休日の街歩き(1/2)
週末、家の近所でマリアとジュードと合流すると、アベル達との待ち合わせ場所へと向かう。
今日は僕とマリアとジュード、そしてアベルと友人兼従者のセトという子の五人で行くらしい。セトは『エディン・プリクエル』のキャラクターではないため詳細は分からない。王家側の人間に目を付けられるのは本当に困るから普通のいい子だと僕としては助かる。できれば普通の後輩として接したい。
「なんだか今日はすごく人がいっぱいいるよね」
「ああ、今週末は商業区に蚤の市が来ているみたいだよ」
「のみのいち?」
前世でも聞いたことがあるような、とマリアがこてんと首を横に倒す。その仕草が妙に可愛くて思わず吹き出すと、彼女はむぅ、と不満げに唇を尖らせた。その美少女顔ですると本当に可愛いからやめてほしい。僕はロリコンではない。ないが油断すると口元が変に緩みそうだ。
ふと我に返ると無言のままジト目でこっちを見ているジュードに気付いた。違うよロリコンじゃないよ誤解だからね、という意味も込めて咳払いをしてから話題を戻す。
「蚤の市はフリーマーケットの事だよ。アンティークやヴィンテージ、ちょっとした不用品から掘り出し物や滅多に見られない蔵出し品まで何でもありの市場の事だね。元々はフリーマーケットも蚤の市の直訳で、ノミ(flea)から来てるんだよ」
「そうだったんだ、フリーマーケットのフリーって自由とかそっちの意味かと思ってたよ」
「最近だとノミに良いイメージがないからそっちの綴りで開催してるフリーマーケットも多いね」
「カインは物知りだよね。そうういところ、やっぱり大人の人なんだなって思う」
「おじさんの蘊蓄が鬱陶しいって?」
「言ってないよ!」
そんな軽口を言い合っていると、道の奥から手を振る人影が見えた。はっきりとは見えないけどあの子犬オーラ全開のテンションは間違いなくアベルだった。
今日の快晴の天気を体現するかのような眩しい笑顔が遠目でもわかる。
「先輩方、こっちですこっち!」
「殿下、目立つので飛び跳ねないでください」
「大丈夫、今日は蚤の市で賑やかだから僕がはしゃいだ程度で目立ったりしないって」
「そういう問題ではありませんよ、もう……」
近付くにつれて聞こえてくる会話にああ、と声が漏れた。どうやらセト君は苦労人属性らしい。どうか強く生きてほしい。
そんな大変そうな微笑ましいような空気を纏ってやってきた二人を見て、マリアが僕の腕をつんつんとつついた。
「ねえカイン、アレどう思う?」
「う、うん、まあ。本人はお忍びのつもりだろうから……」
ジュードと同級生らしき少年を連れたアベルは市井の服に身を包み、何故か帽子とサングラスを装備して僕達を待っていた。邪気のない溌溂とした笑顔が近くで見ると更に眩しく感じる。
しかし隠しきれない高貴なオーラ、姿勢の良さ、それらとお忍びスタイルがものの見事に彼を『すごくいいところの坊ちゃんですよ』と全力で語っていた。それがぴょんぴょん飛び跳ねている。これは目立つ。セト君もため息が出るというものだ。
通りすがりの人も、王子様だねえと言い合っているのを聞いた。学園に今年アベルが入学してきたのは有名な話だ。騒ぎ立てる者こそいないものの、周囲からは二人に生暖かい視線が注がれている。それを感じて居心地の悪そうなセトにアベルは気付いてもいない。重ねて言うがセト君には強く生きてほしい。
「え、これから僕達もあの空気の中に入るの?」
「すっごく見られちゃう感じだね」
「いつもの事だよ。もう俺は慣れた」
若干引いている僕達にジュードがどこか遠い目をしながら呟く。あれに慣れたのか。凄いな。
「こんにちはジュード、先輩達、今日はよろしくお願いします!」
「こんにちはアベル様」
「こんにちはアベル!」
「こんにちはアベル、あまりはしゃぐと途中で疲れてしまうから程々にね」
「はい!」
返事と共にぴょこんと飛び跳ねるアベルは、果たして本当に僕の言葉を理解したのだろうか。
それから僕は後ろで小さくため息をついているセト君に視線を向けた。
「君とは初めましてだね。僕は二年のカイン=アンダーソンだ、よろしく」
「アベル殿下の従者で一年のセト=エンゲディアです。初めまして、今後ともよろしくお願いしますアンダーソン先輩」
うん、自分から言っておいてなんだけど、あんまりよろしくしたくはないかもしれない。
セト君自身は僕の事を普通の先輩として見ているし、その視線には疑心や敵意の欠片もない。だが彼の所作は素人のそれではなかった。どことなくノアを思わせるそれはアベルの護衛を兼ねているからなのか、それとも彼自身もノアのように諜報部隊に関係する人物なのか。ただの従者ではないのは確かだし、どちらにせよ素性を知られたくない人物に違いはなかった。
チラリとアナライズを発動して確認したセト君のステータスはそれほど高くはないものの、見事に暗殺者タイプ特有のパラメータの伸び方をしていた。しかも僕やマリアの魔眼のような、オンリーワンの固有技能も持っている。
(うん、やっぱりノアと同類だ、この子。あまり関わりたくないね)
