放課後デートは青春の味(3/4)
マリアも幸せそうだし、僕も昔を懐かしむことができたし、今日は何だか良い日だな。そう、思っていると。
「おや、珍しい組み合わせですね」
不意に聞き覚えのない声が背後から聞こえてきた。
驚いて振り返ると、そこには白銀の鎧に身を包んだ金髪碧眼の美丈夫の姿。
初対面だったが、僕は彼をよく知っている。
騎士ヨハン。
彼もまた『エディン・プリクエル』の主要キャラクターだった。
彼は声に驚いている僕ではなく、マリアに視線を向けると、にこりと柔和な笑顔を浮かべた。
「こんにちはレイライトさん。今日は弟さんとは一緒じゃないんですね」
「こんにちはヨハンさん。今日はお友達と買い物なんですよ!」
「そうなんですね。ええと、君は……」
「初めまして。カイン=アンダーソンです、学園に通うために最近引っ越してきたばかりの……」
「あぁ、少し前から門番付きの家に住んでる子ですね。何度か通りで見かけた事がありますよ。はじめまして、騎士のヨハンです」
キラキラとしたオーラをまとってヨハンが微笑む。
ちょっと珍しい環境の学生というだけで、そこまで僕の事を認識しているのか。
彼は学園都市の守護を任されている騎士だ。
職務上巡回の頻度も高く街の治安維持が役割とはいえ、住民の事を良く見ている。
普通はそこまでしないだろうという情報まで記憶しているのも、彼の勤勉さをよく表していた。
顔も良くて生真面目。しかも本人は騎士爵という地位を与えられていながら、それを振りかざさない気さくさと優しさを持っている。
一見すると完璧なイケメン騎士だ。
だが。
「なるほど。レイライトさんが出歩いているのは珍しいと思いましたが、君が彼女に悪い遊びを教えているわけですね」
「えっ」
スゥ、と一瞬ヨハンの視線が冷たくなる。
顔の整った人間が表情を消すとめちゃくちゃ怖い、というのを体現したような顔を向けられ、急な威圧に思わず怯んでしまう。
これはまさか、僕がマリアに妙な事を教えたり吹き込むような悪い友達だと疑われている?
だとしたら非常にまずい。
「ま、待ってください、それは誤解です。彼女とは授業で必要な物の買い出しに来ていたんです。今はその用事が終わったのでひと息ついていただけですよ」
この人を敵に回してはいけない。絶対に。いやできれば味方にもしたくないけど、今はそれどころじゃない。
ヨハンは品行方正だけどその分、自分が敵だと認識した相手には容赦がないキャラクターだ。
特に婦女子に対して横暴な人間を嫌っていて、街の騎士団を統括する彼に嫌われるのはつまり、学園都市での生活においてあらゆる方向で不利になるという事でもある。
お願いだから嫌わないで欲しい。できれば目もつけないで欲しい。
焦りからなおも言い訳を考える僕の様子を見て、ヨハンは突然クスクスと笑い出す。
「失礼、冗談ですよ」
「え……?」
「カイン=アンダーソン。君の話は学園の守衛からも話を聞いていたので、人となりについてはそれなりに把握していたんですよ。争いを好まず機微にも聡く真面目、というのは本当だったみたいですね」
「え、えぇ……」
なにそれ。
誤解されていないのは良いけど、今が初対面なのにこの人はどれだけ僕の事を知っているのか。別の意味で怖くなる。
いたずらに成功した子供のような笑顔を向けられ、ようやく完全にからかわれていたのだと実感した。
本当に勘弁してほしい。
「それに騎士団の中でも君はよく噂になってますよ。勤勉で成績も良いのに、課外授業で全勝の記録まで打ち立てた異色の新入生がいる、とね」
「個人情報筒抜けじゃないですかそれ……あと、そういう心臓に悪い冗談はやめてください」
「はは、怖がらせてしまったなら申し訳ありません。でも、君達の交際が健全で色気より食い気を優先しているのは、話を聞かなくても見ればわかりますね」
二人共ここ、ついてます。と口元を指して言われ、慌ててソースの付いた口元を拭う。
見ればマリアも真っ赤な顔でクリームを拭っていた。
「それくらい健全な方が好ましいですよ。それと剣技については、いつか君と手合わせしてみたいものです」
「僕としては現役の騎士団長様との手合わせなんて、手加減していただけるとわかっていても怖いのが正直なところですよ。あくまで同年代ではできる方というだけなので……」
「謙虚ですね」
「事実ですよ。僕の剣技は護身のためで、相手を打ち負かしたりこれ以上強くなる事を目指していませんから。きっと真面目に鍛錬をしている生徒にはすぐ追い抜かれてしまうと思います」
「そうですか。まあ何にせよ、レイライトさんのお友達が善良そうな少年で安心しました。彼女はその、色々と不自由ですからね」
言ってヨハンは僕達のやり取りをハラハラしながら見守っていたマリアに視線を向ける。
なるほど。ヨハンはマリアの視力について既に知っているのか。
ということは、マリアとヨハンのリンクチェーンは既に発生していると見て良いだろう。
それなら僕への過剰な警戒も理解できた。
つまりどんな形であれ、マリアを困らせたり傷つける言動はヨハンにとっての地雷になる。ということだ。
これは本当に言葉に気をつける必要がありそうだ。
「マリアの事は一応わかっているつもりです。今日も暗くなる前にはちゃんと彼女を送り届けますよ」
「わかりました、君の事を信用しましょう。では私はここで失礼します。レイライトさん、ここから五軒先にある店の焼き菓子が絶品なので、弟さんにお土産を買うならそこがおすすめですよ」
「はい、ありがとうございます!」
にこやかに手を振ってヨハンは街の巡回に戻っていく。
まさか彼に自分の存在を認識されているとは思わなかった。
この学園都市は名前の通り学園を中心に成り立っているとは言え、課外授業ひとつで有名人になるのは予想外だ。
今更だが、今の僕は立場の危うさに比べてちょっと目立ちすぎている気がする。
出自を悟られないためには目立たないことが一番効果的だと言うのに……




