帰省(2/2)
「そう言えば、ここに来るまでに馬車から町の様子を見ましたが、入学前よりも随分にぎやかになりましたね」
やや強引に話題を変えると、僕の言葉に父はそうだねと頷いた。
「ああ、カインが提案した街道整備が上手くいっているからね。おかげでこの地に立ち寄る人数も大幅に増えているんだよ」
街道整備、というのは僕がここに住んでいた頃に両親へと提案した事業だ。この世界は道路の整備があまり進んでおらず、町をつなぐ街道も悪路が多い。そこで僕は街道の一部を石畳で舗装することを提案した。勿論それには尋常じゃない予算が必要だったし、舗装作業に必要な技術や人間も足りていなかったが、この一帯で良質な粘土がとれることや町に煉瓦職人の工房があった事から数年単位で準備していた。その工事がつい先日完了したのだそうだ。
この世界の馬車はとにかく振動がひどい。悪路が振動を大きくし、快適性のない馬車を積極的に利用する人間もいないからか、町同士の交流も少ない。特に平民で馬車なんて使うのは仕事で移動する人くらいだ。僕だって魔法で空気のクッションを敷いていなければ長時間の馬車移動をしようなんて思えない。
都市間の気軽な行き来もなければ観光という概念も余裕のある貴族くらいにしか根付いていない。僕はそれが勿体ないと常々思っていて、どうにか改善できないかと模索していた。
馬車本体の改良も必要とは思ったけれど、この町の利益を考えるならば街道を改善すべきだ。そう思って父にはまず街道整備を提案した。
それが功を奏したのかは定かではないが、この辺りでは以前よりも乗合馬車事業が盛んになったのだと、ここへ来る際に御者のおじさんから聞いていた。馬車の需要と同時に徐々に上がりつつある犯罪率から、馬車や商人を護衛する事業も増えた。そうして連鎖的に町の人口も収入も右肩上がりになっている、らしい。
実際は僕が考えているより交渉はスムーズではなかったのだろうし、簡単にできる事でもないはずなのだが、父はそれをおくびにも出さない。その辺りの隙を感じさせないのはさすが貴族といったところか。
「今は財政もかなり潤っていてね。カインには良い案を出してもらったと思っているよ」
「ありがとうございます。これで少しでも家や町に貢献できたなら良かったです」
ふぅ、と軽く安堵の息を漏らしてから、ケーキスタンドのサンドイッチに手を付ける。僕は自分から養子になったくせに外国やら学園やらに行ったままで全然家に帰らないような駄目息子だから、これくらいはしておかないと申し訳が立たない。
そんな僕を見て何か思う所があったのか、母がティーカップを置いてそっと僕の顔を覗き込んだ。
「ねえカイン」
「はい」
「あなたはまだ学生、子供なのよ。そこまで私達や領の益になろうと必死になることはないの。もっと自分の事だけを考えて、日々を楽しんでも良いじゃない」
「……」
咄嗟に言葉を返せなかった僕に、母は困ったように眉を下げる。
「子供時代なんてあっという間に過ぎていくのよ。今はやりたい事をしなさいね」
「そうだな。私が学生の頃なんてやんちゃだと周囲に何度も窘められてきたくらいだ。楽しい事も色々としてきたぞ、それこそ恋とか」
「そうね、苦労もあったけど思い返せばとても楽しかったわ」
二人が懐かしそうに目を細めて笑う。きっと彼らの中では学生時代の輝かしい思い出が再生されているのだろう。前世ではほぼ同年代だった僕にもそんな思い出は存在するし、言いたいことはよくわかる。わかるけれど。
「僕は今でも十分楽しい学園生活を送れていますよ」
高校時代のような純粋な気持ちで日々を楽しむことは、僕にはもう二度とできないだろう。
ティータイムを終え、自室で荷ほどきを済ませると僕は窓から見える街並みをぼんやりと眺めていた。
前世の僕でもなく『エディン・プリクエル』のカインでもなく、カイン=アンダーソンである僕の住む町。完全にシナリオの枠外で、設定を作った時任タイキすらもその存在を知らない場所。
