魔女のお茶会
「放課後の学生さんはお腹すいてるでしょう、まずは腹拵え。好きなだけ食べてよ」
言ってユーディは目の前の茶菓子に手を伸ばす。
それよりも。
「これ……和菓子ですか?」
「うん、こっちが芋羊羹でそっちが栗きんとん。小豆が手元にあればおはぎでも振舞ったんだけどね」
残念ながらまだ見たことないんだよねえ、とあまり残念そうに聞こえない言葉が部屋に響く。
あまりにもクオリティの高い和菓子の数々に、驚きよりも慄く気持ちの方が勝ってしまった。これ、まさか彼女がわざわざ作ったのだろうか。
「ああ、和菓子だし紅茶じゃなくてお抹茶を点てた方が良かったかな?」
「あの、もしかしてユーディ……さん」
「ユーディでいいよ」
「……ユーディは日本人なんですか?」
恐る恐る聞いてみる。マリアの時もそうだったが、こんなにも狭い範囲に同郷の人間がいるものなのだろうか。
お茶請けの内容からしても、僕からのこの質問を想定していたとしか思えないユーディだったが、意外にも彼女は首を横に振った。
「違うよ。うーんある意味では違わないのかな……生まれはロシアで育ちは日本なの。あ、でも国籍は日本……だったのかな?」
そう言って彼女は僕達の方を向いて首を傾げるけど、わかるはずがないので僕達も首を傾げるしかない。自分の国籍がわからない、というのはかなり問題のような気もするが。
「まぁ国籍とかどうでもいいよね、君たちが聞きたいのは私がこの世界に転生した人間かって事でしょう?」
わざわざ茶菓子に和菓子を用意しておきながらのこの発言。目が笑っていることからも、彼女は僕達をおちょくっている印象がある。
友好的、ではあるのだろうが……僕としてはあまり関わりたくない人種だ。
魔女、という渾名があるのも納得できる。
無言で首肯を返すとユーディはうーん、と視線を彷徨わせてから口を開いた。
「君たちはこの世界の住人として転生してきたタイプだけど、私はちょっと違うんだよね。肉体ごと世界を渡ってるから、エンタメ的に言うなら異世界転移ってところかな」
「異世界転移……」
そんな事も起こるのか、と思ったところで自分の状況を思い出して苦笑した。転生があるのだから転移だってあっても不思議ではない。それはそうだ。
それにユーディの言葉が本当ならば、僕やマリアの抱いた『時任タイキのキャラらしくない』という印象も間違っていなかったことになる。そもそも彼女は別の世界から来たものだから。
「じゃ、じゃあユーディさんはここが『リリスシリーズ』の世界だとわかってここにいるんですか?」
「ユーディでいいよ、マリアちゃん。うーん、リリスシリーズ……?」
「では『リリスの匣庭』はご存じですか? 僕達がいるここはその前日譚世界です」
マリアの言葉に補足を入れると、ユーディは何か考えるように上体を横に傾けてから、ああ、と声を上げた。
「りりすのはこにわ……知ってる知ってる! なんか鬱シナリオでめっちゃ流行ったマルチエンド型のRPGだよね、友達が持ってたから少し触った事あるよ。あーそっか。どこかで見たことのあるステータス画面と育成要素のややこしさだったから、ここがゲームがベースの下位世界だっていうのは気が付いてたんだけど……成程ね。あのシリーズかぁ」
また何か知らないワードが出てきた。いちいち聞いていたら話が進まないから、ひとまず聞き流しておくけども。
ユーディは納得した様子でうんうん頷いている。
「やたら悲劇の多い世界とは思ってたんだよね。あれが元ゲームで言う所の『鬱シナリオ』だったんだね」
「悲劇?」
「うん。カインくんが闇落ちして人類総人形化したり、マリアちゃんが暴走して世界が滅んじゃったり。国家が転覆したり、王子様の自我が死んだり。殺したり殺されたり、監禁したりされたり。君たち二人を起点に悲劇の突きない感じだったから、多分二人のどっちかが主人公の世界なんだろうなとは思ってたよ」
「え、いや、ちょっと待ってくださいユーディさん」
「だからユーディでいいってば」
「じゃあ、ユーディ。貴女はどうしてこれから起きる複数のエンディングまで知ってるんですか」
