帰省(1/2)
クリスマスを目前に迎えの馬車に乗り込んだ僕は、半年以上ぶりとなるアンダーソン邸へと向かっていた。
両親の運営しているアンダーソン領は、邸宅のある町ひとつとその周囲の農地と森林という比較的慎ましやかな土地だ。
交易の町ハルプレン。隣国ハーヴェの国境と王都のある中央地域を結ぶここは交易も盛んな宿場町として栄えている。住民は宿業や商人を除けばのんびりとした穏やかな気性の人が多く、僕も幼い頃はよく町の大人たちに構ってもらっていた。
交易が主産業の割には牧歌的で、娼館や酒場の近辺以外は治安もそう悪くない。とても良い町だ、できることならこの町の平和はずっと保たれてほしい。それに僕も関われたら良いとは思うけれど、本格的に町の運営に関わるとしたら僕が長く生きて彼らの後継になる場合の話だ。
子供という立場上、僕は町の運営には殆ど触れていない。これまで何度かインフラに関して軽く提案くらいはしたが、それくらいだ。両親はいつでも僕に子爵家を任せられるなんて言ってくれているが、貴族や領主としては勉強不足だと僕が一番理解している。今は子供だからという理由で周囲の評価も甘めだが、大人になればそれも通用しなくなる。日本での気楽な庶民生活を知ってしまっていると、他人の生活を左右してしまう立場に就くのは、正直に言えば荷が重いと感じてしまう。だけど。
「ゲームとしての時間が過ぎて、卒業して。その後は地に足をつけて生きる必要があるんだよな」
本来の『エディン・プリクエル』とは違って僕は物語の、この世界の主人公などではない。いち子爵家の養子で、突出した才能もないただの器用貧乏な男だ。
これが普通の子供で、自身の出自を知らなかったならば、ヨハンに誘われたように騎士団に所属するのも悪い選択肢ではなかったのだろう。だが王家と関わりたくない今の僕にとってそれは悪手だ。何より『エディン・プリクエル』のカインは騎士団に所属していた。同じ道を歩むのはシナリオ的に考えても危険だろう。
もちろん卒業後に両親に頭を下げて領地運営をもっと学んで、正式な後継になるのが一番堅実な道だ。僕が腹を決めさえすればベストな方向であることに間違いはない。
「今こうして学生をしてるのは、単に僕のわがままだもんな」
両親に少しでも何かを返すのならば、やはり僕は子爵家を継いで町に貢献して生きるべきだ。そもそも子供に恵まれていない子爵家を選んで養子に入ったのは僕自身の意思で、今更荷が重いと言って甘えていてはいけないことくらい理解はしている。生き延びるためとはいえ選択した責任は取るべきだろう。
そうだ。優しくしてくれた人たちに僕はまだ何も返せていない。これから何ができるか、返せるか、ちゃんと考えなければならない。
そんなことをうだうだと考えているうちに景色は見慣れた物へと変わり、馬車の進む道の向こうにこの町では一番大きな邸宅、アンダーソン邸が見えてきた。
門の前で馬車が止まり御者がドアを開ける。最近ようやく顔を覚えつつある彼に軽くお礼を言って降りると、玄関の前では両親が笑顔で出迎えてくれていた。
「おかえりなさい、カイン」
「おかえりなさい」
「あ、た、ただいま……」
慣れない出迎えの言葉に柄にもなく吃ってしまう。未だに慣れない『おかえりなさい』という言葉。カインとしての人生もそれなりの期間になったのだからいい加減慣れなければと思うのに、情けないことにどうしても一瞬竦んでしまう。
両親はそれを指摘することもなく、にこやかに僕を家の中へと招き入れてくれた。
正直なところ、僕は未だに両親との距離を測りかねている。他人として接するべきなのか、親子として接するべきなのか。僕自身の経験不足もさることながら、僕が意図的に仕組んだ養子という状況が、彼等に向ける感情をより複雑にしてしまっていた。
優しく、悪意もなく、溺愛と言っても差し支えないくらいに良くしてくれているのに。後ろめたさが拭えない。
「元気だったかい。怪我や病気はしていないと報告は受けていたが、こうして顔を見られて安心したよ」
「変な大人に声をかけられたりもしてないわよね」
「本当はあちらの家に置く門番の増員も検討していたんだよ」
「学園で嫌なことがあったら遠慮しないで言いなさいね」
「大丈夫ですよ、今のところは何事もなく充実した学園生活を送ってますから」
相変わらずの過保護ぶりに笑みが漏れた。彼らのこれに中々慣れないことはあっても、鬱陶しいと思った事はない。僕のような血のつながりを持たない息子でも心配してくれるというのは、申し訳ないと思いつつもやっぱりうれしかった。
怪我は、つい最近したばかりだったが彼等には秘密だ。ノアの実家へ行った時に起きたアクシデントについては、あの場にいた全員に口止めしてもらっている。怪我もその日のうちに完治していたし、こんな事で両親に余計な心配をかけたくないというのが本音だ。ノアのご両親は伝えた方が良いと言ってくれてはいたけど、僕の不注意で他人に心配や迷惑をかける方が心苦しかった。
隣国で誘拐未遂に遭った時なんて、帰国して対面した瞬間に両親には大泣きされた。あれを見てしまったら、もう心配なんてかけられない。
