放課後デートは青春の味(2/4)
まだ少し照れが抜けきらないマリアを連れて校舎を抜けると、正門の前ではジュードが壁にもたれて待っていた。
彼はマリアの存在に気付くとこちらに向き直ったが、僕の姿を視認して怪訝そうな表情になる。
警戒、されてるんだろうな。これは。
「マリア、弟くんに事情を話した方がいいんじゃない?」
「あ、そうだよね。先に帰っててもらわなきゃ!」
言ってジュードの方へ駆けていくマリアに、ジュードにも付いてきてもらえば良いのにとも思ったけど、こういう放課後の時間は友達同士の方が楽しいのも確かだろう。
しばらくしてマリアは話し終わったよ、と戻ってきたが、その後ろからこちらを睨んでいるジュードが見えるあたり、彼は納得いってない様子だ。
「僕からも少し話した方がいい?」
「え? 大丈夫だよ、ちゃんと説明はしたから」
いや、あの反応は大丈夫なものじゃないだろう。
だけど実際のところ、僕が出て行ったらそれはそれで拗れそうな予感もする。
ゲーム設定のジュードはマリアにやや依存しているシスコン気質の少年だった。
そこに僕みたいな、彼にとっての馬の骨がしゃしゃり出たところで火に油を注ぐようなものだ。
ここはマリアの言う事を信じて、そのまま流した方が良いだろう。
チラリとジュードに視線を向けると、彼はあからさまに不機嫌な顔を背けて、そのまま街の方へと歩いて行ってしまった。
綺麗に区画整理された建物、立ち並ぶ屋台、雑踏。
見慣れたいつもの街並みを、今日はマリアを連れて歩く。
先程はデートではないと否定したものの、賑やかな街をマリアの手を引いて歩く姿は、傍から見れば初々しい学生カップルのそれなのだろう。
視界の端で、屋台の大人たちが何やら生暖かい視線を向けてくる。
「商業区って何度見てもすごいなぁ……お店がいっぱい」
「学園都市と呼ばれてるだけあって、若者向けのお店が多くて飽きないよね」
普段は生活必需品の店ばかり見ているけど、たまに華やかな陳列の店を眺めているとまるで心が若返るような気分になる。
いや今は実際に若いんだけど。
「マリアはよく行くお店とかあるの?」
「うーん、ないかな。いつもまっすぐに家に帰っちゃうから」
「そっか」
これまで見てきた所感では、特に明るい日の昼間でないとマリアはちゃんと物の色や模様まで見えないらしかった。
必然、あまり放課後に遊んだりショッピングはしないのだろう。
「じゃあ、今日は楽しもうね」
「うん、ありがとう!」
とは言え、まずは服を調達するという目的を達成しておかないと、それこそジュードにまた睨まれてしまう。
動きやすい服装、と言うならばもちろん行くべきは衣料品店だろう。
この街には様々な階級向けの店が並んでいるが、僕が向かうのはあえて平民向けの店だ。
「ここにしようか」
「うん。あれ、ここって既製品が売ってるんだ?」
「そうだよ、貴族向けの高級店だとどうしてもオーダーメイドになっちゃうからね。動きやすい服、しかも屋外の活動なら平民向けの既製品の方が向いてるだろう?」
もっとも、オーダーメイドでもそういった服は作れるのだが、汚してしまう前提なのと受け取りの手間を思えば今回は既製品の方が良いだろう。
「あ、でも家の方針で服のランクを下げたくないならちゃんと言ってね。君の家は上流貴族にあたるから、体裁を気にするかもしれないし」
「大丈夫だよ、学園での事は基本的に口を出さないって言われてるから、服装で怒られたりはしないと思う」
「そうか、でも一応プレタの中からあまり貧相でないものを選ぼうか」
平民にも色々ある。
この世界ではノアのような比較的裕福な平民なら新品の既製品……つまりプレタポルテ、そして日々に余裕の少ない平民は主に古着を多用する。
いくら運動着代わりとは言え、さすがに伯爵家の令嬢であるマリアに古着は失礼だろう。
「学園内で身分差を強調したり笠に着るのはご法度とは言え、貴族としての最低限のラインは引いておこう……そう思うと、妥当なのはこの辺りの売り場かな」
「う、私には見ても違いがよくわからないよ。カインって博識だよね」
「んー。まぁ、平均的な同年代の子よりはね」
「成績も良いし、やっぱり勉強家なんだ?」
「そうでもないと思うよ。でもさっきも言ったけど必要に迫られてはいたかな。今は子爵家の人間とは言え、元は孤児院の出だからね。些細な事で侮られて両親に迷惑をかけたくないし、教育の遅れを取り戻すためにはそれなりに詰め込んだよ」
それは半分本当で、半分嘘だ。
