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フェイタル・リンク・ハッピーエンド−異世界転生は咎人を救うのか−  作者: 紗雪あや


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異世界でもクリスマスは存在するらしい



学園に入学してから初めてのクリスマスシーズンが訪れた。街にはクリスマスツリーやリースが飾られ、夜になればイルミネーションが学園都市全体を眩く包む。ここでは電気ではなく色とりどりの魔力灯が街を飾る。夜景の美しさはこの世界でも何ら変わることはなかった。

ノアの依頼を無事に終え、リュステラから帰還した僕達は各々の帰省のための準備などに追われていた。こんな異世界でも年末は忙しくなるらしい。世界が変わっても師走という言葉が脳裏にちらつく。

昼日中にホットワインを片手に歩く大人達も、ほろ酔いながらもどこか忙しそうにしていた。


「こっちの世界にもクリスマスがあるの、ちょっと不思議だよねー」


露店のスパイスチャイで両手を温めながらマリアが通りを見回す。飾りつけは間違いなくクリスマスなのに、そこにはキリストやマリア、そしてサンタクロースの意匠は使われていない。地球のものと同じようで、全く違うクリスマスだ。


「ゲームとは言えリリス前日譚の世界なのにどうしてクリスマスなのかな?」

「それは多分、スマホゲーム『籠の中のリリス』に実装されてる季節イベントが反映されてるんだろうね。由来とか本当に謎だけど……」


興味本位で一度だけ図書館で諸々の季節イベントの由来を調べてみたが、諸説あります、みたいな話がわんさか出てきて結局ハッキリとはわからなかった。

しかし本来の聖誕とは無関係なのだけは確実だ。この世界はそもそも宗教の力が異様に弱い。神という概念がぼんやりとしかなく、むしろ豊穣や安寧を願ってか自然や天候を祀る事が多い。そしてそれらは信仰として存在していても宗教にまで昇華されていない印象だ。

クリスマスがあるのにキリストの存在しない世界。

そう思うと異様に感じるが、同時にここがゲームをベースとした世界である事を強く実感する。ここがひとつの世界として確立しているにもかかわらず、確実にリリスシリーズの影響下にあるのだと。


「キウミィ草にも詳しかったくらいだから、マリアはその辺りも詳しいんだよね?」

「うん『籠リリ』は私もいっぱい遊んでたよ。固定の季節イベントはクリスマスとバレンタインと海イベントだっけ、確かハロウィンは無かったんだよね」

「代わりに秋は収穫祭があった年もあるね。あのゲーム、季節イベントは色々とネタに振り切ってたよなぁ」

「そうそう、クリスマスのプレゼント交換でプレゼントの名称を変えられるから色々ネタに走って遊ぶ人とかいたよね! ユーザー同士で指定したプレゼントがランダムに贈られてきたやつ!」

「あったあった」


スマホのアプリである『籠の中のリリス』はいわゆるソシャゲに分類されるものだった。配信開始当時はハイファンタジーかつ退廃的なエンディングだったリリスシリーズらしくないと古参ユーザーからは結構な批判があったけど、世界観とシナリオ自体は時任タイキ本人がしっかり執筆していたし、結局季節イベントだってなんだかんだ盛り上がり、商売的には成功していた。そして文句は言いつつも結局みんな楽しんでたイベントが多かった印象だ。

確かに全体の雰囲気にリリスらしさはなかったが、それでも盛り上がったあたり、スマホゲームらしい現象だなと当時仲間内ではよく話題になっていた。そもそもあのゲームは本編で絶望したユーザーに、一時でも優しい夢を見せたいと制作スタッフが言い出したのが始まりの企画だ。そのコンセプトだけ見れば十分過ぎるほどにリリスシリーズの系譜だろう。

