扉の向こう側
武蔵は部屋におかれた机に近づいた。多少埃があるが、定期的に掃除がされた跡がある。
机には一冊の本があったが、他にこれといったものは置かれていなかった。
次にベッドに近づいた。ベッドメイキングがされているが、使用された跡はなかった。
めぼしい収穫がなく、軽くため息をつき、窓の外を見た。
「どういうことだ……」
武蔵が通っている高校は、高度成長期に建てられた集合住宅のそばにあった。校舎内から見える風景は団地やマンションといった住宅ばかりである。
今、武蔵が見ているのは一面に広がる深い森だった。森からは野鳥の声が聞こえる。
それに、部屋の高さもおかしい。三階からの風景にしては、視点が高すぎる。巨大な森の木と同じか、それより少し高い位置でないとおかしいのだが、木を見下ろしている。
思わず、窓から身を引いた。あり得ない風景に混乱した。
しばらく呆然としたが、ここで一人でいても仕方がないと思い、閉ざされた扉へ向かった。
この扉を開ければ、雪がいて、教師をうまく巻いたよと言ってくれる。そう思う反面、教師を巻いたのであればすぐに扉を開けただろうし、教師が何かに気付いた場合も扉をあけたはずだ。
それが行われていないという事実が何を意味するのか。
ゆっくりとドアノブに手をかけ、回した。
「そこにいるのは二年の志摩か?」
近づいてきた気配に、あわてて扉を閉めた雪はそろりと振り返った。
「はい、何かごようでしょうか。周防先生……」
そこには背が高い、男性教師がいた。
周防先生は生徒に人気があり(特に女生徒)、温和な性格だが真面目すぎるところがある。自由奔放で突撃タイプの雪にとっては鬼門である。
早くここを切り抜け、閉めてしまった扉の中を調査したい。
「こんなところで何をしている?下校時刻まであと少ししかないぞ。志摩の部活は……」
「メディア部です。今は校舎の構造を調査し、各教室からトイレまでの最短ルートを企画しようかと思っています」
この場に武蔵がいたら、頭を抱えていただろう。雪はすらすらと適当なことを言って、教師をこの場から遠ざけようとした。
そんな不自然な雪を教師が見逃すはずはなかった。
「変な企画だな……だが、そこの部屋は現在使用禁止となっている。調査しても企画の趣旨にはあわない。まさか開けようとはしていないよな?」
「まさか!?鍵がかかって使用禁止の部屋と扉をどうやって開けるんですか?」
へらっっと笑った雪だったが、手にしていた金属棒の存在を忘れていた。
「その手にしているのは、どうみてもピッキング用の工具に見えるが……」
二人の間に沈黙が流れた。どう説明しても、言い逃れができない。そう判断した雪はため息をつき、渋々口を開いた。
「本命の企画は校内の不思議スポットの調査です。今回はこの扉の中がどうなっているのか調べるため、先ほど開けました。武蔵くんが中にいますが、調査はこれからです」
一気に説明し、周防からのお小言がくるのを待った。しかし、いくら待っても周防からの言葉はなかった。
「……先生?」
周防は顔色を悪くし、目を見開き、瞬きすらせずにいた。
「この部屋に人が入ったのか……?」
そうつぶやくと、周防は雪を押しのけて扉のドアノブを握り、開けようとしたが、びくともしなかった。
「えっ??扉を閉めただけなのに、なんで鍵がかかっているの?」
雪も異常に気が付いた。ホテルの部屋のようにオートロックならわかるが、ここは学校である。そんな鍵の構造の部屋があるわけがない。
「くそっ!開かない!!志摩、その工具でもう一度この扉を開けろ!!」
武蔵は窓の外を見たときと同様に、呆然としていた。
扉を開け、外に出たら校舎の廊下ではなかった。
石でできた螺旋階段が下に続いていた。電気の明かりはなかったが、階段の途中にある小さな穴から外の明かりが足元を照らしていた。
慎重に階段をくだった。人の気配はないが、気を張り詰めていた分、長く感じた。螺旋階段の終わりはちょっとした広さの空間となっていた。
壁が円形となっていることから、塔の最上階から降りてきたということがわかった。
正面に木製の扉があった。隙間から外の明かりが差し込んでいた。
武蔵がそっと扉を押したところ、小さくキィという音とともに開いた。
塔の外は、周囲を城壁で囲まれた広場のような場所だった。
そこに複数の男がいた。手には剣をもち、打ち合いをしていた。
剣道部の部活にも似た風景だったが、装備が和風ではなく、洋風に近い。
開いた扉の前にいた武蔵に気付いた男が、指をさして叫んだ。
「“英雄の塔”から人が出てきたぞ!!」
男たちが一斉に武蔵を見て、ざわめいた。