レイライト姉弟と休日のお茶会(2/3)
「二人ともお茶淹れてきたよー……って、え。何この空気」
「ごめんマリア。ちょっと話題のチョイス間違えた」
「えぇー……」
もう、どんな話してたのー。と苦笑しながらマリアはテーブルにティーセットを並べていく。
正直、僕もジュードも彼女の明るさに助けられていた。ちょっとあのままではお互いに耐えられない空気だった。
「せっかくの機会なんだから仲良くしてよー」
「うん。僕としてもジュードが嫌でなければ、今後とも仲良くしてくれると嬉しいな」
「……努力する」
ぽつりとジュードが呟く。ひとまず今ので嫌われてはいないらしい。よかった。
ジュードからすれば僕はどこまでも異物だ。マリアに近付く異物。この世界にとっての異物。そして、自分の罪を見透かす異物。
全身で嫌悪される覚悟もあったから、なんだか拍子抜けしてしまった。
「どこまで話したの?」
「僕がマリアと同じ世界の人間で、君より知識を持ってることくらいかな」
「じゃあすぐにでも本題に入れちゃうね……って何このマドレーヌ、甘いのに爽やかで美味し……!」
「あぁ、これは生地とグレーズに柑橘の皮をすりおろして入れてるんだけど、お気に召したなら良かったよ」
オレンジやレモンを使った焼き菓子は日本では定番だったけど、こちらではあまり見ないからマリアが懐かしんでくれたらいいな、と思いあえて作ったのだ。
そんな僕の言葉にマリアとジュードがすごい勢いでこっちに顔を向けてくる。一緒に暮らしてる姉弟だけあって動作がそっくりだ。
「……手作り?」
「そうだよ?」
普段から料理をしていることは話していたし、ノアからも聞いていたと記憶してたけど。そんなに驚かれることなのか。
「私と結婚しようカイン」
「姉さん!?」
「いやマリア、マドレーヌひとつで求婚するのはどうなの……」
それくらい美味しかった、というのなら素直にそう褒められた方が個人的には嬉しいけどな……
あとショックを受けてるジュードがかわいそうだからやめてあげてほしい。
「焼き菓子くらいならいつでも作ってあげるから、反射運動みたいなプロポーズはやめようね」
「はぁい」
まぁ、そこまで本気ではないのだろう。ぶーぶーと軽いノリでむくれながらもマリアは次の焼き菓子に手を伸ばしていた。
見ればジュードも……いや、彼は既に四つ目の焼き菓子を無言で頬張っていた。さっきまでショックを受けていたはずなのに。いつの間に。
「じゃあ、今日の本題に入るけど、君たちはそのままお茶を楽しみながら聞いてくれればいいよ。質問があったらその都度よろしく」
そう前置きをしてから、僕はこの世界のベース『エディン・プリクエル』の説明を始めた。
まず『リンクチェーン・システム』の詳しい説明。
リンクチェーンは好感度という認識で良いけど、上げすぎると執着されるから気を付けて、と伝えるとマリアはそんな気がしてたと苦笑していた。時任タイキが普通の好感度システムに鎖なんて不穏なワードを入れるはずがない、というのが彼女の主張だった。やっぱりマリアは時任タイキを基準にして考察する子なんだな……
次に僕達、主人公が進みかねないバッドエンドの総数。これは僕も正確な事は記憶してなかったけど、各キャラ最低でも五つはあったはずだと伝えたら、それも彼女には想定内だったようだ。これも時任タイキの書くシナリオだから、が理由なのだろうか。怖いから聞かなかったけれど。
そして次に説明したのはトゥルーエンドの事。これはむしろバッドより悲惨な内容であるということ。
と、そこでそれまで感想や相槌を打っていたマリアが声を上げた。
「はい、カイン先生」
「何かなマリアさん」
「世界が滅んでも嫌だから、トゥルーエンドの分岐条件と内容はちゃんと知っておきたいです!」
絶対に通りたくないから、とマリアは力強く断言する。
そう。マリアの危惧は正しい。
リリスシリーズの辿るトゥルーエンドは、デビュー作の『リリスの匣庭』の頃から一貫して世界単位で救いがないものだった。ほとんどの場合世界が滅びるし、それはここも例外じゃない。
「この世界のトゥルーはふたつ。僕が辿るトゥルーと、君が辿るトゥルーだ。僕は前提条件から潰してあるから割愛するけど、君の条件は難易度が高いけどシンプルなものだ」
ちなみに『カイン』のトゥルーは、この世界の人間すべてをカインが完全覚醒した『隷属の魔眼』で操り、恒久的な世界平和を実現するというものだ。繰り返される復讐と憎悪に疲れ果てた『カイン』が、自我の崩壊を起こしてまで選んだ、虚しい人形遊びのエンディング。
これは、もう魔眼の完全覚醒が叶わない僕では到達し得ない結末だったし、マリアに知ってほしいものでもなかった。
それよりも、今大事なのはマリアの今後だ。
「マリアのトゥルーは、乙女ゲームで言うところの『逆ハーレム』を達成すると到達するんだよ」
「逆ハー。」
「そう。内容としては……」
トゥルーエンドだけあって、このルートはネタバレが多い。ネタバレを極力避けたいと言っていたマリアにどこまで聞かせるべきか。
