異世界転生は意外と身近に?(4/4)
マリアと詳しい話をするのは次の休み、マリアの家でという事でひとまず落ち着くことになった。
会話を終え、談話室から出るとあからさまに突き刺さるノアの視線。
当たり前だ。秘匿されているはずの談話室の存在を知り、尚且つそこの機能まで理解しているような発言を僕はした。
ノアから見れば今回の僕の言動はあまりにも軽率だし不審なものだった。混乱していて仕方なかったとはいえ、知っていてはいけないメタ知識を使いすぎた自覚はある。
「一応、何も聞かないでおいてやるよ」
「うん、ごめんね気を遣わせて」
ノアは本当に僕に甘い。だけどその甘さが今はありがたかった。だけどそれと同時に、こうして言葉で遠回しに忠告してくれる優しさに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「でもさ、俺がこの事を追及するつもりだったらどうする気だったわけ?」
怒るでも呆れるでもなく静かに問いかけられた僕は繰り返し謝るしかできなかった。実際、この部屋を関係者以外に知られるのはノアの立場からしてもあまり良くないのだろう。拘束されて、尋問で情報源を吐かされても文句は言えない。王家の隠し通路がある小部屋を知っていたのだから、当然だ。
今回は目を瞑ってくれたけど、こんなことを繰り返していたら、いつか本当にノアの立場が悪くなってしまう。それは本意ではないのだ、気を付けないと。
「ごめん。でも貸してくれてありがとう」
「お前なあ……」
「本当にまずくなったら、僕の事情は考慮しないでくれていいよ。君は君の仕事をしてくれ。でもマリアは本当に何も知らないから、その時は見逃してあげてね」
極端な話、僕はマリアのバッドエンドさえ回避できるなら自分のことは後回しでもいい。尋問でも拷問でも甘んじて受けるつもりだ。
「えっ、ちょっと待ってカイン何の話?」
「あぁ、マリアは気にしないで。こっちの話だから」
「いや、なんかすっごく不穏な空気だったよね?」
「あー。えーとね。マリアちゃん、これ本当に気にしなくていいよ。単にこいつがすげー馬鹿な事言ってるだけだから」
馬鹿な事とは失礼な。かなり真面目な話のつもりなんだけど。
むっとしてノアを睨むと、それ以上の気迫で睨み返された。
「俺がお前に対して平然とそういう事ができると本気で思ってるなら、馬鹿以外の何物でもないだろ。お前との付き合い方も考えなきゃならなくなるし、その時は色んな意味でわからせてやるからな」
「う……」
色んな意味って、なに。いや具体的に知りたくはないけど。
「というかマリアちゃんの前でするような話じゃないだろこれ」
「それは……その通りだね。本当にごめん」
彼は諜報員のノアではなく、友人のノアとして怒っている。そして怒っている以上に心配してくれている。それは痛いほどに感じた。
信頼してないわけじゃない。情報ひとつでノアが僕を軽率に害するとも思ってはいない。でも、自身よりも僕を優先されるのだけは嫌だ。どうしたって他のものよりも自分の命は軽いから。
マリアの今後やノアの立場とを天秤にかけたら、容易く傾いてしまうくらいには。軽い。
「マリアもごめんね? 君が気にするような事じゃないから。心配しなくても大丈夫だよ」
いざとなったら、大事な情報だけ手紙にでも書いてマリアに残しておけばいい。僕がいてもいなくても、マリアにはシナリオを安全に生き抜く権利がある。
「カイン……?」
「あぁもう、お前マリアちゃんにもそういう態度なのかよ。まあそうだよな、お前ってそういう奴だよな、知ってたよ。じゃあ健気にも心配してるマリアちゃんに免じて今回のことは貸しひとつで手打ち。今回のことはこれ以降にも何も聞かない。ハイ終わり」
パンパンと手を叩くとノアは早く帰れと僕達を追い立てた。
半ば強引に購買のスペースから押し出されると、これ以上話すことはないとばかりに背を向けられてしまう。
あれは「ありがとう」も「ごめんなさい」も僕から受け取るつもりはないという事なのだろう。
「カイン、荷物があるからとりあえず教室に戻ろう?」
「あ、うん……」
いつもとは逆にマリアに手を引かれて教室へ向かう廊下を歩く。
本当なら情報過多なマリアを僕が導いてあげなきゃいけないところなのだろうけど、不思議と手を引く彼女に迷いはないみたいだった。
毎日のように歩いていて慣れたのか、段差に躓く事もなくしっかりとした足取りだ。
「ノアさんがシナリオでどんな立ち位置かは知らないけど」
前を歩くマリアがポツリと呟く。こちらを向いていないので表情は見えなかったけど、少しだけ不安そうな声色だ。
「今のってカインの身が危ない話、だったんだよね」
「まぁ、ちょっとはね」
「変に庇おうとしてたでしょ。そういうの、私は嫌だよ」
「……ごめんね。いつもならもう少し上手くやるんだけど」
素直に申し訳ない気持ちになる。気が動転して正常な判断ができていなかった事は否定しようがない。
今日は動揺して、焦って、身勝手な罪悪感にかられて普段しないような言動ばかりしているように思う。あまりにも、無責任だ。
「カインが私より大人の人っていうのはわかったけど、今のカインは同級生なんだよ。もっと頼ってもいいんだよ」
押し殺すような声。今回のことでマリアには、僕が思っている以上に心配をかけてしまったらしい。
これは僕が勝手に突っ走って、勝手に軽率な行動をとったというだけなのに。マリアが気に病む要素なんて一つもないのに。
「この先、情報交換ができたら少しはカインの負担も軽くなるよね。そうしたら私も庇われるだけの『マリア』じゃなくなる?」
「……っ」
「私、そんな弱くないよ?」
ああ、やっぱりこの子はとても強いのだろう。不安な境遇に置かれても、視力の大半を奪われていても、僕なんかよりもずっと逞しくて生きる力に満ちている。
「そうだね、気遣ってくれてありがとう」
年上なのに情けない。
そう思いながらも、ぎゅっと力強く握られた手が、今の僕にはとても心地よかった。




