[番外編]若きノアとの出会い(2/2)
二度目の邂逅を果たしたノアは、交渉中だったらしい果物屋の店主とのやり取りを済ませると、隣で買い物をしていた僕の方へ向き直った。
「普通に歩いてるみたいだけど、もう足は大丈夫なのか?」
「おかげさまで。処置が早かったからか変に痛める事も無かったし、薬もちゃんと効いてるよ」
動揺はなかった。ノアが近いうちにもう一度接触してくる事は、ある程度予測できていた。もっとも、想定していたのはこんなに直近ではなく一週間ほど後だったのだが。
「お兄さんには、ちゃんとお礼を言わなきゃいけないよね」
ノアに向かって頭を下げる。
「先日はわざわざ薬を宿に届けてくれて、ありがとうございました」
そう。ノアと出会ってから宿へ戻った日の夜、宿へ鎮痛薬と塗り薬の入った袋が届けられていたのだ。宿の主人は知らない若者に手渡されたと言っていたが、タイミングからしてノア以外にはあり得ない。
(つまり、結局あの時は宿まで尾行されてたんだ)
最初は不審物として警戒していたが、いくらノアが諜報部隊所属だからといって、会ってすぐの人間を暗殺する理由にはならない。ノアが毒殺を好まない事も設定から知っていたし、取得したばかりのアナライズの魔法で危険がない事も確認した上で、僕は最終的に薬を使う事を決めた。
「あの日は痛みで眠れなかったから、特に鎮痛薬は助かりました」
「いいってそんなにかしこまるなよ。同郷のよしみってやつだよ、カイン=アンダーソンくん?」
「……。道でぶつかっただけの子供の素性を探るなんて、お兄さんも暇なんだね」
「一応そこは怪我させた責任も感じてたんだよ、素直に受け取れって。まぁ、面白そうな奴だったから興味本位でもあったけどな。身なりがいいとは思ってたけど子爵家のお坊ちゃんとは思わなかったぞ、貴族っぽくないのは……まぁ養子だからか」
「……へぇ」
たった数日でそこまで調べられるものなのか、と素直に驚かされた。服の質感と王国訛りの言葉から、出身国や身分くらいはバレるとは思っていた。だがいくらノアが有能設定を持っているとはいえ、インターネットも無いこの世界で国外からそこまで調べられてしまうのは想定外だ。
「すごいね、そんな事もわかっちゃうんだ。でも興味本位でストーキングされる身にもなってほしいな。まあ今回のは金銭や人身売買のための誘拐が目的じゃないみたいだから、別にいいけどさ」
実際は全然良くないのだが、今更調べられたところで王宮で生まれた赤子と僕を結ぶ物的証拠は存在しない。全て、別の痕跡を捏造してまで消したのだから。それでノアの目を欺けるかはさておき、仮に僕に対する疑念が生まれたとしても、貴族の子息相手に何の証拠も出ないのでは手は出せないだろう。
それに、身辺調査するのなら、いっそ短期間でノアの気が済むまでやってくれた方が僕にとっても気が楽だ。
「う、ん、んん? いや調べた俺が言うのも変だけど、お前のその倫理観おかしくないか? 普通に考えたら子供に対する興味本位って結構ヤバいだろう、それでなくてもお前さんは子爵家のお坊ちゃんだぞ。もっと警戒しろ?」
「警戒したところで大人が本気を出したら僕には何もできないからね。で、調べて面白かったの?」
「それなりに?」
「そう。それで満足したなら今後は控えてね」
「いやいやもっと怖がれよマジで危機管理能力足りてないぞー」
「それ、やった側が言うことじゃないだろ。会った時から思ってたけど、ノアって割とノリで生きてない?」
案外本当にただの興味本位なんじゃないか。調べておいて警戒を促す意味が分からない。僕にどうして欲しいんだ。
「ん。俺、お前に名乗ったっけ?」
「……さっき果物屋のおじさんと話してたの、普通に聞こえてたよ。自己紹介はされてないかな」
という認識であっている、はず。実際、名前を出しての会話は聞こえていた。まさか最初から知っていたなんて言えるわけがない。僕の言葉にノアはそう言えばそうか、と一人で納得したように頷いている。
危なかった。こういう時はメタ知識がかえって邪魔にもなるんだな……
「あー。やっぱり名乗ってなかったよな」
「うん、正直一方的に名前を知られてるのもいい気はしないけどね」
盛大なブーメランを投げたことに内心苦笑しつつそう返す。僕の方は名前どころかノアの来歴や性格までほとんど知っている。
「それじゃ改めて。俺はノア、エターナ北部の商家で気楽に手伝いをしてる跡取り息子だよ」
「跡取り息子が気楽なのはどうなの……」
「大丈夫、ヤバそうなら優秀な弟もいるしな!」
「それ全然大丈夫じゃないよね」
本気にせよ本業を隠すカモフラージュにせよ、その自己紹介はいかがなものか。
「僕は……もう知ってると思うけどカイン=アンダーソンだよ。今は見識を広げたり社交を学ぶ目的でハーヴェに暮らしてるんだ。今はノアイユ家にお世話になってて、最近はヨシュア様……ブランシャール伯爵によく可愛がってもらってる」
「ゲッ……マジで?」
「うん。マジ」
ヨシュア様はこの国の貴族で、その伯爵という地位に見合わないほどの強大な権力と武力を持ち合わせたやり手の当主様だ。元は軍部のお偉いさんだったらしいけど、怪我で引退してからは政治的にも力をつけて王家にも口を出せるほどまでになったと聞いていた。その気性の荒さから『狂犬』の異名を持つらしいけれど、僕はまだ温厚な伯爵の顔しか知らない。
何故か僕は彼から妙に気に入られていて、会うたびに孫に飴玉をあげるおじいちゃんみたいなテンションでお小遣いをポケットにねじ込まれている。前世の僕より年齢は下のはずなのに。
優秀な子が好きだ、努力を怠らない姿が好ましい。そんな事を毎回満面の笑顔で言われる。その笑顔の裏には『ここで手懐けて、いずれ部下として囲い込みたい』なんて青田買いじみた思惑が見え隠れしているけれど、そんな下心抜きでもヨシュア様は優しくしてくれていた。
「お前あの『ハーヴェの狂犬』のお気に入りかよ」
「お気に入り……とまで思われてるのかはわからないけど、狂犬なんて二つ名が信じられないくらい優しくしてもらってるよ」
「そりゃ凄いな……」
ノアが絶妙に緊張した様子で僕を眺める。
まぁ、ヨシュア様の名前を出した以上、ノアも僕に軽率なことはできなくなるだろう。実際そういったけん制の意味も込めて話したのだから。
「あ、そうだ」
ふと、思い立ってノアに手を差し出す。
きょとんと首を傾げるノアは、まだその顔に子供らしさを残している。そんな、こちらの意図を理解していないノアにニッと笑いかけた。
「もし時間があるならうちにおいでよ。薬のお礼にお茶くらいは出すからさ」
危険さえなければという前置きはつくが、僕は彼と親交を深めたかった。それはノアと敵対する未来の回避だとか、そういった目的ではなく、単純に僕としての願望。
僕は『エディン・プリクエル』でのノアだけを知っていた頃から、彼と友達になってみたかった。初対面で警戒していた時には考える余裕もなかった願望、これくらいのささやかな希望なら叶えてみてもいいのではないか。
そう、思ったんだ。
どうかな、と重ねて問いかけると、ノアは愉快そうに笑ってから僕の手を握り返した。
それから先の僕達は長い、本当に長い付き合いになっていくのだが、それはまた別の話。というやつだ。




