課外授業は鬼門なのかもしれない
帰ってもいいかな。
課外授業の後に設定された試合、その相手の騎士を見た瞬間にそんな言葉が僕の脳裏を駆け巡った。
「また会いましたね、カインくん」
「お久しぶりですヨハンさん、試合相手がまさかこの国の誇る騎士団長だとは夢にも思いませんでした」
「驚きました?」
「それはもう」
「なら、今日まで隠しておいた甲斐がありました」
隣に立つヨハンが爽やかな笑顔で語りかけてくる。そんなサプライズをされても嬉しくない。
現役の騎士が相手とは確かに聞いていた。僕も騎士が相手ならとそれなりの心構えはしてきたつもりだ。だがこの人選は如何なものか。この学園の教師陣は実力差というものを理解していないのか。
そもそも、だ。どうして一般学生である僕と国内屈指の実力を誇る騎士団長様が試合を?
「実は試合参加の打診を受ける条件として、私が試合相手にカインくんを指名したんですよ」
ドウシテ。
思わず喉元まで出かかった言葉をかろうじて飲み込むけど、ヨハンはそれを察していたらしく、いたずらが成功した子供のように笑った。
「こうでもしないと君は絶対に私と手合わせしてはくれないでしょう?」
「一介の学生である僕に、どうしてそこまでヨハンさんがこだわるのかわからないのですが……」
「前にも言ったでしょう。昨年の課外授業の事は騎士団では有名なんですよ。それに先日ノア殿から聞きましたが、カイン君は彼ともいい勝負ができるらしいじゃないですか。彼もかなり腕の立つ者ですから、興味を抱くのは当然だと思いますよ」
「ああ。ノアが……」
そういえばこの二人、仕事柄交流があるんだっけ。諜報員としてのノアの実力を知っているヨハンが、ノアと手合わせしたことのある僕に興味を抱いたことは理解した。理解したが。
うん。ひとまず次ノアに会ったらシメておこう。そうしよう。友人の情報を本人の知らない間に他人に売るとはなんて酷い奴だ。
「あらかじめ言っておきますけど、僕はノアとの手合わせでは彼の攻撃を受け流すので精一杯でしたよ。だから期待外れだと怒ったりしないでくださいね、僕はあくまでも学生です」
「はは、わかりました。お互い良い試合にしましょう」
「よろしくお願いします、騎士団長様の胸をお借りします」
大丈夫、これはあくまでも一年生に向けた演出のようなもの。のはず。やけにヨハンが乗り気なのが不穏だが。
どのみち僕が全力でヨハンを相手にしたところで勝てるはずがないのだから、僕がどう出ようとヨハンにとっては痛くもかゆくもないだろう。ただ、彼の性格からしてあまり手を抜いたり姑息な手段に出ると後々まで彼の心証が悪くなりそうだ。その点は、僕にとって結構な死活問題だった。
結局、正面から本気でやらないとだめなのだろう。そんな空気が隣からビシバシ漂ってくる。
ああ。僕は昨年と言い今年と言い、どうにも課外授業とは相性が悪いらしい。来年は何の打診もありませんように。いやフラグとかでなく。
そんな事を思いながら遠い目をしていると、観戦用のエリアからこちらを見ていたマリアと目が合った。
『どんまい』
苦笑しながら口パクで慰めてくれるマリアに同じように苦笑しながら小さく手を振る。マリアは優しい子だなあ、ノアならきっと指さして爆笑してくるからなあ。と現実逃避する。
意を決して舞台へと上がると、昨年よりさらに多い観戦席からの視線に軽く怯む。ある程度見られることには抵抗がないと自覚していたけど、流石に二学年分の視線が自分とヨハンの二人に集中するのは、ちょっとばかり緊張した。
「目立ちたくないのに」
「それは昨年の時点で諦めるべきだったのでは?」
「返す言葉もありません……」
視線を合わせて苦笑しあうと、僕達は剣を鞘から抜いた。審判の教師の合図とともにそれを構える。
これまで色々な構えを試してきたが、最終的に僕の構えは設定上のカインのバトルモーションと同じ下段構えがしっくりくるようだった。試したことはないが、もしかして他の攻撃もバトルモーションをなぞるのが効率的なのだろうか。
ヨハンの構えもバトル時のものと同じだ。彼は剣と槍斧の適性があり、ゲームでは主に槍斧を持つ立ち絵で登場するが、今回は試合という事で僕と同じ模擬戦用の刃を潰した剣を構えていた。
まだ打ち合ってもいないのに、構えだけでヨハンからは叩きつけるような気迫を感じる。戦い慣れていないような学生だったら足が竦んでしまうのではないだろうか。
頭の中でヨハンの所持する技能やステータス数値を思い返す。僕が戦闘面で彼より上回っているのは魔力と速度、あとは運と魔力耐性と異常状態各種の耐性。今回は純粋な剣術のみの試合だから、魔法や状態異常については何の役にも立たないし、運は運だ。せいぜい速度を生かして立ち回るくらいが関の山だろう。
試合開始の笛の音と共に僕は大きく横に飛ぶ。ヨハンの固有技で初期から備わっているものは槍斧でも剣でも共通していて、速度の数値に影響されず高確率で先制を取れる突き技だ。たとえ彼相手に手も足も出ないとしても、せめてそれにくらいは対処したい。