「父様も母様もお変わりないようで何よりです」
僕の言葉に両親はにっこりと嬉しそうに笑った。彼らもそろそろ若いとは言えない年齢になってきている。僕の事よりも自分たちの健康に気を付けてほしいのが正直なところだ。
だけど、と僕は笑顔で屋敷に向かって歩く二人の顔をそっと見る。
若い。とても若い。欧州的な顔立ちとは少し違うこの世界の人達の容姿は、比較的若作りなのは理解していたが、それにしたって若い。あと数年して僕が成長した頃には親子よりも年の離れた兄弟に見えてしまうのではないかと思えるほどだ。前情報ナシに今の二人を見たら、新婚さんかな、くらいは思うかもしれない。前世の僕も周囲からかなりの頻度で若作りだと言われてきたが、それでも彼等には負けるだろう。
それは外見だけでなく態度にも言える。母の腰をさりげなく抱いて歩く父の表情を見れば、彼らが二十年以上寄り添っている熟年夫婦だなんて思えなかった。あれで四十手前なのは詐欺だろう。
年齢を思えば両親には健康に気を付けてくださいと言いたいところだけど、外見のせいかそれを言うのは失礼じゃないのか、なんて思えてくる。
「どうしたカイン、長旅で少し疲れているんじゃないか?」
「いえ、久しぶりの帰郷に気が抜けてしまっただけです」
「それならいいが。せっかく帰ってきたのに体調を崩しては勿体ないからね」
美味しいものを食べてゆっくり休むといい、と父が柔らかく微笑んだ。これは、うん、学生時代はさぞかしモテただろうと思わせる笑顔だった。美貌とまではいかないが彼の表情は人を安心させ惹きつける魅力がある。
次いで母が浮かべた笑みは蕩ける蜂蜜のような甘さだった。自分の感じている幸福を見ている他人にまで伝播させるようなそれは、彼女も相当にモテただろう事を窺わせる。まあ、実際どうだったかまでは知らないけれど。
「夕食はうんと豪華にしましょうね」
「久しぶりに顔を合わせるんだ、たくさん話を聞かせておくれ。ああ、いつまでも立ち話をしているのも良くないな。荷物を置いたら庭を眺めながらお茶でもしようか」
「はい、では後程」
……今のは少し他人行儀過ぎただろうか。言葉がどうしてもかたく、どこか事務的なものになってしまうのは未だに直せていなかった。
自室のある三階へ上がり、小さめに纏めておいた荷物を部屋のベッドへ放り投げ、厚手のコートを脱ぎ棄てて再び一階へと向かう。学園都市にある家に慣れてしまっていたからか、家がやたら広く感じた。
速足で廊下を進み一階奥にあるコンサバトリーに辿り着くと、既にテーブルの上には既にティーセットが準備されていた。三段のケーキスタンドには美味しそうな軽食と菓子類が華やかに盛り付けられている。
「そんなに急がなくてもお茶も私たちも逃げないわよ」
クスクスと笑う母に促されて席に着くと、目の前のカップに鮮やかな色の紅茶が注がれていく。他人の淹れた紅茶を飲むのは随分久しぶりのように思う。
外は極寒の真冬だというのに、太陽の光をたっぷりと浴びたこのコンサバトリーは常春のように温暖で、まるでここだけ別世界のようだ。ここから庭のスノードロップやビオラを眺めて微笑みあう両親の姿を見ていると、きっと天国というものがあるのならこんな穏やかな場所なのだろうと思わされる。そっと口を付けた紅茶も、砂糖を入れてもいないのに仄かに甘かった。
それから僕達は離れていた時にあった事を話したり、学園での様子を請われるままに語って聞かせた。学園では色々と密度の高い日常を過ごしていたこともあり、両親といる時に気まずさを感じて言葉数が減ってしまいがちな僕でも話題には困らなかった。
入学してすぐの課外授業での出来事や学園で仲良くなったクラスメイトの話、そして一緒にいることの多いマリアの話。そうし今日までの事を反芻しながら話していると、父がティーカップを傾けながら機嫌が良さそうに口を開いた。
「カインは学園生活が楽しくて仕方がないんだね」
「……え?」
「学園の話をしているお前は、とてもいきいきとした顔をしているよ」
「そう、でしたか?」
「ええとても。学園へ通いたいと言い出した時は驚いたけれど、楽しそうで良かったわ」
「ああ、安心したよ。これまでのお前はいつも何かに追い立てられているように見えていたからね。学園を満喫して、友人もたくさんできたようで何よりだ」
「……」
そんな顔を、していたのか。
思わず顔をペタペタと触ると両親はおかしそうに笑う。
なんだかとても恥ずかしいというか、照れくさかった。こんな感覚はとても久しぶりだ。前世ぶりかもしれない。
連想ゲームのように、前世で僕の事を気にかけてくれていた叔母のを思い出す。彼女も僕が特待生制度で高校に入学した時にはとても喜んでくれていた。思い返せば僕が気付かなかっただけで、前世の友人も今の両親のように僕を見ていてくれていたのかもしれない。
……きっと、死んでしまったことで彼らの事も悲しませてしまっただろう。
(いや、今は前世の事は置いておこう。もう僕には関われない事柄だ)




