進級と後輩と学園行事
『エディン・プリクエル』の世界にカインとして転生し、学園に入学してから早いものでもう一年が過ぎ、僕達は進級して二年生になった。
学園の廊下では初々しい新一年生を見かけるようになり、マリアの弟であるジュードも無事に入学してきた。顔を見たことはないが異母弟であるアベルも入学しているはずだ。これで設定上のメインキャラクター達は学園を中心に出揃ったと言えるだろう。
ここから何事も起こらなければ良いのだが、そのあたりは引き続きマリアとこまめに情報共有をして備えていくしかない。幸いにも今現在、マリアの周辺でメインキャラクターが動いている様子はなかった。
学園でのクラスは進級しても変わらない持ち上がり方式なので、教室内での風景にあまり変化はない。イレギュラーな転校生、みたいなハプニングも特には起きなかった。
二年生になっても相変わらずジルとレアは賑やかなムードメーカーだし、マリアは僕やルースとよくつるんでいる。少しだけ変わったのは、マリアが眼鏡をするようになった事と、何故か素顔の時よりも眼鏡姿のマリアがモテるようになったことくらいか。
この世界、眼鏡フェチが多いのだろうか……
「アンダーソン君もうかうかしてられないね」
無表情に近い顔に微かな笑みを湛えてルースが囁いてきた。彼女はからかっているつもりなんだろうけど、うん、僕はやっぱり今のマリアは年齢的に守備範囲外だよ。最高に可愛いけどね。
「僕はマリアが幸せになるなら何でもいいよ」
「それ、君が名乗りを上げるのが一番の近道じゃないの?」
「……僕はどちらかというとマリアを傷つける側の人間だよ。幸せにするならもっと彼女に優しくできて、倫理観のしっかりした人が良いんじゃないかな」
相手と同じ熱量を返してあげられない恋愛関係は、余程の絆がない限り長続きはしないだろう。仮に僕がマリアとお付き合いをしたとして、きっと今までとあまり変わらない僕の態度は彼女を傷つける。それがわかっていて応えるつもりは僕にはない。
「アンダーソン君って色事に関しては達観してるというか、経験豊富そうだね」
「いや、期待を裏切るようで悪いけど、僕は誰ともお付き合いしたことはないよ」
前世を除けば、だけど。とは言っても前世でも僕は恋人との感情の温度差に泣かれることが多かったし、結局は誰も彼も傷つけてばかりだった。経験豊富とは、お世辞にも言えないだろう。
まぁ、前世でも恋人とは清い交際しかしていなかったのに女子を食い荒らしてるだとか、謎に不名誉な噂は高校時代には既に立っていた。僕ってそんな目で見られてたのか、と当時はまだ比較的ピュアだった僕は軽く落ち込んだりもしていたが、さすがにそんな視線にはもう慣れた。
「ふぅん……ところでアンダーソン君は例の件、受けるつもりなの?」
「どうかな、まだちょっと決めかねてるところだよ」
「例の件ってなんだ?」
「気になるワードだねえ」
どこから話を聞いていたのか、いつの間にやら背後に立っていたジルとレアが興味津々といった表情でこちらを覗き込んでくる。そしてそんな賑やかな二人が注目することで、必然的にクラス全体の注目が僕達へと集まってしまった。
……あまり目立つ気はなかったんだけどな。
「あれだよ、今年も一年生の『課外授業』があるから、僕にゲスト参加の打診が来てるんだ」
その話を振られた時は昨年までそんなイベントはなかっただろと教師陣に詰め寄りたい気分だったが、ぐっとこらえた。なんでも昨年の僕の戦いぶりが気持ちよかったから、課外授業の最後にエキシビション的な試合をして欲しいのだそうだ。
報酬は今年一年分の学食無料利用券。まあ、これは正直かなり惹かれるものがある。別に前世とは違って今の僕はお金に困ってないし、食事代もアンダーソン家が出してくれているのだけど、それでも惹かれてしまう無料券という言葉。庶民感覚が魂に染みついているとしか思えない。
「あー。あの課外授業……」
「男子が揃って死んだ目をしてたあの」
「普段温厚なカインだけど、今後は絶対に怒らせないようにしようとみんなで誓い合った、あの……」
「いやちょっと待って。あの課外授業の僕ってそんな認識なの?」
猛獣じゃないんだから、と思って教室内を見回すと一斉に目を逸らされた。猛獣だったのかもしれない。この面子で一年間過ごしていてそんな事には一度も気付かなかったのだが、これは僕が鈍感だったという事なのだろうか。
「そんな認識だぞ。学園で絶対に逆らってはいけない男ナンバーワンが決定した瞬間だったからな」
「正直見学してた女性陣もちょっとひいてたよねえ」
「入学早々クラス内の序列がはっきりして良かったとは思ってるけどな!」
「え、そこまで……?」
別に叩きのめしたとか大怪我させたとか、そういう事は全くなかったはずなのだが。そしてこのクラスに序列なんてものがあった事も初耳なのだが、いつの間に決まっていたのだろうか。やっぱり自覚してないだけで僕は鈍感だったのかもしれない。
