[番外編]レイライト姉弟の前日譚(1/2)
学園入学前のレイライト姉弟過去編です。
今回は他の話とは違い三人称視点です。
マリア=レイライトは転生者だ。
彼女がそれを自覚したのは物心がついてしばらくした頃、何気なく自分の内側に意識を集中した時だった。
視力の弱い彼女の薄暗い視界にふわりと浮き上がる石板、そこに刻まれたはっきりと読み取れる懐かしい文字にマリアは自分がリリスシリーズの世界に転生したことを理解した。秒でわかってしまった。それは彼女が何よりも愛した世界観だったからだ。
それまで世界を『暗い』と認識していたのは明るい視界を知っていたからで、鏡の中の自分に既視感を抱いていたのは『エディン・プリクエル』の資料集に載っていた少女と自分が良く似ているから。前世をはっきりと認識したマリアは、自分の置かれた状況に興奮し、同時に恐怖を覚えた。
「リリスシリーズの主人公って時点で明るい未来が想像できない……」
リリスにのめりこみ、時任タイキについて誰よりも考え続けてきた彼女にとって、たとえ制作中止になったゲームだとしても、この世界が希望に満ちているものでない事は疑いようもなかった。
それでもマリアにとってこの状況は、絶望をはるかに上回る興奮を感じられるものだ。何せずっと愛していた世界だ。毎日ゲームを起動し、資料集を読み込み、時には二次創作にも手を出していた世界が目の前に広がっている。そんなの嬉しくないはずがない。
自分のステータスを参考に色々と試して、日常生活の中で得る経験値もあると気付いたマリアは地道に経験値を貯めてレベルを上げた。生き延びたかったのもあるが、純粋にリアルレベル上げが彼女にとって新鮮で楽しかったのも事実だ。
視力が弱いせいで体を動かすような方法は危なくて使えなかったが、それでも何もしないで普通に育った子供よりはずっと得てきた経験値は多い。そして、上がったレベル分のボーナスポイントをマリアはすべて『幸運』に振った。
「このシリーズは『幸運』が一番大事だよね……」
エンカウントや状態異常発生率、重要なイベントの遭遇率やエンディング分岐まで、全て幸運の数値がかかわっていることをマリアはよく覚えていた。これを最大値に上げていれば何の脈絡もない死や不幸を避けられる、それくらいマリアはこの数値を信頼していた。
それにもうひとつ、マリアには幸運を優先して上げておきたい事柄があった。悪夢を見るようになったのだ。それも妙にリアルな、自分が殺される夢を。
夢は夢だと言い聞かせたかったが、それを繰り返し何度も見せられるのはマリアにとっても苦痛でしかない。背中から刺し貫かれる冷たい刃の感触、一瞬の後にやってくる熱さと、痛みなのかもわからないくらいに強い衝撃。一時期はそれに毎晩のように苦しめられた。
うなされて悲鳴を上げる夜も何度かあったらしく、マリアが目を覚ますと両親が心配そうに彼女の手を握っていた。
きっと自分の不安が夢に出てきただけだ、そう自分に言い聞かせたマリアは悪夢を見るのもきっと運が悪いからだと、せっせと幸運にポイントを振った。もしそれを後のカインが知れば「そこは精神とか異常耐性じゃないの……?」と突っ込みを入れただろうが、幸か不幸かこの時のマリアはまだ彼と出会ってはいない。
勿論前世でゲームをプレイする時のマリアなら、全体のバランスを考えるので幸運にポイント極振りなどはしない。しかし今の彼女が目指すのはラスボスの撃破でも世界を救う事でもなく『この世界をマリアとして楽しみつくす』ことだった。結果彼女は戦闘に関するものよりもとにかく今の自分に必要な幸運だけを求めた。そうして彼女が五歳を迎える頃には、幸運の数値は最大値の八割程度にまで増えていた。
すると不思議なことに悪夢を見る頻度は減っていった。因果関係の有無はさておき、幸運の勝利だとマリアは満足げな笑みを浮かべた。
そうしてマリアが幸運を上げつつ日々を楽しんでいたある日、彼女の家に新しい家族が増えた。
「はじめまして。ジュード=レイライトです」