ブン、と空気が震えるほどの速度で繰り出された突きを、何とか受け流しながら避ける。予め来るとわかっていても避けるのがギリギリだった。
意外そうにしているヨハンに体勢を整えられないうちにと剣を横に薙ぐと、彼は体の大きさに似合わない俊敏さで上体を逸らすように躱した。
「なるほど、ノア殿が自慢するわけですね」
何かに納得したようにヨハンが頷くけれど、その間も絶え間なく打ち合いが続いている。予想通りだが、やはり僕とヨハンでは実力が違い過ぎる。それでもこれが本気の試合ではなくエキシビションであるが故か、ヨハンは僕を確実に倒せるタイミングで切り込んでは来ないし、逆に僕に打ち込む隙をあえて作っていた。
きっと経験の浅い一年生から見れば僕が彼相手に善戦しているように映るだろう、そう見えるよう上手く戦わされている。これはそんな印象の試合だ。
ヨハンは終始嬉しそうに剣を振るっているけど、これは戦いが楽しいのか僕が彼の想定通りに動けているのが楽しいのか……そんな疑問を抱けるくらいには僕も余裕を持たせてもらっていた。日々騎士達と訓練してるからだろうか、手加減が異様に上手い。以前ノアとやりあった時のように身の危険を感じることはなく、ただただヨハンの日常的な訓練量に裏打ちされた、安定感のある強さを実感させられる。
ガンガンと派手に剣がぶつかり合う音と、お互いに動きのある攻撃。学生が参加する試合としては十分過ぎるくらいに華やかな剣戟だ。
やがてヨハンの剣を捌ききれなくなったタイミングで、今日一番の重さの一撃を受けた剣が僕の手から弾き飛ばされた。その衝撃の強さに、反動で尻もちをついてしまう。
「まいりました」
「素晴らしい試合でした、カインくん。またいつか手合わせしたいものです」
嫌です。二度と戦いたくありません。とは言えず苦笑する僕の心情を察してか、ヨハンは愉快そうに笑った。
剣を収め差し出された手を取って立ち上がると、観戦席から大きな拍手の音が聞こえてきた。どうやら試合はともかく見世物としては上手くやれていたらしい。
「正直ここまで私の動きに合わせられるとは思いませんでしたよ」
「僕としては合わせさせられた、という印象ですね。絶対に勝てない実力差、というものが良く理解できる試合でした」
「それが理解できるのもついて来れるのも実力があってこそ、ですよ。それに初撃を防がれることは想定していましたが、まさか躱されるとは思いませんでした。君は将来有望ですね」
にこにこと本当に嬉しそうにしているが、その表情を僕はよく知っている。これは以前、隣国のヨシュア様が青田買い狙いで僕を囲い込もうとした時と同じ顔だ。
勘弁してほしい。初撃を躱せたのはあくまでもメタ知識によるものだ。実力じゃない。
「僕は卒業しても騎士団に入る予定はありませんよ……」
「おや残念」
勿体ないとつぶやく声はばっちり聞こえていたが、わかっていて聞かせようとしたのだろう。そうは言っても僕は騎士になるつもりはない。既に注目されてしまっている現状で、これ以上王家に近寄りたくはなかった。
その後、軽く握手と礼を交わして舞台を降りる。鳴りやまない拍手は誇らしさよりも自分の未熟さを痛感させられるが、別にこれ以上剣術で強くなるつもりはないのだから未熟でいいのだ、と思い直す。第一、毎日鍛錬や実戦に明け暮れている騎士たちを纏める騎士団長様に、僕みたいな半端にしか訓練をしてこなかった学生が負けるのは当然であって悔しさも何もない。ないけど。
(本気でメタればもう少し善戦できたのかな)
などというゲーマー的な負けず嫌いの感情がうっすらあるのが始末に悪い。これはノアと手合わせした時にも少し感じたものだ。
元々はゲームだったのだから、攻略法は必ずある。そう思ってしまうのはまごうことなきゲーマーの業だ。傲慢にも程がある。
「お疲れ様、カイン」
「ありがとうマリア、当たり前だけどヨハンは強かったよ」
「凄かったね。だけど魔法の使用が許可されてたらもっとヨハンさんに食らいつけた感じがするよね。ヨハンさんって防具次第では魔力関係の耐性が低そうな見た目だし」
「あはは」
そうだ、マリアも大概ゲーマーだった。彼女は、この場合は攻撃魔法よりもバフ重視の方がいいのかな、状態異常も有効そう。なんて考察を始めてるけど、現実の人間相手に試合で状態異常をかけるのは結構えげつないのではなかろうか。
「きっと次やったら勝てるよ!」
「やらないやらない」
勝てるとしてもやりたくない。そう苦笑しながら更衣室へ向かおうと踵を返そうとして、何故か両側からがっしりと腕をつかまれた。
驚いて振り向けば、興奮冷めやらぬといった様子のクラスメイト達。
「カイン、まさかこのまま帰ったりしないよな」
「え」
「今の試合、めっちゃ凄かったし、みんな詳しく話が聞きたいに決まってるじゃない」
「えぇ……」
早く着替えたいんだけど、という僕の気持ちを無視してクラスメイト達による怒涛の質問攻めが始まった。それから僕は、いい加減教室に戻れと教師に叱られるまで延々と試合について謎インタビューを強要されたのだった。




