[番外編]レイライト姉弟の前日譚(2/2)
一方、ジュードはレイライト邸で養父のミハイルに叱責されていた。
マリアには知らされていなかったが、ジュードは弟であると同時にマリアの付き人として彼女の身辺を守れるようにミハイルが引き取り、一通りの訓練をさせていた子供だ。
そんなジュードがマリアと共にいるでもなく一人で屋敷をうろついているのを見て、ミハイルは彼から事情を聴いていた。
「姉さんなら知らない。一人で庭の方に出て行ったよ」
ジュードから見たマリアは世間知らずのお嬢様で、最初からあまり良い印象を持っていなかった。何の苦労もしてこなかったようなお嬢様が馴れ馴れしく自分を連れ回そうとする姿は彼にとって傲慢な印象を与え、また彼女の部屋の眩しくぎらつく照明も悪趣味に思えて嫌だった。
だから、マリアが庭に連れ出そうとした時も、一人で勝手にやってろと自分だけ屋敷に戻って来ていたのだ。
ミハイルに問い詰められたジュードがそう拗ねたように話すと、ミハイルとその周囲にいた使用人たちの顔色が悪くなっていく。
そして使用人のうちの何人かが庭に飛び出していったことで、ジュードはもしかして自分はまずい事をしてしまったのかと首を傾げた。しかし貴族の家の庭だ、不審者がいるわけでもなしと考えていると、それまで立ち尽くしていたミハイルがジュードのもとに歩み寄り、無言で彼の頬を叩いた。
「私はお前にマリアと共にいるように言ったはずだ」
「……」
そんなの、同じ屋敷にいるんだからいいじゃないか。そう思ったものの自分が言いつけを守らなかったことは事実なのでジュードは反論せずに視線を床に落とす。
前の家に居た頃と違って今の家族はジュードを黒髪が不気味だなんて理由で蔑んだりはしていない。鞭うたれたことも今のところはなかった。だからこそ、今回の平手打ちは少なからず彼の心にショックを与えていた。
やっぱり養子だから、本当の娘とは扱いが違うのか。
当然と言えば当然の結論にジュードは唇をかんだが、ミハイルはそんなジュードの様子を見て平静を保つように小さく息を吐き出した。
「叩いてしまってすまなかった。お前はまだ幼いしまだ来て日も浅いから家に慣れていないだろうと、マリアの事を話していなかったのも私の落ち度だな」
「姉さんの事?」
「ああ。あの子には視力がほとんどない、それこそ木陰ですら周囲を認識するのが難しくなる」
「……え」
「お前にはできる事ならあの子の目になってほしいと思っているのだよ。お前の境遇を見て同情から引き取ったのは事実だが、あの子を助けてやってほしくて連れてきたのもまた事実だ」
伝えるのが遅くなってすまなかった、とミハイルが自分の頭を撫でるのをジュードは呆然とした様子で聞いていた。
あのギラギラと趣味の悪い部屋は、そうしないと何も見えないから?
初対面で睨まれたような気がしたのは、自分の事をよく見ようとしていてくれていた?
もしかして自分を庭へ連れだしたのも庭を案内しようとした、ただの好意だったのだろうか?
伝えられた言葉をうまく消化できずに、ジュードは視線を窓の外へと向ける。外には夕焼けを覆うように宵闇が迫っていた。ミハイルの話が事実なら、既にマリアの視界には何も見えていないに違いない。
「……っ」
ここにきてようやくジュードは自分が知らず知らずのうちにとんでもないことをしでかしてしまった事を正しく認識した。
「ご、ごめんなさ……」
「謝るのはマリアを見つけてからあの子に直接言いなさい。私たちもあの子を探しに行くぞ」
言って庭へ向かうミハイルをジュードは慌てて追いかけていった。
外ではランタンの明かりを手にした使用人たちが総出で捜索を続けていた。
十分、二十分、そして一時間が経ってもマリアが見つかることはなかった。周囲の緊迫感は増していくばかりで、ジュードは不安と罪悪感からその場を動くことができなかった。
「ジュード、あなたはここでマリアが戻ってこないか待っていてちょうだい」
いつの間にか隣に来ていた養母のサラが、ジュードにホットミルクの入ったマグカップとランタンを持たせて庭の奥へと入っていく。
まだ幼いジュードにはできることは何もなかった。手渡されたマグカップがすっかり冷たくなっても、マリアは未だみつからない。
そして。
「マリア! マリア!!」
突如夜の庭に響いた、つんざくようなサラの悲鳴にジュードはびくりと竦み上がった。
「あ、あぁ……」
庭園の一角、柳の揺れる池のほとりにマリアの体は横たえられていた。
その体はピクリとも動かず、全身がぐっしょりとずぶぬれになっていた。