加えてメタ視点にはなってしまうが、彼はメインキャラクターと同様に聖書由来の名前を有している。厳密には時任タイキのキャラクターではないものの、セトという存在はこの世界のシナリオ動向において重要な位置にいるのではないかと僕は疑っていた。
とは言え疑うだけで今ここで何ができるわけでもない。何も起こらない限りはあくまでも彼はアベルと同じで只の可愛い後輩だ。
そうして自己紹介を済ませた僕達は、わいわいと他愛のない会話を弾ませながら蚤の市を散策した。その後、三十分ほどアベル達とは別行動で買い物をしようという話になった。別行動の間に、アベルは見えないところにいる護衛の人達から色々と話を聞くことになっているらしい。
学園内では身分の上下は関係ないが、ここは学生以外も多くいる街の中だ。安全面を考慮して護衛の人達もこの後の散策ルートを打ち合わせたりしたいのだろう。屋台の食べ物だって一応毒見の必要があるだろうし。
そう思うと、アベルがこうして普通の子供のように街を歩くには本人も周囲も多くの気遣いが必要なのだろうと察せられる。それでもこうした気軽な街歩きを反対されてないという事は、アベルは身内からとても大事にされているのだろう。王族だから、というだけではなく。まぁ、護衛する周囲は大変だろうけどお仕事だから頑張ってほしい。
そんな王族周りの苦労をよそに、一般貴族の子供である僕達はのんびりとマーケットを見て回っていた。
蚤の市と銘打っているだけあって、前世で知るフリーマーケットや骨董市とここは概ね同じ雰囲気を醸し出している。日本のものよりもイギリスやフランスのものに近いのは、単にこの国の文化が西欧的なものだからだろう。
かつて没落した貴族が蒐集していたというイミテーションの宝石類などは、宝飾品にさほど興味がなくても見ごたえがあった。
他にも銀製品や木工作品の置かれている店を回ったり、屋台を見回して昼食はあれがいいねと話しながら歩いた。
来る前はさして買いたいものなんてないと思っていたのだけれど、いつの間にか僕の腕の中には小ぶりな木製のレターボックスが納まっていた。アンティーク調の落ち着いた色合いと、繊細に彫られた蔦のレリーフに何故かどうしようもなく惹かれてしまったのだ。ようは衝動買いというやつだ。
「思ってたよりも商品のレベルが高いね」
「うん。蚤の市、あなどれない……」
僕とジュードに挟まれるような位置からマリアも唸るように同意した。その手には陶器の小さな天使が抱えられている。
『懐郷する天使』
それはリリスシリーズにおけるファストトラベル機能の解禁に必要な、いわゆる貴重品に分類される売却不可アイテムだった。
古物商の敷物の上で投げ売り同然の値段で売られていたものをマリアが発見し、僕がアナライズで確認したところ本物だったので即お買い上げになった逸品だ。
「僕も意外だったよ。まさか存在するとは」
これまで領や交易品、この街で覗いてきた魔道具屋では影も形もなかったのに、こんな蚤の市で見かけるなんて思ってもみなかった。掘り出し物ってレベルじゃない。見つけた時は思わず二人で二度見をした。
「だよね。ベースがリリスシリーズだからって本当にこの世界にファストトラベルができるアイテムがあるとか思わないよね。しかもお店で一回お茶するより安かったし」
「姉さん、ファストトラベルって何?」
「ええと、なんて言ったらいいのかな。一度行ったことのある場所なら自由に一瞬で転移できるようになる魔法? みたいなものだよ」
「え、そんなおとぎ話や伝説みたいなものが……こんな蚤の市に、ガラクタみたいにポンと置いてあったの??」
「あったんだよねえ、これが。びっくりだよね」
マリアの言葉にジュードは目を丸くして彼女と天使の置物とを交互に見る。彼が驚くのも無理はない。この世界の常識では転移魔法なんてものは存在しない。少なくともその認識が一般的だ。こんなものが一般的ならとっくの昔に物流から何から革命が起きている。
だからこそ僕やマリアもがらくたに紛れて懐郷する天使が普通に売られていたことに驚いたし、それが本物と知って即購入に踏み切ったのだ。
これの正しい使用法が誰かに漏れれば、きっと権力者の手に渡るか国宝として王城の宝物殿か何かに収納されるだろう。悲惨なのは、これを悪用しようとする者の手に渡ってしまう事だ。それを阻止するには誰も使用法を知らないうちに僕達の手で回収してしまうのが一番だろう。
「これで週末にこっそり海や山や王都に遊びに行けるね、新幹線より早いよ!」
「……姉さんらしくていいと思うよ」
僕もそう思う。マリアらしい悪用のあの字もない平和的な使い道だ。
かくいう僕も「新鮮な海の幸を家でも調理できるようになるなあ」なんて考えていたのであまり人のことは言えなかった。これは高速の公共交通機関や快適な物流を知ってしまっている人間だからこその発想……なのかもしれない。
それに犯罪や軍事利用がいくらでもできてしまうからこそ、そういった用途は選択肢に置きたくないという感情もある。人間、平和が一番だ。




