5:亡命の後
フロレンティアの失踪から三週間。
レオノーラは、職務怠慢の処分が下るまでの謹慎期間を経て、審議会での結果を聞くために、久しぶりに皇宮に出仕した。
謁見の間に入ると、玉座に皇帝、その横に皇太子、周りには宰相や他の臣下が並び、厳しい顔をしていた。跪いて挨拶の弁を述べ、首を垂れる。『これは、予想している内の下から何番目くらいの結果だろうか』胸のうちでため息をついた。
アーノルド宰相が口を開く。
「レオノーラ=ヘバンテス。おまえの処分を言い渡す前に、今朝、西共和国から届いた声明について話しておく。未明に、西共和国の元首より皇室宛に書簡が届き、失踪したとされていたフロレンティア嬢を西共和国において亡命者として認めたとあった。書簡には、帝国の女性の権利を無視した慣習について厳しく糾弾がされており、今後、共和国としては同様の申請があった場合に、人道的支援として進んで受け入れをしていく、とあった。」
そうか、うまくいったのか、そう思うと、さっきのため息が嘘のように胸が熱くなった。
「こちらとしては、高位貴族同士の結婚は、皇室文化を継承していく上で国民に求められているものである。また、本国においても婚姻は互いの了承を礎としてなされており、決して当人の意思を無視するような非人道的な行為には当たらず非難されるいわれはない、と反論をする予定だ。その上で、この件のおまえの処分についてだが‥‥」
アーノルド宰相がため息をついて言葉を続ける。
「おまえには、この亡命の手助けをしたのではないかという嫌疑がかかっている。審議会での聞き取りの際にも尋ねたが、再度、この場において問う。フロレンティア嬢の失踪を手助けした事実は無いのだな 」
審議会が始まって、内部で失踪を助けたのは誰か、と議論が上がった際に、グレゴール宰相が、『あの汚らしい男女に違いない』とレオノーラを挙げた。ずっとフロレンティアのそばにいた。あの夜護衛をしていた。少し調べれば皇太子と怪しい関係であったことも何処かから漏れる。そう言われるであろうことは想定内だ。
「帝国の皇帝陛下の御前にて、帝国の子として宣言いたします。そのような事実は決してございません 」
首を垂れたまま、明朗な声ではっきりと告げる。
「よくも平然と嘘を重ねられるものだ。すべてわかっているぞ――お前が娘を堕とし、西の男を焚きつけて連れ去らせたのだろう。この、汚い下賤な魔女め!」
怒気を孕んだ声が横から飛んできた。
「こいつは、男装までして皇太子殿下に取り入ろうとし、婚約者である我が娘を排除した。このようなことは、皇室への侮辱です。帝国の威信にかけて、決して見逃してはなりません」
グレゴールの怒りは相当なもののようだ。命までは取られないと思ったが、案外、そうでもないかもしれない。レオノーラは、帝国で久しく死刑は行われていなかったはず、などと考えていた。
「グレゴール宰相、言い過ぎているぞ。こいつはそのようなことを企むやつではない 」
アビエルの声が聞こえた。
「殿下は、この者を随分重用されておりますからな。かばいだてなさいますのか?このような汚らしい者をお傍に置かれては、殿下の真価が問われますぞ!」
グレゴールの怒りにまかせた訴えは、止まらなくなっているようだ。
「グレゴール。そなたの言い様こそ、皇太子への不敬に当たるぞ。言葉を控えろ 」
皇帝の重たく低い声が謁見の間に響いた。さすがのグレゴールもこれには黙らないわけにはいかなかった。
「ヘバンテス。余から、再度そなたに聞こう。この件にそなたが関わった事実は無いのか 」
皇帝がゆっくりと確かめるようにレオノーラに聞く。
「陛下、この命にかけましてもそのような事実はございません 」
レオノーラは迷いなく答えた。大切な人を守る為ならば、嘘の百や二百は平気で吐くことができる。自分の厚かましさは筋金入りだ。
「そうか......ならば、この先は職務怠慢の処分についてのみ聞くがいい。アーノルド、先を続けてくれ 」
ギシッと玉座に皇帝が深く座り直した音が聞こえた。アーノルド宰相の声がこちらを向く。
「レオノーラ=ヘバンテス。職務怠慢の責任を問う。よって皇宮騎士の資格と地位は剥奪、代わりに辺境伯領の警備任務を命ずる。また、おまえの祖父の屋敷だが――今後、おまえがこれを継ぐことは許されない。以上だ 」
