報告
やっとつかめた英雄と結界の手がかりだったが、本に書かれていたことはふつうの旅日記だった。だが、最後の日だけは違った。真っ白なページだけとなっていた。最後に結界を張り、元の世界に戻ったことが書かれていると期待していた。
一晩かけての成果は芳しくはなかった。そして朝を迎えた。
「先にダンよりもう一人、あの部屋に人が現れたことは聞いている。部屋で見つけた本について、わかったことを報告せよ」
武蔵はサラ女王の謁見の間に居た。今日の謁見はダンも一緒だった。あの塔に入ったからだという。
「塔の最上階の部屋に一冊の日記がありました。著者は“イズミ”という人です」
そう告げ、手元の本をサラ女王へ見せた。
「ここに書かれている文字は日本語といい、俺がいた世界の文字です。ここの文字ではないことをダン氏に確認済みです」
ダンが手を出してきたため、本を渡した。ダンはそのまま玉座に近づき、膝をついてサラ女王へ本を手渡した。
本の中身をパラパラとめくり、確認していたが、読むことができないとわかったサラ女王はダンに本を返した。
ダンから本を受け取り、武蔵は報告の続きを行なった。
「塔の部屋から出て、名前も英雄と一致していることから、これを書いたのは英雄“イズミ”と断定できるでしょう。内容は二月二十日から始まり、各都市および遺跡を周ったというものです。……残念ながら、中に“結界”という言葉は出てこなかったです」
顔を伏せ、申し訳なさそうに言う。少しでもサラ女王に期待を持たせてしまったからだ。
「そうか、結界についての記述はなかったのか。他に何か書かれていなかったか?吟遊詩人たちの唄には“英雄、剣を差し出し、聖なるヴェールを作りて、国を守らん”という一節がある。剣についての記述でもよいぞ」
武蔵は目を軽く開き、手元の日記をめくった。目当てのページにたどり着いた。
「ある遺跡で特殊な剣を手に入れたという記述があります。もしかしたら、この剣のことかもしれません。……昨夜、雪――もう一人現れた子なんですが、二人で相談した結果、この日記に書かれた各地を周る旅に出たいと思います」
雪とも話したように、日記をたどる旅をしなければ、これ以上の手がかりもない。結界にしろ、元の世界に戻るにしろここに居ては何もならない。武蔵の唐突な話に、サラ女王は驚いた。
「過去の英雄の足跡を辿ることで、結界について調査するということだな」
サラ女王の目をまっすぐ見て、武蔵は話した。
「それと、ここが俺がいた世界ではないということがわかったため、元の世界に戻る術を探したいと考えています。過去の英雄が俺の世界と同じ人間だったと思われるため、結界を張ったのち、戻った可能性があります」
くくくっとサラ女王は小さく笑い出した。ダンに小腹をつつかれた。何かまずいことを言ったのか。
「結界について調べるようにと申したのに、元の世界に戻る方法とは。正直すぎるのは時に、無謀と呼ぶものとなるぞ」
サラ女王は国を背負っている立場。国の危機を最優先するのが当たり前のことだ。その最優先事項を差し置いて、帰る方法を探すということは、あり得ない。結界の調査に専念するように命令されれば、この国での立場が不安定な武蔵にとっては最も手痛いことだ。
話を切り出すタイミングを誤ったと、武蔵は後悔した。だが、顔色を悪くした武蔵を見たサラ女王は笑いを止めた。
「腹の中に何かを飼っているより、馬鹿正直者のほうがマシだ。いいだろう、条件付きだが旅ができるように手配するぞ」
サラ女王がニヤッと笑った。隣にいるダンからも安堵のため息が聞こえた。いつも雪に振り回されていた分、武蔵は弁明することが多く、正直に話すことが癖になっていた。
「あ、ありがとうございます。条件とはいったい……」
「この城の者を一人、同行させてくれ。監視というわけではないが、この国の地理に詳しい人間が一緒にいたほうがよかろう」
つけられたのは好条件だった。文字が日本語と異なるということは、この国の本は読めない。地図の見方など、一通り教わらないと出発できないと思っていた。
「日記に出てくる地名がどこかわからなかったので、助かります」
思わず笑みがこぼれる。心からの謝辞をサラ女王へ告げた。
「まずはどこに行きたいのだ?」
「“テルフスト”という都市です」
日記の中で、最初に訪れた場所だ。
「東の商業都市じゃな。旅の支度や手配をすぐに行わせる。明日には出立できるはずだ」
まずは東の商業都市“テルフスト”から――