同時に起こるわけのない未来を、まるで見てきたかのように彼女は言う。そしてそれは間違いなく『エディン・プリクエル』のエンディング群だった。
正直言ってユーディは僕やマリアのような、この世界の人間として生まれたものとは明らかに異質だ。もちろん地球の人間としても、こんな人いてたまるかとは思うけれど。むしろ、彼女は本当に人間なのだろうか。
隣ではネタバレ踏んじゃった……とややズレた方向でショックを受けているマリアもあまり普通ではないけど、まぁこれは常識の範囲内だ。
そんな事を考えていると、マリアがふと思い立ったようにユーディを見た。
「あ、もしかして……この世界は繰り返してる、とか?」
「想像力は良いけど、マリアちゃん残念。この世界には繰り返し機能はついてないよ。元になったゲームに時間操作の魔法を使うキャラがいたり、ゲーム自体に引き継ぎ機能が実装された世界なら、そういう事もあったかもしれないけどね」
「では『叡智の魔眼』の未来視ですか?」
彼女の瞳の色からもそれは違うだろうと思いつつ一応確認すると、予想通りユーディは首を横に振った。
「カインくんもハズレ。私は単にこの世界を横に飛んでただけだよ」
「横?」
「平行世界ってやつだね。色んな結末を見てからぴょんっと横移動」
言ってユーディは頭に手を当ててウサギの耳をつくる。
うん。情報過多。意味が分からない。小出しに爆弾を投下しないでほしい。
この人、本当に何者なんだ。どうして当たり前のように世界を渡ったり、平行世界の移動をしてるんだ。
考えたら負けなのか?
疑問に思う僕がおかしいのか?
「ま、それは前提情報で、後はどうでもいいから横に置いて」
「置いちゃうんだ!?」
「置かないでください……」
「ふふ、仲良しさんだね。でも置かないと収拾つかないでしょう?」
「貴女から始めた話じゃないですか……」
だけど、収拾がつかないのはその通りだ。ここは彼女の言う通り『そういうもの』として流した方が良さそうだ。
「ま、ともあれそんな感じで、私は単に『カインくんとマリアちゃん』のいつもと違う挙動が気になって観察してただけだよ。で、対面してみたらどう考えても中身が違うなって思って声をかけてみた。動機としてはシンプルでしょ?」
お茶、冷めちゃうよ? と言ってユーディはティーカップに口を付けた。
なんとなくわかってきたことがある。
ユーディという人間は、この世界に対して傍観者の立ち位置にいる。
物語の本筋には触れず、それでいて知っている事は多いからこうして興味本位でつつきまわす。第三者で、文字通り別世界の人間。
深く関わりたいとはお世辞にも言えないけれど、おそらく助言者としての彼女は僕達の力になってくれるだろう。彼女にその気があれば、の話だが。
「ところで。二人共、現時点で本来の二人とは全然違うルートに乗ってるっぽいけど、それは意図的なんだよね?」
「はい、僕は『エディン・プリクエル』のシナリオをほぼ記憶しているので。自分やマリアに辿ってほしくない未来は避けて動いていました」
「うんうん、確かにカインくんはシナリオブレイカーっぷりが顕著だよね。本来ならレジスタンス所属の孤児だったのに、なんか今は貴族の養子になっちゃってるし。というか今って君が拾われる予定だったレジスタンスも壊滅してるよねえ……カインくんがあそこにいなかったから」
「……」
「君は、仲間になる予定の人達を見殺しにしても、自分だけは生き延びたかったんだ?」
ユーディの質問に僕は答えられない。事実だからだ。
僕はアンダーソン夫妻の養子になって『エディン・プリクエル』のシナリオから離脱する時、その先に出会う人たちの未来を、失われると知っていて切り捨てた。それはどう言い訳しても変わらない事実だった。
言うなれば、本来の仲間たちにバッドエンドを押し付けたのだ。
「それはちょっと悪意のある言い方だと思います、カインだってそんなつもりじゃなかったと思うし」
「確かにそうかもねえ。でもカインくんは、君の行動でレジスタンスが壊滅する事、知ってたよね?」
「……」
「ふふ、ちょっと意地悪だったかな。ごめんね?」
心底愉快そうにユーディは笑ってから、手元の紅茶に上品な仕草で口を付けた。