とりあえず首はつながったな、と胸のうちで安堵の息を吐く。今すぐ家を取り上げられなかったのは良かった。自分のせいで祖父が家を追われたら、謝っても謝りきれない。
「は、御意にございます 」
下がって良い、という声に首を垂れたまま、後退りし、謁見の間を出た。自分の処罰が決定したすっきり感と何よりフロレンティアの亡命がうまくいった事の高揚感で、気持ちが晴れ晴れとしていた。
◇◇◇
「まさか、こんなに早くレオに会えるとは思ってもみなかったよ 」
ルグレンの驚いた表情に笑いが込み上げる。一年前、浴場で裸で涙したあれはなんだったのか。
「そうね、こんなに早く自分がやらかすとは思わなかったわ 」
領主館の端にある、使用人用の寮に案内してもらいながら、久しぶりの再会を喜ぶ。
「やらかすというか......まぁ、帝国中、この西の果ての辺境伯領でも亡命騒ぎは大変な話題だったよ 」
フロレンティアの亡命のニュースは帝国中を揺るがした
皇太子との婚儀まで残り三ヶ月というところで、婚約者が西共和国へ逃げ、なおかつ、自分の結婚は意思に反して取り決められたものだ、帝国は女性の権利を迫害している、と抗議の声明を出したのだ。
世間では、恵まれた身分でありながらなぜこんなことを、とか、他に男がいたのだろう、とか、かわいそうな皇太子、皇室の権威は地に落ちた、などとさまざまな憶測と好奇の意見が入り乱れた。
「まさか、あのふわふわお嬢さまがこんなことをやるとは。驚いたわよ。どうせ、あなたやアビエルが噛んでるんでしょうけど、亡命って......駆け落ちではダメだったのね 」
「フロレンティア様は、芯の強い素晴らしい女性よ。私もこんな大胆なことをされるとはびっくりしたわ。予想外 」
「予想外って.......まぁ、いいけど」とルグレンが呆れた顔をする。
「でも、あの事件をきっかけにさ、こっちでも“女性の声をもっと議会に反映させよう”とか、“家を継ぐ権利も男女で平等にしよう”って話が出てきてるの。私たちの世代では、亡命を支持してる人がほとんどだしね。……まあ、お姫さまが幸せを求めて大冒険っていう、物語としてのロマンに惹かれてる人も多いけど 」
あの事件から三ヶ月。帝都の皇室信望者の中には、亡命したフロレンティアは帝国皇室を辱めた非国民であり、その父親であるグレゴール宰相にも責任を取らせるべきという声もあった。
グレゴールを罪に問うという意味では、娘に皇室へ嫁ぐことを強いた非人道主義者だ、という糾弾もあった。どちらにしても非難を免れず、グレゴールは宰相の職を自ら退き、家督を長男に譲って帝都を去り自身の領地で隠居となった。
帝都にいたら、怒り狂ったグレゴールに暗殺されていたか、もしくは皇室信望者に袋叩きにあっていたかもしれない。少なくともこの辺境伯領への送致は良策であったことには間違いない。
レオノーラが辺境伯領へ行ってしまうことに、苦々しい思いを抱えていただろうが、アビエルは、やはり最強の策士なのだと思う。
「まぁ、レオ、とにかくいい時期に引っ越して来れてよかったわよ。ここはこれからの時期が一番過ごしやすいの。来月には私の結婚式もあるし、私はレオがここに来てくれて本当に嬉しい 」
ルグレンにぎゅうと抱きしめられた。その後、使用人寮で使う布団や家具などを同僚のゲオルグの家にもらいに行った。
ゲオルグの奥さんはとても面倒見がよく、レオノーラが細いのを気にして、「こんな細い子が肉体労働をしなきゃいけないなんて帝国も終わりだよ」とうるうるしていた。小さい頃に世話になった厩舎長の奥さんのメイベルさんを思い出させた。
今話題の亡命したお嬢さんの警護についてた女騎士が、責任を取らされて辺境へ飛ばされてきた、という話はあっという間に広まって、随分と同情をされた。
「あれだろ?駆け落ちした公爵令嬢を逃したってことで、地方に飛ばされたんだって?帝都の貴族ってほんと意地が悪いね。なんでレオが責任取らなきゃいけないの?自分から男を追って出てったんでしょ。レオが悪いわけじゃないだろうに」
奥さんは、そう言って山盛りの干し肉を、半年はもつから、持って帰りな!とレオノーラに持たせたのだった。
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