夏のイベントでは、あくまでも夢の中という前置きこそあったけど夏の砂浜で微笑むリリス神のスチルに拝む人が続出したとか。

……かくいう僕もその一人だったわけだが。


「夏のリリスは尊すぎて拝んだなぁ」

「君もか」


やっぱりみんな拝むんだな。わかるけど。


「だってあんなに世界の安寧を願い続けてたのに本編ではラスボスとして破滅しちゃったリリスが、平和な海でこっち向いて笑ってるんだよ、拝むに決まってるじゃない」

「わかる。よくわかるよ。目覚めたら終わる泡沫の夢とわかっていても、少しでも長いリリスの幸せを祈ってしまうんだよね」

「うんうん、だよねー。というかカインも結構な創世神リリスのガチ勢だったんだね」

「まぁ、僕にとってもリリスシリーズのきっかけになった子だからね」


まず見た目が可愛い。

マリアもリリスも設定上は同一人物だけどそれぞれ別種の可愛さがある。そしてラスボスでありながら世界を愛していて、健気。もうかわいい。

もちろん『リリスの匣庭』本編の管理された匣庭から自立して生きようとする主人公達だって、何も間違っていないし人気はかなりあった。でも、序盤で世界の歪みの原因とされてきたリリスが実は誰よりも世界を想っていたと判明する展開は、多くのプレイヤーの心を掴みリリス信者を増やしていた。

そして、リリスに救いは訪れず倒される。主人公は何も悪くない。リリスにだって何も落ち度がないわけじゃない。それでもラスボス撃破後の匣庭崩壊シーンはプレイヤーに爽快感よりも喪失感と絶望を与えた。

リリスに救いを。時任タイキには人の心がない。シナリオは面白かったが酷すぎる。

そんなお便りが制作会社に殺到したとかしないとか。

僕も、リリスが好きだからその気持ちはよくわかる。


「なにはともあれ、リリスがプレイヤーのみんなから愛されて『籠リリ』が作られたおかげで、僕達はこうしてこの世界でも前世と同じようにクリスマスムードを楽しめるというわけだね」


チュロスによく似た揚げ菓子を片手に昼の明るい街並みを歩いていく。

今日は帰省前の息抜きにと、マリアと二人でのんびりと街歩きをしていた。

以前の放課後ショッピングとは違い眼鏡をしたマリアは、遠くまで見渡せるのが嬉しいのか満面の笑顔でキョロキョロと通りを見ている。僕としてはそれだけでもマリアに眼鏡を贈った甲斐があったと言うものだ。推しの顔が笑顔であればそれは嬉しいに決まっている。


「これが時任タイキの考えた世界のクリスマスなんだね……」


……前言撤回。

マリアらしいと言えばらしいのだが、ちょっと複雑な気持ちになる。どうやら彼女は『目が見える』事より『時任タイキの世界をしっかりと五感で感じられる』事に喜びを感じているらしかった。


「厳密には『時任タイキが考えて、制作スタッフと共同で作り上げた世界観』かな。時任タイキ一人じゃここまでの完成度の世界は作れないと思うよ」


実際『籠リリ』は時任タイキがシナリオ担当こそしていたものの、シナリオと監修以外は制作会社に丸投げしていたし、季節イベントもスタッフが立案したものだ。それが適用されているのだから、ここは時任タイキだけの想像から生まれた世界ではないのだろう……多分。


「……前から思ってたんだけど、もしかしてカインって時任タイキの事ちょっと嫌ってたりする? 時々言葉からトゲを感じるんだけど」

「そう? 仮に僕が時任タイキのシナリオを嫌いだったら、リリスシリーズにこんなに詳しくはならないと思うよ……」

「ファンからの反転アンチとか」

「ないない」


不安そうなマリアに笑いながら首を横に振る。アンチは夏のリリスを拝んだりしないよ、と言えば確かにと彼女も納得したように頷いていた。

もし僕がアンチだったら、マリアはこの時任タイキ語りを遠慮してしまうのだろうか。彼女にそんな気持ちは抱かせたくはないし、事実として僕は時任タイキの反転アンチなどではない。