何が起こったのか、幼いジュードでもはっきりと理解できてしまった。マリアは何も見えない暗闇の庭園を歩き回って、そして池に落ちて溺れてしまったのだと。
泣き崩れるサラと、口を押さえて胃からこみ上げるものを必死にこらえているミハイルに、ジュードは近付くことができなかった。
(俺のせいだ。俺が、この子を殺したんだ……)
誰に言われなくても、責められなくても、ジュードの中ではそれが真実だった。
これが単純にマリアとはぐれて起きた事故なら、ジュードもそこまでショックではなかっただろう。だが、ジュードは自分が明確な悪意をもってマリアを一人にしたことを自覚していた。些細な嫌がらせではあったのだろう。だが、結果起きてしまった事故は取り返しのつくようなものではなかった。少なくとも、ジュードはそう思った。
震える足を止められずにジュードは地面に座り込んで、ただ放心したように地面を見続けていた。
そこから先の事を、ジュードはよく覚えていない。
駆け付けた医者が必死にマリアの蘇生を試みたこと、それにより彼女が一命をとりとめたこと、その後全員で屋敷に戻ったこと。何もかもに靄がかかったようで、思い出せなかった。
そしてベッドに運ばれたマリアが弱々しいながらも胸を上下させているのを確認した時、ようやくジュードはその瞳からボロボロと安堵と後悔の涙を流したのだった。
数日後、目を覚ましたマリアが最初に見たのは号泣しながらごめんなさいと繰り返す小さな弟の姿だった。
驚きながらも記憶をたどると、庭で足を踏み外して水の中に落ちたところまでは何とか思い出すことができる。
(落ちちゃったの、はぐれたせいだと思っちゃったんだ……)
ジュードは何も悪くないのに、と事実を知ることのないマリアは思う。後に医者や両親から一時は仮死状態にまでなっていたと聞くと、なおさらジュードに申し訳ない気持ちになっていた。彼女からすれば、まだ新しい環境に慣れていない小さな男の子が同じ年頃の女の子が水死体のようになっている様子を見せられる、なんて事態はかわいそう以外の何物でもなかった。
(でも。これってもしかして時任タイキのシナリオ通りかもしれない。これでジュードがショックや喪失感を拗らせて依存して……っていうのはいかにもありそうな展開だよね)
時任タイキのシナリオ展開に対する嗅覚には自信がある。そう一瞬にして判断したマリアは、それ以降すっかり彼女から離れなくなったジュードの心のケアを優先した。彼女からすれば保身も大いに含んだ行動だったが、そのおかげで半年もするとジュードの表情からは随分と影がなくなって来ていた。
そうして二人の仲も落ち着いてきた頃、マリアはジュードに前世の話を打ち明けることにした。協力者が欲しいというのが一番の動機だったが、それ以上にマリアも事情を一人で抱え込むことが心細かったのだ。
前世の自分よりはるかに年下の男の子に事情を話すことに最初はマリアも多少は悩んでいたが、ここまで共に暮らしてきたジュードを信頼していたのと、時任タイキの設定したキャラクターなら、根が素直だからこれくらい突飛な話でも疑わずに信じてくれるのではないかというメタ的な信頼があった。
結果として、ものすごく複雑そうな顔をされながらもマリアの言葉は全てジュードに信じてもらえたが、信じる代わりにマリアを守らせてほしいとジュードからも提案されることになった。
「今度こそ絶対に姉さんを守るから。裏切ったりしないから」
苦しそうにそう吐き出す弟の言葉に、マリアは頷くことしかできなかった。
こうして姉弟ではあるものの、まるで姫と騎士のように常にジュードはマリアの手を取り、守るように傍にいるようになった。
マリアとしてはそれはそれで家族としてどうなんだろう、とは思っていたが両親が何も言わなかったので次第に違和感も薄れていった。
両親、特にミハイルからすればそれは彼の求めた通りのジュードの在り方で口出しをするつもりも毛頭なかったし、ジュードもそれで構わないと受け入れた。
ミハイルから直々に対人格闘の手ほどきや暗器を与えられたジュードは、マリアの知らないところで確実に強くなっていった。
そしてジュードは本来の『エディン・プリクエル』で設定された彼のように、マリアへの罪悪感に圧し潰されたヤンデレとならなかった代わりに、マリアを守り抜くという強い意志をもったボディーガードとしてレイライト家で暮らすことになった。
マリアはその後もシナリオと似ているようで少し違う行動をとりつつ、やがてゲーム本編である学園へと至る。
マリアとカイン。リリスシリーズというゲームで繋がった二人の因果が絡み、断ち切られ、再び結ばれるのは、もう少し先の未来の事だった。