産んでくれた母さんの願いを叶えようとここまでやってきたけれど、これはシナリオからの現実逃避ではないかという疑念は常に胸の中にある。
設定上のカインが過酷な境遇から救い出して絆を深めるはずだった人達のように、僕が外れた動きをしたことで不幸になった人は確実にいる。勿論その全員を幸福になんてできるわけない、僕は神様なんかじゃない。そもそもシナリオ通りに動いたとしても不幸になる人はいる。そんな事はわかっている。わかっているけれど。
「罪悪感……だよな。これは」
優しくされるのが辛い。こんな自分が幸せになって良いはずがない。優しさを受け取るたびに、楽しいことが起きれば起きるほどに、後からくる罪悪感は深く強く心を苛む。
僕は他人のささやかな幸福を壊しながら生きている。壊れたしあわせの残骸の上で生きているのだ。今も、昔も。
「許されない。許されたくない。だからできる限りの事はしなくちゃ駄目だ。この生は贖罪のためだけにあるんだから」
そう、僕自身が決めたのだ。この罪悪感すら失ってしまったら、僕は本当に人でなしになってしまう。
だけど自分のくだらない葛藤で周囲に心配をかけるのも良くないと理解はしていた。僕は割と演技が下手だ、隠しているつもりでもそれを悟られてしまう事は前世でも今でも度々あった。
きっと不器用なのだ。生きることに。
「どうするべきなんだろうな……」
暗い自室の天井を見上げて呟く。
「もう誰にも苦しんでほしくないのに」
僕は、僕のせいで苦しんでしまった多くの人達に償いたい。全てに報いることはできなくても、僕が生きてい限り一つでも多く。
「ハッピーエンド……」
マリアの、そして前世の『彼女』が愛した言葉。とても、素敵な言葉だと思う。僕以外の多くの人がそんな人生の終わりを迎えられるように。僕は生きていかなければいけない。
「……」
ふかふかのベッドの上に倒れこんで天井を見上げる。
この世界は前世とは切り離された世界で、前世のあの日、あの時に僕が負った咎とは何の関係もない時間が流れている。
「この世界で僕が負うのは責任だけど、前世のあれは紛れもなく咎だ」
脳裏にこびりついて離れない光景。血と狂気と悲鳴が支配したあの瞬間に起きたことは夢や幻ではなく現実だ。この忌まわしい記憶がある限り、僕はこの罪悪感を手放すことはないのだろう。
「だけど罪悪感に潰されるのは甘えだ。許されない。僕はちゃんと『カイン=アンダーソン』として生きて償うべきなんだ」
あえて口に出してから、深く何度も呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
そうして自己嫌悪の感情を胸の奥に押し込めて、僕は僕を想ってくれている両親の待つダイニングルームへと降りて行った。
僕が何を考えていようとも、今するべきは元気な姿を見せて両親を安心させることなのだから。
それから数日を家族で過ごし、年を越してすぐに僕は領を離れて学園都市へと戻った。学園が始まるまでに揃えておきたいものもあったし、戻った先で再開する一人の生活サイクルにもまた慣れなければならない。戻るならなるべく早い方がいいのだ。
それは言い訳だと言われてしまえば反論はできないだろうけど、幸いそういったことを問い詰めてくるような人間は僕の周りにはいなかった。
ただ、去り際に両親が「私たちも寂しいから、次はもう少し早めに帰っておいで」と言っていたのが印象的だった。次は……夏には帰ろうと思う。
馴染みの店で食材を買い込み久しぶりに立った台所は、僕に日常の感覚を取り戻させてくれた。今日は寒いから熱々のシチューを作ろう、そして余ったら門番の人にもおすそ分けしよう。そんな事を考えながら手早く下ごしらえを済ませていく。
誰もいない寒々しい家の中、自分の作る料理の音だけが響く。
それは少し寂しさを感じるような、だけど僕にとっては一番日常を感じさせてくれる瞬間だった。




