日記
椅子に座った武蔵に覆いかぶるように迫る中年の男――
「あ、取り込み中だったのかなぁ……私、外で待っているから!」
「何か壮大な勘違いして、勝手に思い込んだまま外に行くな!取り込み中じゃないから!!」
いきなり雪が現れたことに驚くよりも先に、武蔵は雪にいつも通りのツッコミをした。
「雪、あの後、何があったんだ?お前もあの扉からここに来たのか?」
武蔵はダンを押しのけ、雪に近づいた訊いた。
「周防先生が来たから、閉めちゃったんだけど、そのあと閉めただけの扉が開かなくなっちゃって……源さん直伝の技を持ってしてもダメだったわ」
雪は首を左右に振り、お手上げの素振りをしたが、話はまだ続いた。
「そこに、生物の若狭先生が通りかかって、三人で扉を蹴破ろうとしたら、突然、扉が開いたの。だから部屋に入ったんだけど、そこで武蔵くんが……私、そういう偏見はないから安心して!」
「まだ思い込んだまま!?安心って、俺にそんな趣味はないぞ。信じてくれ」
そんな武蔵と雪のやり取りを見ていたダンが声をかけた。
「そっちの女の子はいきなり現れたよな?空間移動系の魔術はかなり高度だぞ。それからオレにはかみさんがいるから、そっちの趣味はないからな」
二人がかりで否定されたことで、なんとか雪は信じたようだった。
「でも、なんであんな格好していたのよ。あれだけ見たら、勘違いするわよ」
腕を組み、さぁ説明しろと雪は促した。
「あぁ、この本に書かれていることを覗き込もうとダンが……って、ダンにはこの文字が読めないんだよな?」
机に置いた本を手にし、雪に話したところで、ダンが日本語が読めないことを思い出した。
「読めなくても、英雄が書いたものは見てみたいと思うのが人情ってもんだ。それに英雄が書いたってことは、結界に関することが書かれているかもしれないな」
英雄が書いた日記に結界に関する手がかりがあれば、ダンはサラ女王に報告する必要がある。好奇心と義務からの行動だったのだろう。
「確かに、この本の内容を調べれば、何か手がかりがあるかもしれないな」
「文字が読めないから、調べてくれると助かる。そろそろ、そっちの女の子の紹介をしてくれないか?」
話の外に追いやられた雪がつまんなそうに椅子に座っていたため、ダンが気をつかった。このまま雪を放置したら、部屋を出て勝手に行動しかねない。あわてて武蔵はダンに紹介した。
「俺の幼馴染の雪、志摩 雪だ。予想外の行動が多いから気を付けてくれ」
「何その紹介!予想できる行動だけじゃ、人生つまらないわよ」
二人のやり取りを見ていたダンが苦笑した。
「仲がいいな。部屋は別々に用意するから、今日はそこで休んでくれ。武蔵は本の内容を調べ終わったら報告してくれ」
夜、兵士の宿舎の一室をあてがわれた武蔵は日記を読んでいた。
二月二十日から始まった内容は、各地を転々としたときの出来事が主に記載されていた。各地で遺跡調査を行ない、終わったら次の街に移動を繰り返していたことから、遺跡に何か手がかりがあるかもしれない。
日記の半分ほどに差し掛かった時だった。ドアを全力でノックする音が響いた。
「雪!ご近所迷惑になるからノックは遠慮がちでお願いします!!」
こんなことをする人間は一人しか思いつかない。ドアを開けると同時に、武蔵はお願いした。
「最初はちゃんとおしとやかにノックしたわよ。気づかないようだったから、気づくように全力を持って対処したのよ」
さらりと言う雪に、武蔵はうなだれた。確かに、日記に夢中になっていたのかもしれない。
「で、俺に何か用があったのか?」
「日記の件。何かわかったのかなぁと思って。ま、ここの探検も兼ねてだけど」
雪を部屋に入れ、日記を見せた。
「書いた人と同じ道を辿ってみて手がかりを探すのがよさそうね。捜索隊を複数用意して、一斉に調べたほうが時間もかからないけど、順番が関係していたら意味がないしね」
日記を大まかに読んだ雪は、武蔵と同じ結論に達した。
「やはり、それしかないか……」
武蔵は顎に手をやり、うなった。こういう時に雪がいうことは正しいことが多い。状況判断と分析力に関しては雪のほうが上手だ。
とりあえず、明日サラ女王へ報告と、旅のことを相談しようと武蔵は思った。
「……ねぇ、文字が隠されていないか、ちょっとあぶってみてもいい?」
「手がかりが燃える可能性があるので、やめてください……」