レイライト姉弟と休日のお茶会(1/3)
それから数日後。
僕は事前に伝えていた情報共有のためにマリアの家を訪れていた。
マリアの家は居住区の中でも、特に治安の良い地域にひっそりと建っていた。
貴族の住まいとは言え、そう豪奢なものでもなく弟のジュードと二人で暮らしても少し余裕のあるちょうど良い広さの一戸建て。管理も数日に一度、使用人がやって来て整える程度らしい。
伯爵家の所有物としてはやや質素に見えるのは、日本人としてのマリアの感覚に合わせたのか、それともこれがレイライト家の教育方針か。どちらにせよ僕からすれば羨ましい限りだ。
しかし。
「なんで僕は伯爵家の姉弟より豪華な家に一人で住んでるんだ……?」
ポロリと本音が零れ落ちる。
それが両親からの純度高めな好意からくる溺愛と、僕のために用意された防犯の結果だとは理解してる、してるけれども……!
身の丈に合わない、未だ慣れない自宅の広さを思い出して軽く頭を押さえた。やっぱり僕は子爵家の子供としては破格の待遇を受けていたのだと再確認させられる。
国外で暮らしたり、学園都市で暮らしたりと全然家に帰らない不良息子なのに。血の繋がっていない、養子なのに。
そんなに良くしてもらえるようなものを、僕は何も返せていない。
「僕だって、何なら六畳一間のアパートでもいいくらいなのにな……」
「あはは、カインの家ってすごく大きいもんね」
いつの間にか門の近くまで来ていたマリアがいらっしゃい、と声をかけてきた。
いつもの制服とは違う上品な色合いのワンピースに身を包んだマリアは、その容姿も相まって深窓の令嬢と言った雰囲気を醸し出している。
もっとも、中身はとても活発で可愛らしい時任タイキオタクのお嬢さんなのだが。
「こんにちはマリア。今日はよろしく」
「こっちこそよろしくね。カインはあの大きな家に一人暮らしなの?」
門番の人が立ってる家だよね、とマリアに聞かれて苦笑する。
その『門番がいる』というだけで僕の家が特定できてしまう事実に、何度頭を抱えそうになったことか。
「そうだよ。気楽なのが良いからって使用人を誰も連れてこなかったのは僕の落ち度だけど、正直言って大き過ぎるし僕の手には余るよ」
「気持ちは庶民だもんね、私も実家にいる時は同じ気持ちだったよ」
実家で迷子になったの、初めてだったもん。とマリアが照れ笑いする。
ここは落ち着く広さだから安心してね、と誘われるままに家の中へと入る。日本の一軒家に近いサイズ感に、これは確かに落ち着くなと納得してしまう。貴族の家はどこも広すぎる。
案内された客間では先客、マリアの弟のジュードがソファに座って待っていた。
彼は僕の姿を確認するとソファから立ち上がって軽くお辞儀をする。
「マリアの弟のジュード=レイライトです」
「ご丁寧にどうも。カイン=アンダーソンだ、よろしくジュード」
挨拶を終えるとジュードは再びソファに座って、僕から視線を外した。背後からマリアが失礼でしょ、と窘めるも、ツンとした表情のままだ。
うん。素っ気ない。
『エディン・プリクエル』でのジュード=レイライトは、とある事故からマリアに強く依存している。そしてマリアに近付く男に対して基本的には警戒心を抱いていた。だからこの対応は想定の範囲内だ。
それにジュードはかなりマリアの事が大好きな子だから、マリアが異性を家に呼んだらこうなるよな……という納得感もあった。
悪い子ではない。それを知っているから特に僕も気分を害したりはしない。
「あ、そうだマリア。手土産にお茶菓子を持ってきてるんだけど受け取ってくれるかな」
「ありがとう! じゃあお茶を淹れてくるからみんなで食べようね」
言ってマリアは手土産を受け取るとルンルンとした様子で部屋から走り去っていった。
さて。
「まず聞いておくけど、ジュードは僕達や君達の事をどこまで理解しているの?」
あえて曖昧な質問をしてみた。彼がどの程度知識を持っているのか、これからする話にそれは必要な情報だ。
ジュードは少し考えるそぶりを見せてから、思ったよりも素直にこちらに向き直った。
「姉さんやアンタが本来別の世界で生きていた人間で、その世界で創作された物語の登場人物が俺達。そして姉さん達は何らかの方法でこの物語世界の登場人物に生まれ変わった……って話くらいなら」
うん。
それは全部知ってると言うのでは。
「なんというか、マリアは結構しっかり全部話してるんだね……目の前の相手が物語のキャラクターだとか、普通本人には言わないと思うけど。君もよく信じる気になったね」
「信じたくはないけどさ。でも姉さんが嘘を吐くとかありえないし」
断言するジュードに軽く目を見開く。これはまた見事な妄信ぶりだ。
自分が誰かの意思で動かされて生きてきた、文字で綴られたキャラクターだ、なんてアイデンティティの崩壊を起こしかねない事実、普通は信じられないだろう。
……ああ。でもジュードなら。
過去に『マリアを殺していたかもしれない』というトラウマを持つ彼ならば、それが『時任タイキの創作』であって自分の意思ではない事に、どこかで救いを見出しているのかもしれない。
「それに、アンタたちの世界でも世に出てない作品なんだろ。それなら世界観くらいしか知識だって……」
「あー。それなんだけど」
と、そこで一回言葉を切る。
これは、言ってしまっても良いものなのか。少し悩んだけれど、僕は包み隠さず話すことにした。
「僕はマリアと違ってとある事情から物語の全容を知ってるんだ。たとえば君の過去も、後悔も、そこに至る心情の変化も。全部」
「……っ」
ごめんね。と謝ってはみたけれど、みるみる青褪めていくジュードの顔色に、やっぱり言わない方がよかったかなと軽く後悔する。
そりゃあ、今日会ったばかりの得体のしれない相手が、自分の過去や感情を見透かしている……なんてショックだし気持ち悪いに決まってる。
言ってしまってからそれに思い至るあたり、僕はどうにもそういった心情を慮ることが、あまり得意ではないらしい。
「ね、姉さんも知ってるの……?」
「ん?」
「その……俺が、姉さんを殺しかけたって」
ジュードは震える声で、縋るように、言葉を絞り出している。
「言ってない。今後も言うつもりはないよ。それが殺意の伴わない事故なのはわかりきってるし、マリアが知ったところで特になることなんてひとつもないからね」
マリアはジュードを弟として慕っている。ジュードもマリアを慕っている。
今の関係でバランスが取れているのなら、それを崩す気はない。
マリアにも元からそれに関しての情報は伝えるつもりもなかった。言ったところで拗れるだけだから。
僕の言葉にジュードは顔を歪めてそっと胸を押さえる。
……絶対に初対面の一発目でする会話じゃないよな。これ。
短い、でも果てしなく気まずい沈黙が部屋に降りた。
次回の投稿からしばらく週1回の更新になります。




