カインとノア 後編(4/4)
大きくため息を吐くと、ソファの背にもたれる。
ノアと話すのは嫌いじゃないが妙に疲れるのが難点だ。
そんな僕をにやにやと眺めてからノアは身を乗り出してくる。
「で、結局卒業したらどうするわけ?」
「なんでそんなに僕の将来が気になるんだよ。あまり入学前から卒業後の話はしたくないかな……」
「いいじゃん別に、お前だって何か人生の目標とか夢くらいあるんだろ? 聞かせろよ」
人生の目標。
それは正直、僕としてはかなり困る話題のひとつなのだが。
「そうだな。強いて言うなら」
言いたくはないが、隠す程の事でもない。ノアになら、別に言ってしまってもいいだろうか。
きっと、理解はされないだろうけど。
「このまま自然死ができるまで生きるのが目標、かな」
「……え?」
まぁ、そういう反応になるよな。
「飢えず、病まず、殺されず。そうして天寿を全うできれば、こんな僕でもきっと産んでくれた母さんに報いることくらいはできる。少なくとも僕はそう信じてるんだよ」
それだけ。
それだけなんだ。
どんなに死にたくなる瞬間があっても、それだけは絶対に選ばず最後まで生きる。
生きてほしいと願われたから。
僕は、あの愛に応えたい一心でここまで来た。
他には何も望んでいない。
望みたくない。
「……じゃあ、お前が小さい頃から毎日『殺されない程度』の強さを目指して訓練してたのって」
「まぁ、そういう事になるかな」
その時が来るまで生き延びられる、身を守れる最低限。それだけのための訓練だ。
そんな理由で訓練していたと知ったら、きっと稽古をつけてくれた騎士の人達には軽蔑されるだろうけど。
「俺相手に生き残れれば良いっていうのもそういう意味かよ」
「そうだよ。こんな僕でもあの愛に応えられるなら、全力で応えたいんだ。名前以外の全てを捨てても、命を懸けてでも」
「……いや。それは、なんか違うだろ。生きるのなんてそもそも大前提だ、お前の夢じゃない。そんなの夢なんて呼ぶなよ」
「そうじゃないよノア。これはちゃんと僕の夢、僕のエゴなんだ。それが唯一と言っていい、今もまだ生きている理由なんだから」
母さんの愛がなければ僕は今頃生きてはいない。
生きて欲しいと願われたから、生きていられた。理由が無ければ、僕は生きられないから。
転生してからここまで、僕は死に物狂いで生き延びる方法を探した。
前世の知識を総動員して、魔眼も駆使して。
生存本能に依らない動機から来るそれは、もう夢や目標と呼んでも差し支えないと僕は思う。
「……」
押し黙ってしまったノアが言いたいことも理解はしている。
彼から見れば、一応は僕も何の罪もない未来ある子供だ。
もっと希望を持って生きて欲しいと思うのも当然だろう。
でもそれは、僕にはあまりにも分不相応な生き方だ。
できない。
無理だ。
絶対に。
「お前がそう言うなら何も言わないけどさ……それならせめて生きる理由のひとつに大事な友人の存在も入れろって」
「友達甲斐がなくてごめんね」
「本当だよ、自覚あるのがマジでたち悪いわ。まあ、でもお前会った頃からそういう奴だったな。せめて友人として心配くらいはさせろよ」
わざと乱暴にわしわしと頭を撫でられる。
心配される事にはどうにも慣れない。
前世でも友人や恋人に今と似た心配はされてきたけど、彼等には最期まで心配をかけ通しだった。
二度目の人生なのだから、今度は同じ轍を踏まないようにとは思うけれど。
「ま、何にせよ学園に行くのは確定なんだな」
「うん。その先はその時になったら考えるよ」
家を継ぐにしろ、他の道を行くにしろ、今はあまり遠い先を見たい気分ではない。
少なくとも時任タイキのシナリオを脱する時期までは、僕はバッドエンドの回避だけに集中していたかった。
『エディン・プリクエル』でメインの舞台となる巨大な学園都市、エディン。
もうすぐだ。
もうすぐ僕の知る、絆と呪いの物語が始まろうとしていた。




