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7:アビエルの想い

レオノーラが辺境領に立ってからもう2カ月になる。


アビエルは厩舎の入り口にもたれかかり、自分の愛馬であるアルカシードとレオノーラの愛馬のイスカが、馬房越しに鼻を寄せ合うのを見ていた。


◇◇◇


『イスカは南の馬なので、寒さに弱いし、連れて行かないことにしました。厩舎長のライナスさんが代わりにこの子、カルフィーソを連れて行くといいって。若くてこれからまだ大きくなるし、重種(じゅうしゅ)とのかけ合わせで寒さにも強いからと 』


レオノーラが寂しげにそう言っていたのを思い出す。


イスカは、レオノーラと同じ年に生まれた。アビエルがこの厩舎を初めて訪れた時からレオノーラが乗っていた馬。細身の馬だがバネがありとても足が早い。皇室が南王国から献上された馬を、ガイアスが掛け合わせて何頭か産ませたもののうちの一頭らしい。


レオノーラへの処分を決める審議会は、グレゴールの怒りによって掻き回され続けた。もちろん予想はしていた。他の従者の責任がなるべく軽くなるように、レオノーラ以外は、誰かと一緒にいる状況になるよう、彼女が強く望んだからだ。


グレゴールは、手引きしたのはレオノーラに違いないと訴え続けた。物的証拠は何も出てこない。そんなヘマはしない。しかし、有能なレオノーラがフロレンティアの異変に気づかない筈がないこと。ましてや、自分とレオノーラの関係は学院に在籍していたものから聴取すればすぐに漏れる。


おそらくグレゴールは、自分の関与も相当に疑っていただろう。グレゴールだけでなく他の宰相や大臣も疑いを持っていたかもしれない。ただ、皇太子にそれを突きつけられないだけだ。


審議会では、グレゴールと一部の大臣が、帝国の威信を傷つける重大事案であり、皇太子の権威を著しく(おとし)める不敬罪に他ならない、厳罰に処すべきだと言い続けた。証拠が無く本人が否定しているのに罪には問えない、と何度言っても取り合わなかった。結局、亡命の声明と西共和国の通達によって、グレゴール自身が火の粉をかぶることになり、歯軋(はぎし)りをしながら引き下がったような形になった。


辺境領送致は最も妥当な処分だった。レオノーラを守り、議会や国民に納得をさせるにはこの方法しかなかった。『しかし‥‥』初めて会った日からこれほど離れて過ごすことは初めてだった。『離れたくない』身が千切れるほどの葛藤があった。


帝都へ戻ってからは、亡命に向けて慎重に準備をしていたため、自由に会話をすることもままならなかった。


さらに、レオノーラの処分が決まった後は、それが(くつがえ)されないよう、注意を払って過ごした。アビエルは、夢のようだった学院での最後の2週間を噛み締めるように思い出しては、自分を慰め続けた。


レオノーラが辺境へ出発する1週間前、たまらず厩舎に会いに来た。いつものように、馬の世話をしながら、たあいのない話をしていると、レオノーラが不意に、タネール語で話しかけた。


「夜に厩舎に来ることはできますか?」


まだまだ追求の目の厳しいところはあるが、必ず出て来ようと約束すると、


「明日の夜、天気が良ければここで一緒に星を見ませんか?」


そう微笑んだ。


次の日の夜、警備の目をくぐって厩舎までやってくると、入り口にパンと果物と瓶の水をカゴに持った彼女が待っていた。厩舎の中のハシゴを昇り厩の上に上がると、そこは敷料の藁がたくさん保管してあった。


レオノーラはその上に着ていたマントを敷いて、アビエルに座るように促すと、天井にある窓を開け、その向こうの満点の星空を披露した。


「この窓から星がとても綺麗に見えるの 」


「本当だ、すごいな 」


「ふふふ、綺麗でしょう。天下の皇太子殿下もこんな場所は絶対にご存知ないと思って 」


二人で手を繋ぎ、肩を寄せ合って星を見た。レオノーラが静かに言葉を続けた。


「毎晩、星を、月を眺めるわ。どんなに離れていても見ているものが同じなら一緒にいるのと同じだから 」


胸を掴まれるような痛みが走った。目を(つむ)り、握ったレオノーラの手の甲を口元に寄せ唇を落とす。


「レオニー.......」


言葉が出てこなかった。『おまえを愛してしまってすまない』『愛を求めてしまってすまない』『どうしようもなく縋ってすまない』『辛い思いをさせてすまない』自分と共に生きると言ってくれた彼女に、無数の謝罪が沸く。