それでもマリアがトゲを感じてしまっていたのなら、今後は少し言葉に気を付けようとは思う。僕は決してマリアの趣味を否定するつもりはないのだから。

反省しつつ手の中に残っていた揚げ菓子を平らげると、改めて街を見回した。赤と緑に飾られた街並み、華やかなオーナメントに彩られたモミノキ。日本らしさの欠片もないこの学園都市がクリスマスに染まると、まるでホリデーシーズンのイギリスかドイツにでも来たような錯覚に陥る。


「せっかく街も賑やかなんだし、今日はもう少し散策しようか」

「そうだね。ところでカインは冬休みに実家には帰らないの?」

「ああ、マリアには話してなかったっけ。もう馬車も呼んであるしクリスマス前には領に戻って両親にも顔は出すつもりだよ。前々からあまり家に帰らない親不孝な養子だったから、冬休みくらいはね」


両親との距離感はまだはかりきれてない自覚があったけれど、優しくしてくれる彼等に寂しい思いはして欲しくないし、できる限りの恩返しもしたかった。せっかくの帰省なのでお土産もたくさん買って行きたい。今日はその下見も兼ねての街歩きだった。


「そう言うマリアはどうするの?」

「うちもこの後すぐジュードと二人で帰省するよ。お父さんがね、私達が心配なのか早く帰省しなさいって毎日のように手紙を出してくるんだ」


お父さん、というと以前にノアが話していたレイライト伯か。

設定では名前も出てこないし、マリアにとっては優しい父親としかわからない。ただ、親戚のジュードを養子にとって家に迎えたり、そのジュードにマリアの護衛としてひと通りの戦闘技術を仕込むあたり、一筋縄で行く人物とは思えない。ノアもレイライト伯はヨシュア様と並んで武闘派だと言っていた。そう考えるとちょっと怖いな。


「今度カインも遊びに来てね」

「えっ、う、うん……」

「どうしてちょっと躊躇してる感じなの?」

「……もしマリアのお父様が『娘が男を連れてくるなんて! 悪い虫は排除してやる』みたいなキャラだったらどうしようかなって」

「大丈夫だよ、お父さんそういう感じじゃないから」

「ならいいけど」


いや、それがなくても同年代の男を家に招く時点であまりよろしくないのではないか、とも思うのだが。その辺りの倫理観はこの世界でどうなっているのだろうか。

これはある程度情報収集してからでないと決められないな。ジュードあたりに聞いてみればレイライト家の印象くらいは掴めるだろうか……

そう考えながら歩いていると、不意にマリアが目の前に来て何かを差し出してきた。


「じゃあ帰省前にこれ、ちょっと早めのクリスマスプレゼント!」

「え、いいの?」

「いいのいいの、クリスマスと言ったらプレゼントだもん!」


そういうものなのか。僕の中でクリスマスというと街並みとケーキのイメージだった。でも確かにサンタクロースとトナカイ、そして大きな袋に詰まったプレゼントはクリスマスならではのものと言える。

ありがとう、と言って受け取った包みは手のひらサイズで可愛らしい。


「この前のキュミの花を乾燥させてポプリにしてもらったの。キュミの香りにはリラックス効果があるんだって。枕元に置いたらよく眠れるみたいだよ」

「へぇ、可愛いね」


ポプリってそんなに短期間で作れるものなのか、と思って聞いてみたところ、工程のいくつかは魔法薬の専門店に材料を持ち込んで頼めば簡略化して作ってもらえるらしい。

一瞬、薬の店でポプリ? とも思ったが、よくよく考えてみれば地球でもポプリや香水は薬局で作られていた。イタリアにある世界最古の薬局などはそれこそ香水で有名な店だ。


「最初はアロマキャンドルみたいにするのも考えたんだけど、カインの趣味じゃなさそうだったしポプリなら小さいから邪魔にならないでしょ?」

「うん、ありがとう。早速使わせてもらうね」


思い返せばクリスマスプレゼントなんて無縁な前世だった。親戚は経済的に中々僕の娯楽にまでは手が回らなかっただろうし、恋人はクリスマスシ―ズンの頃にはほとんどいなかったように思う。友達とクリスマスパーティーと称して部屋で闇鍋会をしたことはあったが……まぁ、これは何かクリスマスとは違う気がする。会社は、繁忙期と忘年会でそれどころじゃなかった。


