休日の街歩き(2/2)
「さて、そろそろ集合時間だけどジュードも興味あるものは買えたのかな」
「ああ。俺はコレで十分」
言ってジュードは数冊の古書を満足気に抱え直す。
聞けばまだ書物が誰でも読めるようになる前の時代に書かれた本で、昔の伝承や民話を蒐集したものらしい。前世で言うところのグリム童話集のようなものか。少し興味があるのでいつか時間がある時に見せてもらおう。
「きっとこういうのはアベル様も好きだし、一緒に読みたいんだ」
「ふふ、ジュードは仲良しの友達ができて嬉しいんだね」
「……からかわないでよ、姉さん」
「だって可愛い弟に友達ができたら喜ぶでしょ、ね、カイン」
「多分ね」
前世で実の弟の顔すら知らなかった身としては返事に困る。もっとも、僕にとってジュードもアベルも弟みたいなもの、と言われればその通りなのだが。いやアベルは本当に弟ではあるのか。
そういえばマリアはジュードに対して実の弟のように接している。前世の記憶を持ち、物語の登場人物かつ血のつながりの薄いジュードを本当の弟として見ている。どうしてもこの世界と一線を引いている僕と違い、ここを自分の生きる世界と認識して地に足を付けている彼女が、少し羨ましい。
そんな事を考えていると、通りの向こう側からアベルとセトが小走りに向かってくるのが見えた。
「すみません、少し遅れました」
「大した時間は経ってないし気にしなくていいよ。僕達も楽しんでるし、君も今日は気を遣い過ぎずに楽しく過ごそう」
言ってアベルの頭を軽く撫でると、彼は嬉しそうに目を細めた。
……もしかしてこんな人の多い場所で王子様の頭を撫でるのは、いくら何でも不敬だっただろうか。そう思いチラリと視線を向けた先のセトは特に反応を見せなかったので、ひとまずは問題ないのだろう。ただ、代わりに隣にいたマリアがじっとこちらを見ていた。
アベルと関わらないどころか思いっきり弟扱いしてるよねそれ、と言われている気がしてついスッと目を逸らすと、視界の外で彼女がくすりと笑う気配がした。
弟扱いしたつもりはないけど、子供を前にするとつい甘やかしたくなってしまう。まぁ中身は三十路の僕なので、体感ではこの場にいるのは全員が甥や姪のようなものだ。甘やかしたくもなる。
「ジュードも先輩達も今日は楽しめてますか?」
「俺はちゃんと楽しいですよ。アベル様もすごく楽しまれてますね」
「うんうん、私達よりアベルの方がはしゃいでるよね!」
「え、えっと、僕も久しぶりの街なのでつい……」
真っ赤になったアベルの両手には、別行動中に購入したものが詰まった袋が大事そうに抱えられている。ちなみに先程遠目に見えた護衛らしき人もかなりの大荷物を抱えていたので、アベルは気になったものを片っ端から買ってしまっているのだろう。あまり経験がなくて取捨選択する買い物の仕方がわからない、というのもあるのかもしれない。
「さて、この後はどうしようか? せっかく一緒に来たわけだしもう少し見て回るかい?」
「はい! それと、ここを回った後にみんなでお茶でもしませんか?」
「約一時間後に商業区北端のカフェの予約を入れてあります、よろしければ皆様ご参加ください」
セト君がぺこりと軽くお辞儀する。特に断る理由もないので全員お誘いを受けると、彼はその旨を伝えるために護衛の人達のいる方へと駆けて行った。
「セトって随分しっかりしてる子だねぇ」
「彼は僕の友人……というより父が用意した侍従や側近のようなものなんです。なので幼い頃からそのための教育がされていると僕は聞いています」
「なるほどー」
「姉さんにとっての俺みたいなものだよ」
「……えっ、そうなの!?」
驚いてバッと僕とジュードを交互に見るマリアに苦笑しながら頷くと、彼女は微妙に渋い表情になった。普通に弟と思って可愛がってた相手が侍従として教育されていた、と知るのはそこそこ複雑な気分だろう事は想像に難くない。
「教えてくれたっていいのに」
「今更姉さんに態度を変えられたくなかったんだよ」
