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フェイタル・リンク・ハッピーエンド−異世界転生は咎人を救うのか−  作者: 紗雪 あや


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カインとノア 後編(2/4)


「俺はこんな十一歳認めねえ」

「こんな十一歳がここにいるんだよ。年齢的にも、それらしい立ち居振る舞いも身について背伸びした発言をする子がいてもおかしくない頃だろ。そもそもここ数年で僕の成長を一番間近で見てたのはノア、君だよ。なのでもういい大人なノア君はちゃんと現実と向き合ってね」

「だって出会った時からそんな感じだったじゃねーか。それにお前のは背伸びして大人ぶってる態度でもねえ。初対面から大人と話してる気分になる七歳児だったぞ。もう不審がるなって方が無理だろ」


うん。

それはそう。

まったくの正論だ。

まず、僕は出会った時からノアに対してだけは前世の頃のままの性格で接していた。

というか、うっかり素で対応してしまったのだ。色々と怪しまれるのも仕方ないだろう。

それでも彼と関わると決めたのは、前世からのノアというキャラクターへの愛着がきっかけだ。そして今は代え難い友人と思っている。

僕個人の感情としては、隠し事だらけの関係なのも互いに理解した上で彼と良い関係でいたい。

出会った時も、初手からこのテンションならあまり怪しまれず、僕は元々こういう人間なのだとノアに印象付けられる。交流する過程で子供ぶった演技をしなくて楽だ、なんて打算も途中からはあった。

これはあまり成功してない気もするが、まぁそれはそれで何がバレたわけでもなく、ノアも面白がってるし結果オーライだと思っている。

それに、変に素顔を隠すよりそのままの方がノアには信頼されると思ったのだ。

これは今の関係を見るに概ね正解だったのだろう。

『エディン・プリクエル』の設定として見ても、現状ノアが自分を敵視していないのは僕にとって心強い。

王家側の人間を敵に回すのは本当に嫌だ。

カインと王家の敵対ルートは、時任タイキの書く鬱展開の中でも飛びぬけて血なまぐさいものが多い。

あとシンプルに先程のノアの殺気が怖かったから二度と剣を合わせたくない。


「不審、ね。その点で言うと、ノアみたいに子供相手の手合わせで殺人剣を向けるような商人を僕も認めてないし不審極まりないからお互い様だね?」

「だからそれは悪かったって! 蒸し返すなよー」


腹の探り合いはそれ程好きではなかったが、こうしてノアと牽制とじゃれ合いの中間のようなやり取りをするのは結構気に入っていた。

もしかしたら、僕にとって彼はキャラクターという属性は関係ない対等な友人と呼べる、のかもしれない。


「あー。お前が殺人剣って言い切ったから突っ込むけどさ。むぐ、どうせ俺の本業だって前々から知ってたんだろ?」


どうでもいいが、むぐむぐとケーキを口に入れたまま聞いてくる内容ではない。

僕からこの質問をティータイムの雑談と定義した手前ツッコミも入れにくい。


「ノーコメント。僕は物騒な話には関わりたくないし正直そういうの面倒」

「だよなぁ、もうノーコメントの意味ねぇだろこれ。つまり情報筒抜けって事じゃん。なんでだよー。流石にちょっとお兄さん自信なくすわ……」

「言っておくけど、別に誰かに君を探らせたりとかしてないからね」

「わかってる。そんな奴いたらすぐわかるし、そもそもお前そういう裏の繋がり皆無だもん」

「うん、ノアに落ち度があるとしたら、初対面で妙な尋問してきたくらいかな。それが無くてもわかっただろうから気にしなくていいよ」

「いやそれは気にするだろ。初対面って、あれはちょっと体触って名前とか聞いただけだろ。お前ほんと察しが良すぎてやだー……」


両手で顔を覆うノアに思わず微笑ましさを感じてしまう。

実際ノアは最高の仕事をしていたとは思う。

幼児の服の中に手を突っ込んで撫でまわす行為が「ちょっと体触って」の範囲なのかは要審議案件だが、僕が本当にただの七歳児だったら何もわからないまま流していた可能性は高いだろう。