「確かに人並み以上には戦えるけど、そんなに怖がるほどじゃないよ」
「でも、冬休み中もカインは二人がかりとは言え、カースド・スワンプヒュドラとか倒してたもんね。強さに関しては規格外だよ」
マリアの言葉にクラス内がざわつく。やめてマリア。そういう目立ち方をさせないで。第一、あれを倒せたのは弱点を教えてくれたマリアとヒュドラの気を引いてトドメもさしてくれたノアのおかげであって、あくまで僕は補佐の範疇に収まっていたと思う。一人だけ負傷していたし。
なんだか僕を見るクラスメイト達の目に若干の怯えが見えるのは気のせいだろうか。気のせいであってほしい。
「カインが課外授業のゲストで出るなら、俺さぼって観戦するわ」
「あ、私も私も!」
「えーと、じゃあ私も」
「マリアまで乗らなくていいから」
昨年は教師陣の想定から外れた健闘をしてしまっているし、彼らの顔を立てて参加するのも良いかもしれないと思ってはいる。だけどクラスメイト達がそれを授業をさぼる口実にするというのなら断った方が良いだろう。僕のせいで無駄に不良を量産するわけにはいかない。青春の思い出が大事とは言え、学生の本分は勉強だ。
そう、思っていたのだが。
「そういう事なら授業の一環として堂々と観戦しましょうか。きっと良い勉強になりますよ」
次の授業でクラスの子達が意見した結果、教師はそんなとんでもない提案をしてきた。その言葉に、授業が休める上に観戦もできるとクラスは湧きに湧き、僕は見事に断るという道を断たれてしまった。
結局クラスの盛り上がりも相俟って断り切れなくなった僕は、課外授業への参加を決めた。流されているなと思いつつも、普段弁当を自炊している僕にとっては学食無料という言葉はやはり魅力的だ、毎日でなくとも朝の余暇が増えるのはありがたい。ジルにはつまみ食いする楽しみが失われると嘆かれたが、もとよりあれはジルのために作った弁当ではない。
教師陣に呼ばれて課外授業についての何度目かの打ち合わせを済ませ、ついに当日がやってくると、流石に少し緊張してきた。エキシビションの相手は現役の騎士だと聞いている。それだけでもう強そうだ。
だけどこれは自分のための試合ではなく、あくまでも下級生のためのものだ。負けるにしても、上手く下級生のお手本にならなければいけない。あまりせこい手を使っては顰蹙を買うだけだし、一方的に打ちのめされては剣術に対する意欲がそがれる。何よりそんな事をしたら上級生全体が一年生から舐められかねない。ある程度派手に、それでいて健闘したように見せるべきだろう。責任重大だ。
……なんて事を考えながら歩くものではない、と反省したのはそのわずか数秒後。
「わぷっ!?」
突然、そんな間抜けな声と共に背中に衝撃を感じた。
ここは昼時の廊下、しかも食堂の近くだ。ふざけたり何かの拍子に転んで人にぶつかる奴も当然いるだろう。どうやら今回も、その類だったらしい。
ただひとつ、想定外だったのはその相手だ。
「わ、すみません前を見てなくて!」
「……」
「ええと? もしかして打ち所が悪かったりしましたか、大丈夫ですか?」
「あ、いや。少しぼんやりしていただけだよ、僕の方こそごめんね」
淡く青みがかった髪に金色の瞳。まだ幼さの残る顔立ちの少年がそこにいた。
二度あることは三度あるとは言うが。僕はどうやらこの世界で初対面のネームドキャラクターに高確率で衝突される運命にあるらしい。遅刻間際に食パン銜えて走る朝の学生さんかな。これがギャルゲー世界だったらフラグが乱立していそうだ。僕含めみんなよそ見しすぎだろう。
そこにいた少年の名はアベル=スチュアート。僕……カインの異母弟だった。
「食堂で友人と待ち合わせていたので、つい焦ってしまいました」
「気にしなくていいよ。制服を見るに君は一年生だよね。午後は外での課外授業らしいからたくさん食べて体力を付けておくといいかもね」
「課外授業、ですか?」
「うん、毎年一年生がする行事……みたいなものかな? 結構体力を使うし、ちゃんと食べておかないとスタミナがもたないと思うよ」
課外授業、というワードをうっかり口にしてしまったけど、これ以上詳しいことは言えない。課外授業の洗礼は突発的なアクシデントへの対応力を見ている面もある、という話も教師から聞いていた。詳細は口外しないのが通例らしい。
……とは言え、午後に何かあることくらい知らせてほしかったと一年前の僕は強く思ったし、今でも思っている。これくらいのサービスは大目に見てほしいところだ。
「ええと。詳しいことはよくわかりませんが、お昼ご飯はちゃんと食べますね。ありがとうございます先輩!」
「うん、君も良い昼食を」
食堂へ向かって駆けていく背中を見送ってから、自分も昼食を摂るために教室へと戻っていった。
……人にぶつかるから廊下を走っては駄目だと、アベルに言っておいた方が良かっただろうか。なんて事を思ったのは、既に教室へと戻った後だった。