「じゃあ、プレゼントをくれるような優しいマリアには僕からこれを」


僕の場合は帰省する前にマリアに冬の贈り物をと思って用意したものだけど、結果的にはクリスマスプレゼントになっていた。考えてみれば、自分から誰かにクリスマスプレゼントをあげるのは初めてだな、と思いながらマリアにカバンに入れていた箱を渡すと、マリアはその可愛らしい瞳を丸くさせる。


「いいの? 私もう眼鏡まで貰っちゃってるのに」

「眼鏡は前々から渡そうと思ってた物だからノーカンかな」


あれは僕の趣味みたいなものだ。マリアが喜んでくれたのならそれでいい。


「開けてもいい?」

「もちろん」

「ありがとう! えーと……焼き菓子セットと、お茶?」

「僕もキュミを分けてもらってたからね。乾燥させたキュミを紅茶にブレンドしてみたんだ。ハーブティーほど量を使わないし香りを主張しすぎない配合にしてみたから飲みやすいと思うよ。良かったらどうぞ」

「な、なんだろう。私より女子力高いなぁ」

「紅茶よりはポプリの方が女子力は上じゃないかな」

「私のはほとんど作ってもらったようなものだから。カインのはそれ手作りでしょ」

「紅茶のブレンド技術は女子力じゃないと思うなあ」


そんな女子そうそういないだろう。それに紅茶と焼き菓子の詰め合わせセットなんてクリスマスプレゼントというよりはお歳暮だ。むしろこれは冬ギフト、お歳暮そのものの気分で用意したものだった。ポプリの方がどう考えても女子力は高い。

甘味が好きなジュードの分も焼き菓子は用意しておいたので預けると、マリアはマメだねと言って笑った。

それからフラフラと街並みを見て回り、クリスマス気分を満喫してから僕達は解散することになった。家の近くまで送っていくと、以前に出かけた時と同じ場所でジュードが待機していた。


「じゃあ、また来年。良いお年を」

「うん、良いお年を……ってこれ凄く日本人っぽいね、私達もうエターナ国の人なのに」

「そうだね」


言って笑い合うと、並ぶ二人に手を振ってから踵を返した。

それから両親へのお土産や諸々の買い出しをしているうちに、随分と外が暗くなっていることに気が付いた。冬の日没は本当に早い。

点灯し始めるイルミネーションを流しながら家路へ急ぐ僕の頬に、不意に冷たいものが触れた。


「……雪か」


エターナは北部以外にはあまり雪が降ることはない。特に学園都市や王都のある中央は気候が安定していて滅多に雪は降らない、らしい。もっとも『エディン・プリクエル』では毎年雪が降っていたはずだが。まあこの世界の全部が全部設定と同一とは僕も思っていないので、そこは些細な違いだろう。


「ちょっと早いけど、ホワイトクリスマスだな」


イルミネーションも相俟って風情がある。今頃眼鏡をかけたマリアも家の窓からこの景色を眺めているだろうか。

冬らしい光景に目を輝かせる彼女を想像してふふ、と小さく笑みをこぼすと、僕も家路へと急いだ。

今夜の食事はあったかいシチューかポトフにしよう。

そんなことを思いながら機嫌良くジングルベルを口ずさむ僕の気持ちに寄り添うように、白い雪は周囲をふわふわと舞い続けていた。




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