養子として家にやってきた彼はマリアの遠い親戚にあたるらしく、血の繋がり自体はないと父に聞かされた。
(この子、間違いなく専用ルートのあるメインキャラだ)
直観に頼るまでもなかった。女主人公と血の繋がらない弟。そんなのあらゆる創作物語で出し尽くされた『家族でありながら恋愛に発展する可能性のある相手』に決まってる。
それが時任タイキの作る設定ならどうなるか、マリアには容易に想像できた。
(仲良くなったらあっという間に執着心を芽生えさせる、だけどマリアを裏切ることだけは絶対にしない、多分『家族』枠だ)
時任タイキのシナリオは、血の繋がった家族よりもこうした『家族』という他人同士の繋がりをより重視する傾向にある。おそらくジュードもまともに進行を深めれば誰よりも心強い味方になるとマリアは確信していた。
(だけど、最初の印象はあまりよくないのかも)
ジュードがこの家に来るまでに恵まれた環境にいなかったであろうことはマリアも想定済みだった。だって時任タイキのキャラだもん、というのが彼女の根拠だ。そうでなくとも目の前の少年の目は荒んでいて、誰も信用していないだろうことは視力が悪く彼の表情を細かく観察できないマリアでも見て取れた。
よろしくね、と差し出した手をスルーされたマリアは苦笑しつつも、これから仲良くなれたらいいなと楽観的に考えていた。
しかし。
「ちょっと楽観的過ぎたかなぁ」
ジュードが家に来て一週間。マリアは小さくため息をついていた。
相変わらず彼は自発的には一言も発しようとはしなかったし、何故かちょっとだけ嫌われてるような気さえする。その理由がわからずマリアは頭を悩ませていた。
もしかして幼少期はずっとこんな感じという設定でもあるのか、いや設定があったとしても目の前にいるのはジュードという生きた人間なのだから仲良くなれないのは自分に原因があるのだろう。そう思って振り返ってみてもこれといった原因が思い浮かばない。
前世のマリアは人間関係で悩んだことはなかった。根がポジティブで友達も多い彼女は、わかりやすく嫌われることも滅多になかったからだ。
だからこそ、今回のような事態にはあまり強くない。
「一緒にお散歩しようよ」
だからジュードを誘って庭に出た時も、彼があからさまに嫌そうな顔をしたことに気付かなかった。
そのまま庭に出たマリアは、まず自分のお気に入りの場所に彼を連れて行こうと決めていた。
庭で遊んでお喋りをすればお互いの事が少しくらいわかるのではないか、そう考えていたマリアだったが、ふと彼女が振り返るとそこにはジュードの姿はなく、そよぐ風に揺れる木々と囀る鳥達の鳴き声だけが響いていた。
「ど、どうしよう……ジュードが庭で迷子になっちゃった……!」
青褪めたマリアは木々の密集している方へと駆け出した。それは軽く見回して見つからないのなら視界の悪い方に迷い込んでしまったのだろう、という推測からだったが、その時マリアは失念していた。今の彼女は視力が弱く、薄暗い木々に囲まれてしまえばあっという間に方向感覚を失ってしまうということに。
そんな当たり前のことを彼女が思い出したのは、既に足元すら視認できなくなってからだった。
レイライト邸は国内の伯爵家と比べて広大な敷地を有している。中でも庭園は貴族たちの間でも評判になるほど広く美しい自然に溢れていた。地球で言うところのヨーロッパ式の庭園と違い、自然を引き立たせるように造られた英国式に近いこの庭園は、森や池も造られていて庭というよりは公園と呼んだ方がマリアにはしっくり来た。そんな場所に体も小さく目も悪い五歳児の彼女が迷い込めば、簡単に抜け出すことはできない。
「暗いなぁ……ジュード大丈夫かなぁ……」
まだ家に慣れない小さな弟が不安に震えていないかと、そればかりが心配でマリアは庭の中を彷徨う。地面に舞い落ちる落ち葉をさくさくと踏み鳴らしながらマリアは足を進め、そして。
「あっ」
踏み出した先に地面がない。と気がついた時には既に体は前方へと放り出されていた。