それに。


「察しがいいのはそれこそお互い様だよ。ノアだって僕のこと、何も確信はなくても大方の予想はついたんだろ?」


別段探る意図はない。これは単に興味として聞いてみただけだ。

たとえ何ひとつ証拠は無くても。ノアは優秀だし勘もいい男だ、僕に関して何も推測が立てられないということはないだろう。

いじいじとスプーンで紅茶を掻き混ぜていたノアは、僕の質問に一瞬だけ表情を消して、しかしまたすぐにへにゃへにゃと情けない顔に戻った。


「や、お前の子供らしからぬ言動と能力に関してはマジで何も分からねえよぉ。でもまぁ、出自だけなら思い当たる事も少しくらいはな?」


ああ。

やっぱり出自には察しがついていたのか。

一応、想定内ではあるものの改めてノアの優秀さを実感する。もっともその本人は、また紅茶を掻き混ぜながらいじけているのだが。


「何か思い当たるだけでも偉い偉い。流石ノアくんだ」

「だろだろ? もっと褒めていいぞー」


褒めた瞬間、急に元気になってがばっと前のめりになる姿は妙に愛嬌がある。

前世は猫ではなく犬だったのかもしれない。


「いや実際めっちゃ頑張ったわ…… 頑張ったけどさ、肝心の証拠がなーんにも出てこないんだよな」


チラ、とあからさまな視線を向けられる。これはもう隠蔽してることまでバレてるな。

だけど痕跡もなく方法も不明な隠蔽なんてバレたところであまり痛くはない。


「そうなんだ?」

「そうなんだよ。証拠がなきゃ俺的には意味ないんだよなー。こんなの報告したって、妄想なら馬鹿でもできるって上司に詰められるだけなんだわ」

「そうかもね、証拠なんてない。だからもう諦めてくれると嬉しいな。僕にはこれと言った野心もないし、ただのカイン=アンダーソンとして平穏に生きられればそれでいいよ。それに、僕はこれからもノアとは良い友人でいたいんだ。君の前でだけは飾らずにいられるし、こんな居心地の良い関係を簡単に手放せるほど僕は無欲でも達観した人間でもないよ?」


言ってケーキにたっぷりとクリームを絡めて口に放り込む。

うん、やっぱりシフォンケーキに添えるクリームはこれくらいの甘さがちょうど良い。


「な、何だよ急にからかっ……てはないな。くっ、さては割と本音だなこの人誑しめ。そういう事はせめて懐柔目当てで言えよ。打算ナシでこれとかやっぱり口説かれてるだろ俺。あと五年したら絶対落としてやる……」


後半はあえて聞かなかったことにした。

ここは王道風ファンタジーなゲームの世界であって、恋愛ゲームの世界ではないのだ。決して。

ノアをうっかり赤面させてしまったのは認めるが、もとより僕は異性愛者だ。口説いたつもりは毛頭ない。

彼もそれを知っているはずなのだが、諦める気配はない。

まぁ、その手の事で悩むのは本格的にノアの守備範囲に引っかかるらしい五年後の自分に丸投げする。

むしろ初めて好意を告げられた日からずっとこの問題は棚上げしたままだ。


「まあ、それはともかくだ。別にお前がそのままで良いなら俺も素性に関してはあまり深入りしないけどさ。単に個人的な興味としていっこだけ踏み込んで聞いていいか?」

「ん? 質問によるけど、何」

「なんで馬鹿正直にカインって名乗ってるんだ? そこまで変えたら俺にはお前の素性を予想すらできなかったのに」


ティーカップを持ち上げる手が一瞬だけ止まる。

ある意味で核心をついてきた。

チラ、とノアの方を向けば彼は思っていたよりも真面目な顔をしている。

探る目的ではなく、単純にそれが不思議だったらしい。


「……母さんからもらえたものは、これだけだったからね」


まあ。それくらいなら素直に答えてもいいだろう。

カイン。

何度もそう呼んだ母親の愛情だけは、捨てたくなかった。それだけだ。

それだけの事だけど、多少のリスクを負ってでも僕はそれを守りたかった。

僕が王宮で生まれた事実が公然の秘密となっている以上、さすがにその情報は完璧に消せるものじゃない。

カインという名前も知られている可能性は高かったし、ノアの言葉からもその予想は当たっているのだろう。

だから、当時の僕はあらゆる手段でカインとその母親の死を作り上げた。

三歳で動けるようになってからの僕は、死体の偽装も、痕跡の消去も、記録や記憶の改竄も、なんでも積極的にしてきた。

孤児院のみんなの記憶も、アンダーソン家に引き取られるタイミングで不都合なものは思い出と共に全て消してきた。

生きるためには全部捨てるつもりでいた。

そのはずだけど。

母親が呼んでくれたこの名前だけは、どうしても捨てられなかった。

これが設定として元からあるもので、時任タイキというシナリオライターが作った咎人の名前だったとしても。この世界では祝福と共に僕に与えられた尊いものなんだ。


「死ななければ他の何を捨ててもいいってわけでもないだろ? 生きていくのならひとつくらい大事にしておきたいものもある。それが僕にとっては母さんにもらったこの名前だった。それだけだよ」


うん、言っててちょっと恥ずかしくなってきたな。これは。


「……。そうか、うん。やっぱ俺お前のこと好きだわ」

「はいはい、どうもありがとうね。これで質問タイムはおしまいでいいよね」

「ははっ、照れ隠しすんなよ。こういう時だけは可愛いやつだな」

「うるさいよ」


ノアに揶揄う意図が無いのはわかる。わかるが恥ずかしいものは恥ずかしい。



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