「まず、とある事故でマリアの魔眼が暴走してしまう。際限なく彼女の体内で魔力が荒れ狂い、命まで危うい状況になるんだ。それを食い止めようとした仲間……マリアと健全にリンクチェーンのレベルを上げてきた人達は、その全員の命を代償に魔眼の暴走を止める。でもそれは逆に、マリアの魔眼を完全な形で覚醒させてしまう引き金にもなるんだ」
そもそも目の前のマリアは自分の両目が魔眼だと、今の今まで気が付いてなかったのだろう。視線の先の彼女は、驚いたように目元に手をかざしていた。
そして、あれ? と何かに気付いた様子で手を上げた。
「あー……もしかしてだけど、カイン」
「うん」
「私……というかマリアって、もしかして『リリスの匣庭』のラスボスのリリス本人だったりするの?」
えー。
えー……と。
「待って。待って。そうなんだけどちょっと待って。それ僕があえて伏せてたネタバレだし、今どこにそれを推理する要素があったの?」
「え、まず『リリスの匣庭』の前日譚なのにリリスの影も形もないところから怪しかったよ。で、私の目が魔眼って事は、色味からして『リリスの匣庭』でのラスボス戦のスキル『魔眼・エメラルドの涙』に関連してるんでしょ。それに『リリスの匣庭』でリリスの眷属だった中ボスは七体、どれも聖書由来の二つ名を持ってた。それってこの世界の主要キャラクターが私に命を捧げて死んだ後で眷属化したって事かなって。それならトゥルーエンドは「マリアの魔力が暴走して世界は半壊状態になるも、みんなの犠牲で覚醒したマリア……リリスの『創世の魔眼』の力で作られた夢の匣庭に、残された人類は隔離され保護される。そして孤独なリリスは眠りにつき、彼女の夢の中で世界は一時の安寧を得る。そこから続編……というか本編の『リリスの匣庭』に繋がっていく」って感じじゃないの? それなら前日譚としても綺麗におさまるし」
「うーん。正解」
いや。正解だけど、いったいどういう推理だ。無理がありすぎる。この子が時任タイキのゴーストライターとしてシナリオ書いても通じそう。
大体『リリスの匣庭』に出てくるリリスの眷属は具体的な名称なんて無くて、人型ですらないものもいた。例えばカインと弟のアベルなら『烙印の兄弟獣』なんて名前をした、真っ黒な双頭の大犬だ。
ラスボス戦のリリスのスキルだって戦闘中に一度しか発動しない、普通なら名前も忘れられてるようなスキルだ。
何をどうしたらそれと僕たちが繋がるんだ……
「姉さん、カインさん頭抱えてるよ」
「え、あ、ごめん何か悪いこと言った!?」
「言ってない、言ってないけど……こうもサクッと展開を読まれちゃうなら、僕の解説なんて不要じゃないかな……?」
この子なら一人でこの世界をメタ読みしていけそうな気がしてきた。
気持ちを切り替えるために目の前の紅茶に手を伸ばす。
この後マリア相手に僕は何を説明すればいいんだろう……
「でも今のヒントがなかったらさすがに何もわからなかったよ!」
「まず今のでわかるのが怖い」
「それはまぁ……常日頃の考察とか、時任タイキのヘキとか筆のノリ方の癖とか? 考えたらしっくりくると思って」
時任タイキのオタク。こわい。
前世の彼女はもしかして時任タイキのストーカーでもしていたのか。
半ば本気で怯えている僕を見てジュードが苦笑していた。
「姉さんは俺に転生とかの事情を打ち明けた時も、だいたいこんな感じだったよ。九割くらい時任タイキって人の考察でものを考えてた」
それは、聞かされてる幼少期の男児にとっては結構な恐怖だったのではないだろうか。見知らぬ男の思考を基準にものを考えて、世界について熱く語る姉。うん、とても怖い。
最初にあった時は警戒一色だったはずのジュードの僕へ向ける視線が、今では生ぬるいものに変わっていた。
敵意がないのはありがたいけど、その同士を見るような視線はやめてほしい。
「あ、もしかして私のMPが回復しないのも魔眼のせい? どんなに回復してもじわじわ減ってゼロになっちゃうんだよね」
「そう。魔眼が維持に必要としてる魔力を勝手に吸い上げてる状態だよ。それでも足りないから視力にまで影響してるんだ」
魔力の底上げをして、追加で出現する魔眼のレベルも上げられればマリアの視力も戻るはずだけど、マリアの魔眼が必要とする魔力は膨大で、ほぼカンストまでもっていかないと視力回復ルートには乗らない。
「すごい魔眼なんだね。色合いから『創造の魔眼』の系統だと思うけど、リリスの特性と時任タイキのセンスからすると覚醒後は『創世の魔眼』ってところかなぁ」
その通りだし、ネーミングセンスまでメタで当てられるのは、ここまで来たら才能だと思う。シナリオライター・時任タイキを知り尽くすために生まれてきたみたいな子だな。
「ま、まぁ、なんにせよ。魔眼覚醒のトゥルーは、全員のリンクチェーンを一定値以上に上げつつバッドエンドフラグを全部回避して初めて到達するエンディングだから、これに関してはあえて狙ったりしなければ大丈夫なんじゃないかな」
むしろ気を付けるべきは個別のバッドエンドだ。
こればかりはゲーム知識を頼りすぎるのは良くないだろう。
この世界の人間は生きている。選択肢と結果だけのわかりやすいゲームと違って会話にも行間があり、相手には心がある。




