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フェイタル・リンク・ハッピーエンド−異世界転生は咎人を救うのか−  作者: 紗雪あや


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見知らぬ森での遭難(3/4)


「本当?」

「はい、少し先に川があるかもしれません!」

「え、あ、ちょっと待ってアベル!」


制止も聞かず駆け出すアベルを慌てて追いかける。急に親を振り切って車道に駆けだす子供みたいだな、と一瞬思ったものの、彼は子供だがそこまで幼くない。ただ、これまでの言動を踏まえると、考えるよりも先に体が動いてしまうタイプなのかもしれない。何にせよ王子様が先行して突っ走るのはよろしくないだろう。

どんどん進むアベルの後を追っていると、次第に前方から水音が聞こえてくる。どうやら彼の言っていた通り川があるらしい。つまり、やはりここはアベルの知っている場所という事になる。

やがて立ち止まったアベルに追いつくと、川を見下ろすようにごつごつとした岩が転がっているのが視界に入った。アベルはその岩の上から少し下にある水面を覗き込んでいた。


(思ったよりも川原に大きな岩が多いな……ここは山に近いのか?)


てっきりここは平地だと思っていたが、川の流れや澄み具合からも、思っていたよりも傾斜のある地形だということが窺えた。渓流と呼ぶほどではないが、きれいな水の流れる沢だった。


「先輩先輩、ほら川がありましたよ! それなら確かこの下流に……あっ」

「あっ」


ばしゃん、と大きな水音が真下から響く。

止める間も、手を伸ばす隙も無かった。覗き込むために岩についていたアベルの手がつるりと滑り、あっという間に彼は川に転落してしまった。


「だ、大丈夫か?」

「うぅ、いたた……油断しました」


幸い川の流れは穏やかで、転落した場所も浅すぎず川底に体を打ち付ける事はなかったように見える。

川原に降りてアベルを水の中から引っ張り上げると、ありがとうございますと言いながら僅かに彼が顔を顰めた。


「もしかして今ので怪我した?」

「肩と右足を……僕の不注意でした、すみません」

「いや、頭を打ったりはしてないようで良かったよ」


川原の石の上にアベルを座らせると、一通り怪我の確認をする。

右足は落ちた時に岩の先端か何かで切ったのだろう、ふくらはぎから足首にかけてズボンの生地ごと派手に裂けてしまっていた。肩には目立った傷が見当たらないから、打ち身か脱臼といったところだろうか。

命に別状はなさそうだが足の出血は少し多いし、これ以上歩くのは難しそうに思えた。


「とりあえず傷の洗浄と止血だけでもしなきゃな」


川の水……は良くないな。一見綺麗な清流だけど、細菌感染のリスクがあるし傷口を洗うのに使っていいものじゃない。

傷のある部分までズボンをまくると、その上に手をかざして直接水魔法で水を流す。強く意識さえすれば水質も変化させられるので、今回は精製水に近いものを出した。本当に水魔法は便利だと思う。戦闘以外の用途なら水属性に勝るものはない。カインが自然と習得する本来の適性は火と闇だけど、これだけはポイントを消費してでも取得しておいてよかったと思う。

傷口を見つめたまま固まってしまっているアベルをそのままに、応急処置を進めていく。こういう時、マリアのように回復も取得しておけばよかったと痛感するが、今の僕にそれを取得できるほどのポイントはない。


「回復魔法が使えたらよかったんだけど、ごめんね」

「いえ、回復なんて使える方の方が希少ですから」


治癒回復系統の魔法は、使えるだけで国から手厚い補助が出るらしいことは知っている。その中でも治癒術師を名乗れる者はさらに希少で、かなりの高給取りらしい。


「見たところ骨折はしてないみたいだけど、傷以外の痛みはある?」

「いえ、特には……それにしても先輩、魔法も使えたんですね」

「うん、あまり目立ちたくないから普段は内緒にしてるんだ。アベルも黙っていてくれると助かる」

「先輩は既に有名人じゃないですか。課外授業の百人斬り伝説は上級生の方々だけじゃなくて、後から騎士団員達からも聞きましたよ」

「えっ、何その別の意味に聞こえそうで微妙に嫌な伝説……まあそれはとにかく、今その現実からは全力で目を逸らしている最中なんだ。僕にはこれ以上の話題性はいらないよ」


魔法が使えると知れたら、就職活動時に確実に国に所属する機関や施設から声がかかってしまう。何度でも繰り返すが、僕は直接国や王家にかかわることは避けたいのだ。

それもこれも、ゲームではパラメータ値さえ達していれば誰でも使えた魔法が、この世界で何故か希少能力扱いなのがいけないのだ。何故そんな事になっているのか。

アベルの傷の洗浄をせず魔法が使える事を隠す事も、一応少しくらいは考えた。あるいは僕の魔眼で、アベルの記憶から余計な情報を消してしまう事も。だけどしなかったし、出来なかった。そういった不誠実をした後に来るだろう罪悪感に、きっと僕は耐えられないから。


「だから内緒だよ、ね?」

「……何だかもったいない気もしますが、わかりました」


腑に落ちない、といった表情をしながらもアベルは渋々と頷いた。まぁ、普通は将来が安泰な才能を隠したりはしないから、彼の反応も理解はできるのだけど。


「ところでアベル、現在地がわかったような事を言ってたけど、ここってどこなの?」

「……ここはおそらく、学園都市の北区内にある森ですね。研究棟の施設案内で入学前に一度来ました。風景にも川にも見覚えがありますし、この果実はここで繁殖させている独自のものだと説明されたのでよく覚えています」


言ってアベルは転落した辺りに生えている木に成る実を指さした。

それは甘ったるい香りをさせた桃だった。この世界にも桃はあったのかと少し驚いたが、考えてみれば苺や葡萄、林檎もあるのだから桃があっても何もおかしくはない。

学園都市内という事で思ったよりも近場である事は分かったが、それでもここは森だ。北区画なら南へ行けば出られるかもしれないが確実ではないし、今のアベルを歩かせるわけにもいかない。これからどうすべきか。


「君にはここにいてもらって、僕がどうにかして救援を呼びに行くか。ここが学園都市内なら森自体そんなに広くもないだろうし……」


もしくは区画内に人がいるならば、そちらを頼ってもいいかもしれない。


「いえ、現在地がわかった以上、もう大丈夫です」

「え?」

「救援を呼びましょう、短時間の連絡ならこれでできます」


言ってアベルは服の下にしまっていたペンダントの装飾に触れると、二言三言語りかけた。どうやら音声を一方的に送る簡易通信機らしい。リリスシリーズの設定にもこんなものは存在しないし、電話のないこの世界においてはかなり貴重なアイテムだ。僕も初めて見る。

ペンダントに向かって彼は、現在不測の事態でこの森にいること、僕が同行していること、怪我をしているが命に別状はないことを告げた。


「本来ならもう少し状況を把握しておきたいのですが、僕が動けそうにないので、ここで人が来るのを待ちましょう」

「うん。それなら試しに火を起こして簡易的な狼煙を上げてみようか。本格的なものじゃなくても、研究棟所有の監視塔からなら煙も見えるかもしれない」


幸い今日は風もなく、煙が風に流されてしまう心配もない。そしてあたりを付けた場所から目視できればいいだけなので、本格的な狼煙でなくてもある程度煙さえ出ていれば問題ない。今回の場合は、この森に多くある針葉樹の枝を中心に使えば何とかなるだろう。


「わかりました、そう伝えます」


言ってアベルはその旨を伝えてから、そっとペンダントを服の中へと戻した。




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