自分が生きるためにそこにいてくれる彼女に、自分はなんと傲慢かと思えて仕方がなかった。


レオノーラの唇が弓なりになり、小さな笑いがこぼれた。


「どうした?」


「ふふふ、幸せだなって思ってしまって 」


アビエルは、(たま)らない気持ちになった。レオノーラだけが自分をこんな気持ちにさせる。卑屈な自分を誰よりも幸せだと思わせてくれる。


「アビエル、ちゃんと眠って、ちゃんと食べて、ちゃんと笑って過ごしてね 」


レオノーラは、アビエルの頬をさすりながら、「前より痩せたわ。クマもひどいし。綺麗な顔が疲れて見える」と確かめるように見つめ、心配そうに言う。


アビエルは、帝都に戻ってから政治に深く関わるようになり、多くの会合や会談に臨んだ。さらに、ここ数ヶ月は亡命の準備も並行していたため、ほとんど眠れていない。


傍にレオノーラのいない日々が寂しくて、あえて自分を追い込んでしまったところもある。


頬をさする手を握り、その手のひらにそっとキスをする。


「おまえのいない毎日をちゃんと過ごせる自信がない......」


彼女の前でだけ、どこにも出せない弱音を吐いてしまう。弱い自分ごと全て受け入れてくれる彼女に甘えたくなる。


「どうやって......どうやって笑えばいいかもわからない 」


涙がこぼれそうになり、眉間に皺を寄せて堪えた。するとレオノーラがアビエルの頬を両側から引っ張った。


「ほら、こうやって笑えばいいのよ。先に笑顔を作れば、その後、心もちゃんと笑うわ 」


そう言って、さらに頬を引っ張る。目の前のいたずらする子どものようなレオノーラの笑顔につられて思わず笑いがこぼれる。そしてギュッと胸に抱き込んで、そのつむじにキスをする。


「愛してる。レオニー。どれほど伝えても伝え足りない。愛してるよ、私のレオニー 」


まだ肌寒い春の夜の空気に、アビエルのマントをかけて抱きしめ合って二人で目を瞑った。


「アビエル........起きて。ここで寝入ってしまったら大変。厩舎の朝は早いわ。上から寝乱れた皇太子が下りてきたら、みんな驚いてしまう 」


のろのろと腰を上げ、はしごを下りた。厩舎の入り口で別れ、城に向かって数歩歩いた後、振り向いて「明日もまた来る 」と告げる。


じっとアビエルを見送っていたレオノーラは、「はい、お待ちいたしております 」 と、子どもの頃と同じ満面の笑顔で返した。


その日からレオノーラの出発前夜まで、夜会と会合のあった夜を除いて、二人で星を見て過ごした。出発当日、アビエルはレオノーラを見送らなかった。


◇◇◇


「殿下、おはようございます。朝の遠乗りに行かれますか?急いで鞍をつけますので!」


背後から厩舎の下働きの少年の声が聞こえ、思いから覚めた。


「そうだな、そうしてくれ。最近、イスカは誰か面倒をみているのか?」


「あ、はい。厩舎のみんなで世話はしていますが、特に、訓練場に来ているジョスリンさんが、レオさんに頼まれていると言って、訓練に使ったり、よく外に連れて行っったりしてくれてます 」


「そうか。今から、イスカも一緒に連れて出る 」


「わかりました。では、イスカに頭絡と引手をつけますか?」


「いや、いらんだろう。彼女はアルカシードの傍から離れないから 」


そうして、アビエルは朝の冴えた空気の中を城郭内の小川のある草原まで馬を走らせた。

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