「むぅ、ジュードはジュードだもん。変わらないよ」
ぷくっと頬を膨らませてむくれながら、マリアはジュードの手を取ってぶんぶんと大きく振る。そんな彼女にごめんと眉を下げて謝りつつも、態度が変わらないと言われてジュードは嬉しそうだ。
そんな姉弟のやり取りにアベルもニコニコと楽しそうにしている。
「ふふ、僕もジュードとマリア先輩くらいセトと気安い関係に慣れるといいんですけど」
「君達だっていい関係に見えるけど?」
「関係が悪いとは思いませんが……セトには遠慮なく接して欲しいんです」
その言葉は間違いなくアベルの本心だろうが、おそらくセトを困らせてしまうものだろう。従者として教育されている以上は主君であるアベルに遠慮なく接するのは無理だ。仮にそんな関係を築けるとしたら、もう少しお互いの時間を積み重ねた先にあるものだ。
「ううん……僕が見た感じ、セト君は真面目そうだし気安い関係になるのは大変だろうね。でも急がず焦らず、君たちのペースでやって行けば良いんじゃないかな?」
「はい、ありがとうございます先輩!」
「カインさん、セトと比べて俺が不真面目みたいな言い方しないで」
「あ、いや別にそういう意味じゃないよ」
「ふぅん?」
やや不満げに僕を見るジュードの目はどことなく先程むくれていたマリアの表情と被る。血の繋がりは薄くても、ちゃんと姉弟なんだなと思わされて少し微笑ましい。
その後、戻って来たセトと共に軽く店を回ってから、みんなで連れ立ってカフェへと向かう。なんでもない雑談を交えながらカフェに向かうこの雰囲気に、懐かしいような初めてのような不思議な感情が湧き上がる。
前世で貧乏学生だった経験を持つ僕は、カフェなんてアルバイトでしか行かなかったからかもしれない。友人と行くのはもっぱら自宅かファストフード店だった。休日に友人とカフェ、そんなお上品な記憶はない。
到着したカフェは清潔感のあるレトロな純喫茶を彷彿とさせるもので、店まるごと貸し切りにしてあった。王族が利用するのだから安全性のために貸し切りにするのは当然だ、当然なのだけれど。
(……みんな貴族なんだよな、僕も含めて)
なんとなく遠い目をしてしまいつつも店に入って席に着くと、メニューを広げてあれこれ言いながら注文をする。そうして料理が来るまでの間に、蚤の市で買った戦利品を広げて見せ合っていた。テーブルに物を並べるのは貴族的にはお行儀が悪いけれど、今の僕達は学生だ、セトが注意をしない辺り多少のお目こぼしはあるらしい。
アベルが買っていたのは何の用とかわからない細工の入った箱や置物のような一風変わったものに興味をひかれたようで、こっそりアナライズした感じでは魔道具とガラクタが半々といった具合だった。
僕とジュードは新しく何かを買いはしなかったが、マリアは懐郷する天使の他にもアンティーク調の食器や陶器類を中心に色々と買っていた。焼き物が好きなのだろうか。
テーブルに並べられた物を前にしてアベルも興味深そうに眺めたり手に取っていた。
「綺麗な置物ですね。これも陶器製ですか?」
そう言って天使像へと何気なくアベルが手を伸ばす。
その瞬間。
「……え?」
誰か、あるいはその場にいた全員の口からそんな声が漏れた。
懐郷する天使が淡い青色の光を発していた。その真の意味を知る僕とマリアは驚きに目を見開く。
「……っ、アベル!」
咄嗟にアベルの手を掴んで天使像に触れないようにしたが、遅かった。
ぐにゃりと視界が歪む。五感が溶けてなくなるような錯覚を一瞬だけ感じた後、一気に視界が明るくなった。
軽いめまいに何度か瞬きをしてから、目に映る光景を前に小さくため息をついた。
(間に合わなかったか)
「え、あれ、何がどうなって……」
何が起きたのかわからずに混乱するアベルを視界の端で確認しつつ、もう一度辺りを見回す。状況のヒントさえ無いアベル程ではないにしろ、僕も言葉を発しないだけで動揺はしている。
見える範囲にいるのは僕とアベルだけだ。どうやら僕達は二人きり、森のど真ん中に転移してしまったらしい。




