表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/39

8:辺境の日々2

「レオ、家族から手紙と荷物が届いているよ 」


辺境領に秋の風が吹き始めた。領主館の侍従から手紙と荷物を受け取る。先月送ったガイアスへの手紙の返事だろう。


荷物.......学院にいる時ですら、ガイアスから何か物が送られてきたことはなかった。手紙の送り主は予想通りガイアスだったが、荷物の方は、発送元が帝都の郵便局預かりで、見慣れた字で送り主として「アドルフ=ヘバンテス」と書かれていた。「誰?」と一瞬思ったが、その見慣れた字に笑いがこみ上げた。


 アビエルだ。


中には、狐の皮をなめした手袋と、羊毛を編み込んだ肩から鼻まで覆うことのできる防寒具が入っていた。荷物の隙間に手紙が添えられていた。


『そちらの冬はとても厳しいそうだから気をつけて過ごして欲しい。こちらは特に変わりない。星の降る夜にこれを最愛の人へ向けて。A.』


上等な薄い便箋で、市販のものではあるがとても高価な品だ。鼻をくっつけて匂ってみると、ほのかに良い香りがする。手袋も防寒具もサイズはぴったりで、とても上質なものだとわかる。


兜といい、ドレスといい、アビエルはレオノーラに時々とんでもなくすごい贈り物をしてくれる。ありがたいけれど、何も返せなくて申し訳ない。『大事に使わせてもらおう』心が温かくなった。


近くにいる時は、こんな風に手紙をもらうことはなかった。これはこれでいいものだ。


ガイアスからは、次の春になったら、今住んでいる城郭の中の家を出て、帝都から少し離れたセイモアの町へ引っ越すことにした、という知らせだった。


こちらへ来る前に、自分の失態で祖父に肩身の狭い思いをさせたことを詫びた。すると祖父からは、「この一件がなくても、今年いっぱいでここの仕事を辞するつもりだった」と告げられた。


今も実質、訓練は若手の部下がやってくれているし、最近は腰も膝も寒い季節にはとても辛い。そろそろ引き際だと。レオノーラが自分の食い扶持を稼げるようになれば、仕事を辞めて少し暖かいところへ引っ越そうと考えていたらしい。


「お前に譲るつもりだったこの家を取り上げられるとは思わなかったが、まぁ、それはお前の自業自得なので仕方ない」


最後にちくりと嫌味は言われたが。


手紙には、先日、訓練場を見学に来た子爵が、セイモアに持っている別荘を持て余していると言い、良ければもらってくれないか、とトントン拍子に話が進んだとあった。セイモアは帝都より南にあり、湖に面したおだやかな気候の土地だ。帝都から馬で半日もあれば着く。あまりにうまい話すぎて、読んでいるうちに策士アビエルの顔が浮かんで仕方なかったが、祖父が助かるのであれば、まぁ、いいか、と思うことにした。


アビエルにどう返事しようか考えていて、ふと思い立った。


次の日、ルグレンに、このあたりで絹糸を手に入れるにはどうしたら良いかを尋ねると、「ルーテシアとの国境付近の市で色々なものが手に入る。次の休みに一緒に行ってみようか」と誘われた。


にぎやかなその市ではルーテシアの特産品が並び、レオノーラが今まで食べたことのない農産物もあり、とても面白かった。もちろん、目的の絹糸も上質な物がたくさん手に入ったので、久しぶりの物作りに気合が入ったのだった。


◇◇◇


トルネア辺境伯領で迎える初めての冬。レオノーラはその寒さに驚愕した。


一晩で腰の高さまで雪が積もったのにも驚いたが、外に出て一瞬でまつ毛に霜がつき、唇がパリパリになったことは脅威だった。アビエルの送ってくれた防寒具が無ければ、人と話すたびに唇が割れてひどい目にあっていただろう。


アビエルからはひと月ごとに、クマの毛皮でできたブーツカバーや北方オオカミの毛皮でできた腰巻などが送られてきて、領主よりも上質な防寒具をまとった警備兵とはいかがなものかと、思わされた。


あまりに上等なので身に着けるのをためらっていたが、辺境の寒さは想像以上に厳しく、身に着けた防寒具はその機能をいかんなく発揮してくれた。


特に夜間の城壁塔での警備は、一晩のうちに足の指が何本か無くなりそうな辛さで、雪が降りしきる夜明けには雪だるまとなり、晴れた夜にはそのさえた空気で身体中の血液が凍り氷像になりそうだった。


塔での警備は基本的に一人なので、眠ったら死ぬ、という緊張感も常にあった。おかげで寒さにも眠気にも強くなったと思う。


レオノーラは、警備棟の冴えた空気の中で、月や星を見て過ごす夜も嫌いではなかった。帝都でアビエルが同じ夜空を見ていると思うと、体の芯が温かくなるようだった。


「とはいえ、やっぱり寒いのよ 」


今夜はずっと雪が降り続いているので、星も月も見えない。防寒具でモコモコの姿でじっと外を見張りながら思わずそんな一言が漏れた。


◇◇◇


日々の仕事に追われているうちに、長い長い辺境伯領の冬が少しずつ去ろうとしていた。


高く積もった雪はそう簡単に地面を見せてはくれないが、凍っていた小川が動き始め、湖の氷が割れ始める。


気温が上がり始め、雪の降る日が減るのは生活するのには助かるが、警備をする側は、この頃から気が抜けなくなる。温かくなるに連れて国境を抜けてくる者が増えてくるからだ。


以前にクロイエムと見つけた痕跡は、幼い子どもを連れて山を越えてきたゴルネアの農民だった。あのあと、近くの村の納屋に潜んでいたのを発見した。


ルーテシアとゴルネアとの国境にあるヘレイラという地域は、帝国側の山脈に隔てられ、北に位置しているにも関わらず、降雪量がそれほど多くなく、平坦で農業に適している。大きな川を有することもあり、土地自体も肥沃だ。


しかし、この土地を巡って2国間の争いが絶えず、常にそこに住む農民たちが犠牲となっている。戦いが起これば、生活の担い手である男が徴兵され、農地は荒らされ、橋や井戸といった生活に必要なものが壊される。苦しくなった農民は生きるために国境を越えてくるのだ。


トルネア辺境伯であるベリテア伯爵には、渡ってきた農民たちを助けてやりたいという思いがあった。しかし、来た者をすべて受け入れるわけにはいかない。領内の農地とて代々この辺境伯領を支えてきてくれた領民たちがそれぞれ受け継いできたものだ。勝手に分けることはできない。


また、農民に紛れて入り込んだ脱走兵と区別をつけるのはとても難しい。伯爵は領主としてこの問題に日々頭を悩ませていたのだった。

もし、このお話を好きだ!と思ったらイイねやブックマークを!

気になる、気に入ったと思ったらコメントや評価☆☆☆☆☆,をお願いします。大変喜びます♪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