入学式と女主人公マリア(1/3)
あっという間にその日はやってきた。
青く晴れた空、舞い散る桜吹雪。
春爛漫と言った様相の風景の中心に佇む建築物。学園。
敷地内には複数の建物が立ち並び、この都市の中心と呼ぶに相応しい威厳を醸し出していた。
「この世界でも学校と言えば桜、なんだなぁ」
桜色に染まる世界を見上げて、ぽつりと漏らす。
街や邸宅、他の貴族領と比べてもこの学園はどことなく現代日本の趣きがある。
学園の中心の建物も外観は英国式の古城風だが、誰もがイメージするようなファンタジーな城ではなく飾り気も華やかさもない。
直線的な形状とそのシンプルな雰囲気はどこか日本の学校を思わせる。敷地内の桜もよく映えていた。
メタ的に考えると、プレイヤーのほとんどが日本人だから学校の雰囲気も見慣れたものに寄せた。のだろうか。
設定資料集に載っていた学園も外観こそ洋風だったが、確か教室の設定画はやけに日本的だったような気もする。
僕の記憶では、イメージボードを担当したスタッフは実際に東北にある英国風の施設を外観の参考に中央棟をデザインしたんだとか。
「まぁ。確かに映画化した某有名小説の魔法学校風よりは、こっちの方が親しみは感じる、かな」
ファンタジー世界への没入感か、プレイヤーが感情移入できる親近感か。
この『エディン・プリクエル』の想定されていたプレイヤー層……多感な時期の少年少女を思えば後者を重視した方が受けるだろう。
……と。
今の僕にはもう関係のない思考を一端打ち切ると、改めて現実としての学園に向き直る。
今日から、ここが生活の中心となる。
ゲームでは学生設定のなかったカインが入学する事で、シナリオがどう変化するのかは未知数だ。
素知らぬ顔でゲームの進行を続けるのか、時任タイキの手を離れた全く別の物語になっていくのか。
期待もあり、不安もある。
ある意味ではここに集まった他の新入生と同じ心持ちなのだろう。
懐かしい。でも新鮮な感情が胸を満たす。
「まさかもう一度学生をやるなんてね」
遠い昔の学生生活を思い返せば、学業にバイトに友達付き合いにゲームに創作活動に恋人との交際と、結構な詰め込み具合だったように思う。
どうやって時間を捻出していたのか今となっては謎だ。
今回は、どうだろうか。
少なくともあの頃みたいに、目の前に広がる可能性に目を輝かせるような純粋さは、もう持ち合わせては居ないけれど。
「えーと、講堂で入学式に出てから教員に誘導されて教室へ……か。こういうところも日本的だな」
ゲームに存在しない細かい設定はこの世界独自のものだろうが、それにしても日本に寄りすぎている気がする。
僕が知らないだけでどこかにそんな設定があったのか、それとも時任タイキの頭の中でぼんやりと浮かんでいる構想がこの世界に反映されているのか。
どちらにせよ転生してしまった自分には確認しようがないし、慣れ親しんだ文化がベースになっていた方が馴染みやすいのは確かだ。
そんな、突き詰めれば毒にも薬にもならないような考察は、入学式を済ませて教室に到着する頃にはすっかり頭から抜けきって、僕は周囲の新入生達の空気を穏やかな気持ちで眺めていた。
(さて、そろそろ教室に全員揃う頃だけど……)
指定されていた自分の席から教室をざっと見渡す。
新しい環境に浮足立つ子供たちは、まだお互いに掴めない距離感ながら賑やかに会話を弾ませている。
それを眺める気持ちは、どちらかと言うと教師側に近いものなのだろう。
希望を胸を躍らせる様は微笑ましいし、自分の高校時代を思い出して懐かしい気分になる。
教室の内装はやはり日本のものと似ていて、各教室に生徒が分散している。そこでガヤガヤと子供が騒ぐこの感じは、本当に懐かしい。
高校生活は大変な事も多かったけど、友人や先輩にも恵まれてそれなりに楽しくやっていたと思う。
「こういうの、なんかいいな……」
思わず口に出して呟く。
もう戻れない日々に思いを馳せるなんて、それこそ年寄りじみているけれど。
誰にも聞こえないくらい小さく笑ってから、改めて教室内を見回した。
それよりも今は気になっている事がある。
偶然か必然か。
学園に来た目的であるマリアは同じクラスの、しかも隣の席に配置されていた。
先程黒板を確認した時は流石に驚いた。これにはどこか運命のようなものを感じる。
チラリと視線を隣に向けたが、まだ彼女はそこにはいない。つまり。
もう一度辺りを見回してみる。
この初々しい教室内の雰囲気のどこかにマリアが……
「!」
いた。
教室の前方で、背伸びして黒板を見上げながら自分の席を探している少女。
街で一度見かけはしたが、その時はすれ違っただけでちゃんと確認もできなかった。
そんな、一度会ってみたかった少女がそこにいた。
「うわ、可愛……」
席の場所を確認しようとしたのか、振り返った彼女を一目見て息を呑んだ。
