開かずの扉
「ここはどこだ……」
武蔵は小さな部屋の中で一人、つぶやいた。
高校入学直後、「新聞部の紙媒体による発信力は弱い」と、幼馴染の雪(女)に引きずられて、既存の新聞部を乗っ取ったのが一年前。
学内のイントラ環境にソーシャルネットワーク(SNS)を築き上げたのが半年前。
そして“メディア部”という怪しい名前に改名したのが一週間前。
思えば幼少の頃からロクな目に合っていなかった。
小学校で近所に生えている“アセビ”という木が、“馬が食すと酔う”と言われていると知ると、雪はすぐに行動した。
葉を集めて、すり潰して水に溶かしたものを作った。その液体を野良猫がよく集まる場所に置いて、毎日観察させられた。
そんな怪しい液体に野良猫たちは見向きもせず、実害はなかった。後で、酔うのではなく毒が含まれているという事実を知った。
中学にあがっても、大人しくなる気配はなかった。逆に行動範囲が広がり、被害が増えた。
某フライドチキンの店先に設置されているおじさんの人形を転がし、ライバル店のMの入り口まで移動させたのはちょっとしたニュースになった。
さすがにヤバイと思った。そう、断ればいいのだが、雪と一緒にいると楽しくて、いつも首を縦に振っていた。
高校も一番近い高校に一緒に通うことになった。
入学直後は高校生らしい、青春を謳歌することを夢見た。もちろん、雪は俺の希望を粉々に打ち砕き、新聞部の部長に一年生にして君臨した。
二年生で学校内の情報をデータベース化し、イントラ環境を整備。SNSで生徒同士が情報のやり取りをしたり、発信できるようになった。
学校内の情報をすべて把握することによって、表のボスである生徒会長に対し、雪は影の支配者(女王)と呼ばれた。
そんなある日の放課後だった。
「武蔵くーん。来週からシリーズでコレを特集するよ!」
部室のドアを開けた直後、武蔵に雪から紙の束を渡された。
「“永久保存版、校内七不思議の完全攻略。これであなたも後ろが気になる”って、ずいぶんとベタな内容だな」
紙の束は企画書だった。七不思議など、どの学校にでもあるし、七つ以上あったり眉唾ものの代表格だ。
そもそも、七不思議はすべて知ると不幸が訪れるのではなかっただろうか。それを永久保存……雪らしい、嫌がらせといたずらのギリギリのラインだ。
「“開かずの扉一号”から始めて、七週で完結!!テンポよく突撃取材して、編集期間を含めて一週間と……」
「……ちょっと待て!なんで開かずの扉に“一号”って番号がついているんだよ!!」
雪の説明にいきなり気になる単語が飛び出した。取材と編集期間の短さはいつものことだから目をつぶろう。
「二号があるからでしょ」
さもありげに雪は話した。
「この学校は開かない扉が複数あるのか……今日から調査なのか?」
「当たり前でしょ。時は金なり。光陰矢のごとし!」
雪に腕を引っ張られ、企画書を手にしたまま部室を後にした。
この学校は最初にL字型に作られたあと、増築して現在はコの字型となっている。雪に連れられて武蔵がやってきたのは継ぎ足した境目にあたる部分だった。
三階に目的の閉ざされた扉があった。増築した影響で、光が届かない場所にある扉は薄暗く、ひっそりとしている。
そもそも三階は特別教室が多く、授業や部活以外では人も少ない。まさに七不思議のためにある場所だった。
武蔵がドアノブに手をかけたが、全く動かなかった。鍵がかかっているのなら、少しはノブが回るものだが、ピクリともしないのだ。
「それじゃ、ちゃちゃっと開けて、中を取材しましょう」
「なっ!それはなんだ!?」
雪の手には金属でできた細い棒がいくつか握られていた。
「企画書を作っていたとき、あらかじめドアノブの状況は把握していたわ。だから源さんのところで修業して、いくつもの試練に耐えてきたのよ。今ならイケると確信している!」
力説する雪の言葉に、不安な単語がまた出てきた。
「源さんって誰だよ!?いくつもの試練って、どこのドアを開けたんだ!!」
「女の秘密は魅力の一つよ。男なら小さなことは気にしないの」
すっと細めた目をした雪が、小馬鹿にしたような口調で話した。武蔵は気にするのをあきらめた。先に進んだほうが精神衛生に良いと判断した。
開かずの扉の前にしゃがんだ雪は、ドアノブの鍵穴に金属の棒を差し込んだ。「よっ、ほっ」っと小さな掛け声をかけながら、金属棒を動かした。
その間、武蔵は少し離れて周囲を警戒していた。もし、教師が近づいてきたら足止めするためだ。
「あっ!」
しばらくして、雪が声を発した。
「どうした?棒が折れたりしたのか?」
武蔵は雪に近づき、様子を伺った。雪の顔を見た瞬間、寒気が走った。口元に笑みをたたえ、小さく震えていた。
「ふっふっふっ……源さん、やったわ。時間はかかったけど、私はやったわ! 武蔵くん、オープン ザ ドアーよ!!」
雪は扉の横に移動し、手を広げて武蔵に開けるように指示した。
「へいへい、女王様……」
扉の前に立ち、ドアノブを握った。先ほどはピクリとも動かなかったが、今回は違った。ゆっくりと回し、扉を開けた。
中は暗かった。
部屋の中に窓がないのか、ふさがれているのかわからないが、とにかく暗かった。
中を見ようと足を踏み出し、部屋の中に入った。
「ヤバッ!先生だ!」
後ろから雪の声が聞こえたと思ったら、バタンと扉を閉める音がし、周囲は闇に包まれた。
教師が近づいてきたため、雪があわてて扉を閉めた。武蔵が少し時間をおいてから出たほうがいいと思った瞬間、急な眩暈が彼を襲った。
立っているのが地面の上なのかわからない、そんな感じがし、武蔵はその場にうずくまり、目を閉じた。
眩暈が落ち着き、顔をあげた武蔵の目に光が差し込んだ。
目を閉じる前に見た部屋と全く違う部屋にいた。
最後に見た部屋は窓もなく、真っ暗な小部屋だったが、今いる部屋は窓があり、光に照らされていた。
室内には簡素なベッドと机があり、誰かが居住していたかのようだった。
「ここはどこだ……」
武蔵は小さな部屋の中で一人、つぶやいた。