ノアの依頼(4/4)
「なんとかなった、かな」
痛みで意識が朦朧とするのを堪えつつ、駆け寄ってくるマリアとノアをぼんやりと見上げた。
「大丈夫カイン!? ごめんね尻尾が分離するって言い忘れてた」
「いや、ヒュドラ系の尻尾が自律するのは僕も知ってたはずなのに忘れてたし、マリアの助言は頼りになったよ」
「お前、魔法使えるなら最初からそう言えよ!」
「使えるって知ってたらノアはまた僕を変に勘繰るだろ……そういうの面倒だから隠してた」
今回は命の危険があるから出し惜しみはしなかったけれど、本来なら見せるつもりなんてない切り札のひとつだ。
というかこの年齢で教育も受けずに魔法を使いこなすのは異常だから、知られたくなかった。というのが正しいだろう。魔眼を使いこなせるとバレてる時点で今更な気もするけど。
「そりゃ……そうだけどさ」
「とは言っても初級の魔法しか使えないよ」
今は。という言葉は飲み込んでおく。
「魔法って、斬ったヒュドラの首から水が出たやつだよね、あれって何だったの?」
「マリアちゃん、こいつかなりエグい事をしてたんだよ」
「エグい?」
「こう、首の中に水の塊を作って留まらせてたんだよな」
ノアが自分の喉を押さえるように触って見せた。
それに首肯で返すと、聞いていたマリアはうわぁ、と何とも言えない視線を僕に向けてきた。いやそんな目で見ないでほしいんだけど。
「窒息させたんだ、エグ……」
「それを初級魔法でやってのけるこいつの精度もヤバいからな。普通は詳細な位置指定や形状操作なんて努力したってできねえよ。どうなってるんだお前の魔法は」
いや、だって水の発生座標を決められたり滞空させられると便利じゃないか。リリス関連のメディア派生作品で、水を自在に操る描写があったからできるかもしれないと思って練習したらできてしまった。それだけだ。
この世界で僕が真っ先に覚えて鍛えたのはこの魔法だった。
なんせ僕が拾われた孤児院には風呂がなかった。清潔な水も、森に設置した井戸に頼っていた。
これは、何ができなくても生きるための水だけは確保したいという強い気持ちで取得して鍛えたものなんだ。あまり貶さないでほしい。
もっとも今使ったのは、いつか刺客に狙われた時のために作った音を立てない暗殺……いや自衛目的のものだから、エグいのは否定しようもないのだけれど。
「それよりさ、今のでちょっとあばらが折れてそうなんだけど、この状態で馬にマリアを乗せて屋敷までもつかな……痛み止めがあればどうにかなりそうだけど、ノア持ってる?」
屋敷まで戻れば治癒術師くらいはいるだろう、コードウェルくらい大きな商会の屋敷なら専属で雇っているはずだ。問題はそこまで僕が馬の振動と痛みに耐えられるかという話だ。
ただ痛いだけなら耐えるから平気だけど、それで意識が落ちるのは落馬の危険があるから駄目だ。僕の負傷のせいで同乗するマリアを危険には晒せない。いや、この際マリアはノアに任せればいいのか?
駄目だ、痛みでどうにも思考が鈍る。額に浮いた汗がぽたぽたと白い雪の上に滴り落ちた。
「いやお前馬鹿。本当に馬鹿」
「急に失礼だな」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ。そんな脂汗浮いてるのに動けるわけがないだろ、ちょっとそこで待ってろよ。俺が家に戻って術師連れてくるから。悪いけどマリアちゃん、こいつが無茶しないように見張っててくれ」
「わかりました」
ノアの言葉にマリアが神妙な顔で頷く。何だか二人の間に謎の連帯感がある気がするのは何故だろう。
「ノア」
「ん?」
「ありがと。心配かけてごめんね」
「お前……まぁいいや。本当に安静にしてろよ、痛み感じなくなってきたなぁ、とか言って動き回るなよマジで」
睨むように指さしてから、ノアは馬に乗ってあっという間に見えなくなる。
「心配性だなぁ」
「うーん、今のはカインが悪いと思うよ」
「えぇ……」
マリアまでノアの肩を持つのか。
僕だってさすがに内臓の状態もわからないのに、痛みが麻痺してきただけで動き回ったりはしない。
「だってカインって行動力凄いんだもん。何でも一人でやろうとしてない?」
「そうかな? 僕は基本的に誰かに頼ってばかりだと思うけど……」
自分にできることなんてたかが知れてる。できない事は人に任せて自分はできることをする、というのが僕の基本方針だ。
「でも、怪我しても自分で馬を走らせようとしたし、痛いのも我慢しちゃうよね」
「まぁ、それくらいなら」
借りた馬は優秀だったから、多少僕が朦朧としていても目的地までは運んでくれそうだったし、痛いのは意識さえ保てれば、ただ痛いだけだから問題はない。
今回みたいに治癒術師を連れて来るのは二度手間だし、明るいうちにマリアを屋敷に戻すには自分で馬を駆る方が手っ取り早いと思っただけなのだが。マリアにとってはそうじゃなかったみたいだ。
「むぅ。納得いってない顔してる」
「そう?」
「これくらい平気だから、なんて言って我慢しないでって言ってるの」
マリアが可愛らしく頬を膨らませてむくれる。ずるいなあ。その顔で言われたら反論がしにくい。
言うほど我慢しているつもりはなかったけれど、マリアやノアにはそう見えないらしい。
マリアはおもむろにコートを脱いで雪の上に乗せると、横になってと促してくる。
コートが濡れてしまうし、マリアも冷えるから止めようと口を開きかけるも「いいから。横になって」と一蹴されてしまった。怒ったマリアは可愛いけど少し怖い。あまり逆らわない方がよさそうだった。