想像していた、いや想像以上の美少女が視界に入った。
さらりとした触り心地の良さそうな髪、くりっとした大きな瞳、愛らしい顔立ち、二次元のキャラクターらしく年相応とは思えないバランスのプロポーション。
二次元の美少女が三次元に出てくるとこんなにも愛らしいのかと、年甲斐もなくドキドキしてしまった。いや、一応今の僕は彼女と同い年ではあるけども。
交際や結婚を思えば僕の女性の好みはもっと大人だが、それとこれとは別。マリアは無条件で可愛かった。
まずキャラデザから好みだ。眺めているだけでも可愛さで心が満たされる。
これはもしかしてアイドルのライブを生で見たファンの心情に近いのだろうか。
「こっちだよ。君、僕の隣の席だよね」
「えっ、あ!」
なかなか席を見つけられず、いつまでもキョロキョロしているマリアに少し離れた場所から声を掛けると、彼女はパッと表情を明るくして小走りで隣までやってきた。
その姿はちょこちょことしていて、小動物みたいで可愛らしい。
「はいっ、ありがとうございます。お隣さんですね!」
「隣の席はどんな子かな、って見てたら凄く可愛い子でびっくりしたよ。名前を聞いてもいいかな?」
椅子を引いてあげると彼女は緊張か驚きか、あわあわと顔を赤面させる。
その様子はどこか小動物めいていて愛らしい。
可愛い。
仮に僕が入学式の空気にあてられて浮足立ってるにしても、可愛いという感想しか出てこないのは彼女の可愛さ故だろう。
「か、かわ……!?」
「うん、可愛いよ?」
この子が可愛くなかったら誰が可愛いのかな? と思うくらいに彼女は僕好みの見た目をしている。
これくらいの言葉で顔を真っ赤にする姿も可愛い。
照れて目を逸らす姿も可愛い。
声も可愛い。
もう全部可愛い。
つまりは語彙力が低下するくらいマリアという少女は可愛かった。
自分でも普段絶対にしないテンションで舞い上がっている自覚はあったが、この日まで過酷な展開への分岐を回避してきたご褒美だと思って開き直ることにした。
僕だってひとつくらいリリスワールドならではの恩恵を受けたい。
「え、えーと。私はマ、マリア=レイライトです、よろしくお願いします!」
「うん、よろしく。僕はカイン=アンダーソン。敬語とかいらないから仲良くしようね?」
「はい! あっ……うん、よろしくね!」
全開の笑顔だ、元気が良くて大変によろしい。
でも異性に対する免疫もガードも弱そうでそこは少し心配になる。
マリアは、僕が知っている立ち絵から想像していたよりも、少しだけ明るく元気な女の子だった。
立ち絵では幸薄そうな印象が強かったけど、表情が豊かなだけで雰囲気がかなり変わってくる。
意外だったけれど、こちらの方が絵よりも数倍可愛らしく思える。
それだけに、この子が今後の行動次第で悲惨な結末を迎えてしまうかもしれない事実には心が痛んだ。
この笑顔が失われるような展開を、今の僕は望まない。
少なくとも、自分の欲より彼女の平穏を優先したいと思う程度には、僕にも良心は存在している。
「この後は地図を見ながらの校内散策だよね。あの、えーと……良かったらカインと一緒に回ってもいいかな?」
「もちろん、不自由のないようにできる限りエスコートさせてもらうよ。君みたいな子に誘ってもらえるなんて光栄だ」
それにマリアひとりで校内を歩かせるのは、さすがに酷だろう。
僕としても彼女の事は少し心配だったから、誘いを断る理由はどこにもなかった。
「……あの、もしかしてカインって結構女の子の扱いに慣れてる?」
「えっ、なんで?」
「なんでって……」
何故かマリアが口籠った。
首を傾げる。
このやり取りでどうしてそう思われたのか。
可愛いと連呼した以外は特にいつも通りだし、今のはいたって普通の返答だったと思うけれど。
「地元にいた頃は女の子とは無縁な生活だったよ。でも遊んでるように見えていたならごめん。君が可愛くてちょっと浮かれてるみたいだ」
実際、自分が女慣れしてるとは思えない。
強いて言うなら、前世で恋人がいない時期の方が少なかったくらいか。
それだって相手とは誠実なお付き合いをしていただけで、慣れてるとか女遊びをしていたわけではない。
つまり、初対面の子に言動を指摘されてしまうくらい、今の僕はやっぱり浮かれているのだろう。
「ん、んー……カインはそんな感じの人なんだね、ちょっとイメージと違ったかも」
「?」
首を傾げると、慌てた様子のマリアから何でもないのと返された。
「校内散策、楽しみだね!」
何となく話題を逸らされたような気もするが、別段気にする事ではなさそうなのでそうだね、と笑顔で返した。
マリアと行動を共にできるのが役得なのは勿論だが、彼女と親交を深める上でもこの校内散策は良い展開だ。
近くにいれば彼女のシナリオ展開に介入できるという点でもかなり有利に働くだろう。




