スフェールには大陸が4つあり、それぞれ名前がある。
地球で言う北に位置する大陸が、獣人やエルフ、ドワーフなどの、所謂亜人などと呼ばれる種族が住んでいる、「ダイアモード」
東に位置する大陸が、人間を主とした種族が住む、「エメラード」
西に位置する大陸も人間を主としている。名は「アージスト」
そして南に位置し、現在俺が居て、魔族やら人間やら何でもかんでもな種族が暮らす大陸、「ラピスラージ」
以上四つの大陸で出来ている。
一つの大陸がユーラシア大陸の半分ほどと考えてよさそうだ。
ちなみに言語は統一だ。
どの大陸も同じスフェール語を使っている。
大陸の一つ、ラピスラージに、母さんの住居であるこの「魔王城」は建っている。
大きさは都会の高層ビルを3つくらい横に並べた大きさで、多くの魔族が母さんを慕ってここに住んでいる。
バカでかいマンション的な感じだ。
ちなみに最初に聞こえた歓声は、俺が無事誕生したことを喜ぶここに住む魔族のものだった。
この世界では、魔族と魔物は別物らしい。
魔物は獣や幻獣のような姿をしているが、魔族は基本人型だ。
頭に角、腰に尻尾、背中に翼、そんな人間にありえない部位がついているのが殆どだが、一目では人間と間違えてしまうと思う。
あと、魔物はどの大陸にも存在し他種族を襲うが、魔族はラピスラージを拠点に置き、基本移動しない。
そして他種族を襲ったりもしない。
……長くなったけれど、ここからが俺が転生した理由だ。
遡ること数年前、ルシファー母さんは退屈していたらしい。
いたって真面目に退屈だったらしい。
そこで思いついたのが「世界征服」、魔王という名に恥じない強さを持つ母さんだからこそ行き着いたのだろう。
魔王っぽい展開を期待したみなさん、大変申し訳ない。
ここからはそんな王道的には進まなかったんだ。
母さんはまず、近隣の町や村を、ジジイさんだけを連れて訪れていった。
そして、その町や村で一番強い人に一騎打ちを申込み、勝ったら、その者が住む町などの一番高いところに魔王の旗を掲げさせろと持ち出したらしい。
街の人たちは侵略だ! と焦ったが、ひとまず要求に従ったそうだ。
怒らせて暴れられても困るだろうしなぁ。
そして結果は、どの場所でも母さんの勝利。
さすが魔王。
負けた者の住む場所は魔王に敗北したという事実に阿鼻叫喚の図になったが、母さんとジジイさんは、高いところに約束通り旗を立てて、その場を後にしていった。
負けた町や村の人々は、侵略されると思っていたため拍子抜けである。
母さんは征服の意味がよく分かっていなかったようだ。
とりあえず強い人と戦い、旗を立てたら勝ちと覚えていた結果がこれであったらしい。
戦った人の中でもも、殺された人は一人もいなかったそうだ。
魔王様マジ天然。
順調に進軍(笑)をしていき、ついには大陸を渡り、四大陸を制覇してしまった。
死者0の華麗な世界征服であった……どこも支配すらされていなかったけれど。
世界征服の結果、母さんは様々な人と交流し、特に王族やら集落のボスなんかと仲良くなったそうだ。 強い人となると権力のある者の所に集中するのは仕方なく、それによって王族などとの関係が出来るのも必然……なのかなぁ?
まあそう説明されたんだから、今は信じよう。
この辺を簡潔に言うと、母さんは世界中に無意識に作ったコネがあるということだ。
世界中に友人がいるって規模が違うよね。
おっと、話が少しずれた。俺がこうなった経緯に戻ろう。
世界征服が終わった母さんは、再び退屈になった。
そして退屈しのぎに、「転生魔法」を使ってみることにした。
転生魔法は、決して自分が転生するなどというRPG的なシステムではなく、異世界にて命を寿命以外で散らした者を赤ん坊の姿で召喚するという、一種の召喚魔法らしい。
そして召喚タイミングにぴったり合って死んだ俺が召喚された、ということだ。
退屈しのぎに。
退屈しのぎに転生させられたのか……俺。
ちなみに、転生時のオプションとして、「種」というアイテムが使われたらしい。
よく育成ゲームなどで、使うと対象の能力値を強化できるあれである。
二つほど種が使われたらしく、さっきジジイさんが言った「言語の種」、これは頭にこの世界の言語の辞書を埋め込んだ感じだ。
おかげで通訳いらずで理解できる。
もう一つは、「魔王の種」。
母さんの細胞を使って作られた種で、魔力の容量や種族をそのまま引き継ぐことが出来る種だ。
これのおかげで、俺の身体の中には相当な才能が眠っている。
まあ言語を一から覚える必要がなくてよかったかな。
魔王の種は最早論外。
マジでこれはチートだよ。
魔王レベルの強さをどう言えばいいか悩むけれど、つまりは母さんと同じレベルということだ。
世界中を旅して負けなしの魔王ルシファーとだ。
当然使ったのはルシファー母さん、その理由は、
「私の息子が弱くてどうする!」
だ、そうです。
だからって仮にも赤ん坊にねぇ。
まあ、嫌いじゃないよ、そういうの。
内心めっちゃハイテンションなのは内緒。
しかし、しっかり訓練しなければ魔王の力は使いこなせない。
結局楽は出来ないということだ。
「……そんなところでございましょうかね? ここまでで何か質問はございますか?」
ジジイさんはすべての説明をスラスラと言い終え、俺に質問してきた。
個人的には分かりやすい説明だったから、特に聞くこともない。
俺は首を横に振った。
「おお、、それはよかった。その内何か疑問がありましたらいつでもお尋ねください。あなた様はお嬢様の一人息子となったお方、私ジジイは精一杯お仕えさせていただきたいと思っております。」
優雅なしぐさで頭を下げるジジイさん、とても様になっていてかっこいい。
ジジイさんの言葉に続くように、俺の頭の上で母さんが言う。
「今日からお前は私たちの家族、ということだ。これからよろしくな、ハル」
抱きしめてくれたルシファー母さんの身体は、とても暖かかった。
ああ、何か……すごく懐かしい感じだ。