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フェイタル・リンク・ハッピーエンド−異世界転生は咎人を救うのか−  作者: 紗雪 あや


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3/27

転生先は人気ゲームの前日譚(3/4)



(ここが『エディン・プリクエル』の世界だとして、これから僕に何ができるのだろう)


『エディン』の設定では、カインは生まれて間もなく刺客から狙われて母親と共に王城から逃げ出している。

カインの出産のほぼ直後に、使用人ではなく正妃の懐妊が報じられるからだ。

正統な後継者が生まれてくる以上、王の血が流れるカインとその母親は邪魔でしかなく、二人は一夜にして王宮から「いなかった」事にされようとしていた。

とは言えゲームの主人公である以上、本編開始前の時間に『カイン』が死ぬ事はないだろう。

彼は孤児院に流れ着いてからも刺客に狙われ続け、それでも生き延びて各地を転々とし、最終的にはレジスタンスに拾われる。

過酷だが命だけは失いはしない。

だが、設定上での母親は最初の逃亡の際に彼を生かすために命を落とす。

おそらく、僕のいるこの世界でも、その逃亡劇まで猶予は何日も無いだろう。


(それなのに、今の僕には何もできない)


立つどころか、まともに寝返りをうつ事すら今の僕にはままならなかった。

いくら成人男性の魂が宿っていようと、ただの赤子に運命は変えられない。

愛情を注いでくれた人が目の前で喪われるのを黙って見ている事しかできない。

耐えがたい苦痛だった。

僕には、誰も救えはしない。謝る事もできない。言葉を交わせもしない。

感謝を伝える事も。

何ひとつ。

報いることができない。


「カイン」


上から降り注ぐ愛の、その儚さに、気付けばみっともなく泣いている自分がいた。

今は赤子だからと自分に言い訳をして、ありったけの謝罪の気持ちを籠めて、泣いた。


(ごめんなさい。母さん……)


たった数日の親子関係。

それでも大事にしてもらった記憶は残る。


(悔しい。せめて、この先はこんな後悔をしない人生を歩みたい)


この先の物語で『カイン』が失い続けるものはあまりにも多く、そのどれもが理不尽なものだと僕は良く知っている。

何より、時任タイキという作家は鬱シナリオに定評のある人物だ。

事実、設定として公開した範囲だけでも『エディン・プリクエル』は極めて救いの少ない物語だった。

今後『カイン』と出会う人物、特に仲間やパートナー達は彼と出会う事で彼同様に過酷な人生を歩む。

それをただ横で見ている事は、僕にはできそうにない。


(それなら僕は、全力で時任タイキのシナリオから降りよう)


僕は、彼等と出会わない選択を取る。

それで他のキャラクターが幸せになる保証はどこにも無いけれど、出会わなければせめて不幸な姿を見ずに済む。

最初に抱いたのは、そんな自己保身と打算を含んだ決意。

僕は『カイン』じゃない。周囲から英雄として扱われるのも、失うばかりの復讐劇も、王位簒奪も、世界を滅ぼすのも、全部願い下げだった。

それらの展開に至るまでの苦痛に耐えられるほど僕の心は頑丈ではないと、誰よりも自分が知っていた。

『カイン』とカイン。

二人分の人生と業を背負うには、既に一度目の人生を終えた心は疲れ切っていた。


(そうだ。誰に転生したとしても、僕はどこまでも僕でしかないのだから)


転生が発覚してすぐの頃、僕はゲームの運命に身を任せて破滅してしまってもいいと思っていた。

どうせ一度は死んでいるのだから、おまけで付いてきたようなこの生などいつでも捨てられると。

だけど。


「カイン」


優しく呼ぶ声があった。

それが本来の僕に与えられる名前や愛ではないと知っていても、母親から向けられた愛は裏切れなかった。

母親が命を懸けて自分を守ろうとしてくれる、その愛に報いたい。報いなければならない。

そのためにはできる範囲で生き延びる必要があるし、きっと僕にはその責任がある。

前世から自分は心の弱い人間だったけど、それでも、せめてそれくらいは努力しなければと思う。


「ぅ、あぅー」


喋れない体をもどかしく思いながら、自分を見下ろす母親へ両手を伸ばす。

生んでくれて感謝していると、こんな自分を少しでも愛してくれてありがとうと、伝えたかった。

ふわり。

伸ばした腕に応えるように母親の腕が体を抱く。

自分と同じ、赤色の髪が頬をくすぐった。


「カイン。可愛いカイン。どうか健やかに、幸せに育って」


柔らかい声。

だけど、そこにこめられた願いは切実で、彼女は既に自分に待ち受ける結末を悟っているかのようだ。

祈るような、慈愛。

初めて受けるその愛情は、その願いは今の僕には優しすぎる。

無条件で愛される、なんて。

僕はそんな愛情を与えられていいような人間ではないというのに。

夕日を浴びながら優しく体を抱くそのぬくもり。

それがもうすぐ失われてしまう悲しみに、覆せない無力感に、今はただただ耐える事しかできなかった。


……そして数日後、僕は最愛の母を喪った。



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