「ちょっとそのままでいてね」
そう言ってマリアのコートの上に寝かされた僕は、ぼんやりと体の上に手をかざすマリアを眺める。
「言っておくけど」
軽く睨んでから、マリアは小さく息を吐く。
「治せるわけじゃないから、動けるようになっても動かないでね」
その言葉と共にマリアの手から淡い青色の光が零れ落ちる。何度も見てきたから僕にもわかる、それは回復魔法のエフェクトだった。
マリアは回復系統の魔法を取得しているのか、と少し意外に思った。僕個人の感想としては、彼女に魔法はあまり使わせたくない。
「これで表面上の傷くらいは塞がったと思うけど、上級回復じゃないから無茶はしないでね」
「ありがとうマリア、だいぶ痛みがひいてきたよ。これで……」
「動いちゃ駄目。絶対に駄目だからね」
「……はい」
これは、素直に聞いておいた方がよさそうだった。いざという時、女の子って強いな……
程なくしてノアが治癒術師を連れて戻ってくると、僕の怪我は最初からなかったかのようにあっという間に治ってしまった。術師の人が言うには、内臓に損傷がなかったことが幸いしたらしい。
その後は、行きと同じく僕がマリアと一緒に馬に乗って屋敷まで戻った。
道中、マリアと二人でカースド・スワンプヒュドラを倒した時に入った経験値の話になった。
どうやら戦闘を見守っていただけのマリアにも経験値が入っていたらしい。まあ事実として、マリアの助言は確実に勝利に貢献していた。あれがなければ僕達がどうなっていたか、なんて想像したくもないし、状況としても三人でパーティを組んでいた扱いだったのだろう。
「一気に七レベルも上がったから何事かと思っちゃったよ」
そう言ってマリアは先程の回復魔法はレベルアップボーナスで取得したものだと教えてくれた。
「ごめんねマリア、せっかくのボーナスを僕の事に使わせちゃって」
「元々治癒回復系統は上げていくつもりだったの。ほら、幸運カンストしてて治癒関係が高ければヒーラーとして便利でしょ。今回みたいなことだってまたあるかもしれないし、ね!」
そう、何でもないことのようにマリアは言うけれど。
マリアは通常時でもMPがじわじわと減り続けている状態のはずだ。回復魔法に使う余剰な魔力なんてあるわけがない。
今回だってレベルアップでMPが回復された状態だからこそ僕に治癒を使えたのだろうと思うと心苦しいものがあった。
「あ、また責任感じてるでしょ。違うからね。私がヒーラー特化にステ振りするのはジュードとも相談して決めたことなんだから」
「そうなの?」
「そうなの!」
手綱を握る腕の間から顔を上げたマリアがふん、と鼻を鳴らす。可愛い。
屋敷へ戻ると、僕は別室で侍医の診察を受けてから客室に通された。
「せっかくだから何日か泊まっていけよ。部屋も食事も準備してあるからさ」
一方的にそう告げて客室に使用人に荷物を運ばせたノアは、もう少ししたら夕食に呼ぶからと言って部屋から出て行った。いや、泊めてくれる事も連泊の話も事前にしてくれよ。と呆然としながらノアの出て行ったドアを見つめる。
隣国を連れ回された時も思ったけど、ノアは事後報告が多過ぎる。
『エディン・プリクエル』のノアはここまで自由な男ではなかったはずなんだけど……もしかして僕か。僕が彼の行動を窘めたりせずに甘やかしたせいか。
それからしばらく部屋で休憩していると、予告通り夕食の呼び出しがかかった。
部屋に通されると既にノアとマリア、そしてノアの両親らしき人達が来ていた。席につくと、ノアの両親が挨拶を終えてすぐに深々と頭を下げてきた。
「レイライト様、アンダーソン様。この度は当家のノアが大変失礼いたしました」
「聞けばまともに連絡もせずお二方を連れ出した挙げ句、怪我まで負わせてしまったそうで。申し訳ありませんでした」
ノアと違ってご両親はとても丁寧で常識的だった。いや、大商会を取り仕切るような人間がノア並みに自由だったらそれはそれで嫌だけれど。
「いえ、頭を上げてください。怪我も治していただきましたし、こちらとしてはこの件について問題にするつもりもありませんから」
結果的にとは言え、ノアに怪我をさせられたのは今回で三度目だ。そんな事を今更気にしても仕方がないし、それを糾弾してしまえばノアの立場が危うくなる。
まぁ、ノアに関しては見通しの甘さをちゃんと反省しろとは言いたいのだが。
「そうだよ、だから大袈裟だって言っ……痛っ」
「ノア! 貴方がそんな態度だからこちらが頭を下げてると何度言えばわかるのですか!」
「えぇー……」
母親からの叱責にノアが唇を尖らせる。いやノア、ここは母君が全面的に正しいと思うよ……。
と言うか、実家でのノアは普段より随分と精神年齢が幼く見える。
「ノアさん、家族と仲良しなんだね」
隣から小声でそう言って微笑むマリアに、成程そういうものなのかと腑に落ちた。所謂、実家で家族の前だから気が抜けている、というやつか。甘えられる家族がいると、つい外にいる時より甘えたり我儘になってしまうと言うのはよく聞く話だ。
そう思えば、確かにノアとご家族の仲は良好なのだろう。自然、笑みがこぼれる。
そこから僕達は料理に舌鼓を打ちつつ、学校でのノアの仕事ぶりやハーヴェにいた頃の思い出を肴に大いに盛り上がった。
……ノアの家族と僕達総出で彼を弄り倒した、とも言うかもしれない。
マリアも、普段とはまた違うノアの一面に驚いたり笑ったりで、とてもリラックスできているみたいだった。




