三時のデッドラインと深夜の魔法使い
ハーブティーのハーブの香りが、部屋の冷えた空気をふんわりと包み込んでいた。
マグカップから立ち上る真っ白な湯気越しに画面を見つめるハルの目は、画像の通り、なおも鮮やかな光を失っていない。
一口飲むたびに、温かい液体が喉を通り、体の中に溜まっていた疲労の澱を少しずつ洗い流してくれるようだった。
「ふぅ……温まる。やっぱり夜のハーブティーは最高だね」
ハルはふたたびマウスを滑らせた。
キャラクターの服の裾、風になびくリボンの曲線、そして背景にちりばめられた小さな星の粒子。
彼女の描くペン先は、今や迷いを完全に捨て去り、まるで意思を持った生き物のように滑らかに躍動していた。
「おい、ハル」
ソファの上で、ピンクの被り物を深くかぶったトンちゃんが、低い声で念を押すように呼びかけてきた。
「なんだい、トンちゃん?」
「忘れるなよ。さっきの作戦会議で決まった約束を。デッドラインは『午前三時』だ。あと十分でその運命の刻がやってくる」
ハルは思わず、背景の棚の上に置かれたピンクのアラーム時計に目を走らせた。
画像の中でも可愛らしく輝いていたその時計の針は、容赦なく「二時五十分」を指している。
「えぇっ!? もうそんな時間!? 嘘でしょ、あと十分なんてあっという間だよ!」
「だから言ったろ、午前二時過ぎの時間はタイムトラベルゾーンだって。お前が『あと少し』と言いながらリボンのシワを細かく描き込んでいる間に、時間の悪魔が針をぐいぐい進めてたんだよ」
トンちゃんは画像の通りの真ん丸な瞳で、ハルをじっと見つめ返した。
「約束は約束だぞ。三時を過ぎてもペンを置かなかったら、俺はお前のノートパソコンの電源ボタンの上にダイビングプレスをかますからな」
「そんなことしたらデータが消えちゃうでしょー!」
ハルは悲鳴を上げながらも、急ピッチで作業を加速させた。
画面の中の女の子に、最後の仕上げとなる「瞳のハイライト」を入れていく。
左目に一つ、右目に二つ。光の粒が描き込まれた瞬間、二次元のイラストだったキャラクターに、まるで命の吹き込まれたような圧倒的な輝きが宿った。
「できた……! 出来たよ、トンちゃん!」
ハルは感極まった声を上げた。
画面に映し出されたのは、夜空をバックに、寂しげながらも強く未来を見つめる少女の姿。
今までハルが描いてきたどの絵よりも、ずっと透明感があり、彼女の思いがまっすぐに込められた作品だった。
「ほう……」
トンちゃんは珍しく毒舌を吐かず、じっと画面を見つめた。
「なかなかやるじゃないか、ハル。この女の子の目……お前が集中して絵を描いてるときの目と、そっくりだぞ」
「えっ、私の目?」
「ああ。夜の暗闇の中でも、自分の見たい光をちゃんと見つめてる、強くて綺麗な目だ」
トンちゃんはフッと鼻を鳴らすと、画像の通りの表情でハルに笑いかけたような気がした。
「夜更かしの魔法使いさんよ、合格だ。三時一分前、見事な滑り込みセーフだな」
時計の針が「午前三時」を刻むと同時に、ハルは大きく息を吐き出し、キーボードの上に両手を預けた。
心臓がトクトクと心地よい達成感で跳ねている。
夜の静寂の中、満足感に包まれたハルとトンちゃんの二人に、本当の「真夜中の魔法」が舞い降りた瞬間だった。