それなりに詰め込んだのは本当でも、知識に関しても礼儀作法に関してもそこらの子供よりは元から完成されている。
その点は転生したが故の強くてニューゲーム的なチートとも言えるだろう。
「……そう、なんだ」
「マリア?」
「ごめん。私、カインの事情も知らないで軽々しく勉強できてずるいとか言っちゃってた」
「あえて聞かせるほどの事じゃなかっただけだよ。気にしなくてもいいし、謝ることもない」
「あまり話題にしたくなかった?」
「うん? いや、孤児だったのは僕から出した話題だし、それこそ気にしないでよ。それに言葉のイメージほど苦労してきたわけじゃないからさ」
元から大人の精神を持ち、魔法や魔眼も扱える僕は、他の子供よりもずっと楽に生きてきた方だろう。
「僕は恵まれていた、運が良かったんだよ」
それは紛うことなき本心だった。
もし僕が『エディン・プリクエル』を知らなかったら。
カインという主人公じゃなかったら。
転生していたとしても今よりずっと辛い思いをしていただろう。
僕は恵まれていた。
恵まれすぎていた。
分不相応に。
「さて、服選びに戻ろうか。サイズは僕が見るわけにもいかないし、店員の人と探してくれるかな」
言って呼び出した店員にマリアを預けると、少し離れた所へ移動した。
年頃の女の子が選ぶ服を間近でガン見するほど僕も不躾ではない。
しばらくするとマリアは購入した服を抱えて、嬉しそうに小走りで戻って来た。
「良いものは買えた?」
「うん、ばっちりだよ。ありがとう!」
「どういたしまして」
さて、思ったより早く買い物が終わってしまった。
二人で店を出ると、少し余裕のある時間をどうしようかと考える。
と、考えている横でマリアがぼんやりと通りの向こうを眺めている事に気付いた。
ちゃんと見えているわけではないのだろう。
でも彼女の視線の先にあるのは食べ歩きの料理を扱う屋台が並ぶエリアだ。そういえば微かに美味しそうな香りが漂っている。
「家に送る前に、少し買い食いでもしていこうか?」
「えっ、いいの?」
「いいよ。ついでに弟君にお土産でも買って行ってあげなよ」
もちろんこれは純粋な気遣いであって、賄賂とか好感度を稼ぐとかそんな意図はない。決して。
マリアの手を引いて屋台の前まで来ると、食べ歩きに適した食事やスイーツの店がひしめき合っていた。
定番の肉串に、りんご飴のように蜜でコーティングされた果物、ナンのような生地で総菜や甘味を巻いた厚手のクレープのような料理、スパイスのソースがたっぷりかかったケバブサンドもどきや、クリームに埋もれたフルーツ盛りまで様々だ。
目を輝かせるマリアの隣で、僕まで目移りしてしまう。
「わぁ、どれもおいしそう……」
「見てるだけでお腹がすいてくるね」
これは、近付いた者の食欲を鮮やかな見た目や香りで刺激する、放課後の学生を誘う危険な魔物だ。
おそらく森に出没するどの魔獣よりも手ごわいだろう。
「僕はこのケバブサンドみたいなやつにしようかな……」
「じゃあ私はクリームたっぷりのカットフルーツ盛りにしようっと」
各々で選んだ屋台料理を手に、通りの端に設置されたベンチに座る。
幸せそうにフルーツの甘みを噛み締めるマリアを横目に、自分もケバブもどきを頬張る。
数種類のスパイスと塩、そしてほのかに果汁の甘みを感じるスパイシーなソースがたっぷりかかったほぐし肉は炙られていて香ばしい。
ソースには僅かに優しいまろやかさもあることから、ナッツや乳製品も使われているようだ。
そして肉の旨味はもちろん、このソースと肉汁を吸ったパン状の生地もまた良い味わいを出している。
味こそ違うが、やはりたとえるならケバブサンドに近い料理だ。
屋台料理だし味もそれなりだろうとはじめは思っていたが、これは中々に侮れない。
特にこの世界は料理レベルが日本よりも低いので、こうした美味しい料理を出す店はちゃんと覚えておきたい。
しかしこれ、なんとか家でも再現できないかな……スパイスがわかればいけるかな。
「外で何かを食べるのって美味しいね」
「そうだね。家やカフェで上品に食事するのもいいけど、たまにはこうやって友達と買い食いするのも楽しいだろ?」
「うん。こういうの、実はちょっと憧れてたんだ」
マリアは本当に嬉しそうに、今にも鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌な笑顔を作る。
僕も、この感じは何だか前世の高校時代を思い出す。
あの頃はよくバイト前に、友人と一緒にテイクアウトした激安ハンバーガーに齧り付いたりしたっけ……




