39:エピローグ
「せっかく編み物教室を始めたばかりなのに……寂しすぎます、レオさん。行かないで」
村の少女たちは、名残惜しげにレオノーラの腕にすがりつき、別れを惜しんだ。あの夜、クロイエムの想いを受け入れたフィオナは、来年の夏、正式に婚姻を迎えることになっていた。
「フィオナのベールは、私がレースで編んでプレゼントするって約束するわ。楽しみにしていて。編み物教室、もっと続けたかったけれど、ごめんね」
そう言うと、フィオナは目を輝かせて跳びはねた。
「本当に? やった……うれしい……!」
彼女は、その喜びに、別れの寂しさを一瞬だけ忘れてしまったようだった。
◇◇◇
「アーロン……会えなくなっちゃうの、寂しいなぁ」
小さなアーロンを抱きしめ、頬をすり寄せながら、レオノーラの目には自然と涙がにじんだ。
「ねえ、私に会えなくなるの、寂しくないの?」
ルグレンがからかうように笑いながら言うと、レオノーラは唇を尖らせた。
「だって、アーロンはきっとすぐに私のこと、忘れちゃうもの……。うぅぅ、アーロン、お願い、レオを忘れないで。大好きよ」
そう言ってきゅっと抱きしめ、子どものあたたかく優しい匂いを胸いっぱいに吸い込む。
「りぇお、いたいの?」
レオノーラの涙ぐんだ顔を見上げて、アーロンが心配そうに問いかける。
「もう……なんて可愛いの。やだ、離れたくない……アーロン、大丈夫よ。どこも痛くないの。……ただね、胸がキュッと痛いのよ」
あまりの愛おしさに、思わずレオノーラは声を上げて抱きしめる。隣でルグレンは、呆れたように微笑んでいた。
「レオ、次にここへ来るのは、いつになるか分からないけれど……またきっと会えるよ。あなたがこの地にいてくれたこの六年、七年……私は本当に嬉しかった。何度も救われた。ありがとうね」
ルグレンの目にも、静かな涙が浮かんでいた。レオノーラもこらえきれず、アーロンを挟んでふたりで泣き出してしまう。
それを見たアーロンも、大人たちの涙に驚いて、つられてぽろぽろと泣き出してしまった。慌ててレオノーラとルグレンは涙をぬぐい、アーロンの背を撫でながら優しくあやした。
◇◇◇
世話になった人々への挨拶を終えるころには、出立までの数日間があっという間に過ぎていた。
秋風の吹きはじめる早朝。澄んだ空気の中、レオノーラは馬に乗り、トルネア辺境伯領をあとにする。
城門をくぐり、城壁を遠くに眺めながら、手を高く掲げて振った。姿は見えなくても、あの塔のどこかで誰かが手を振り返してくれている――そんな気がした。
この地で過ごした年月は、彼女に多くのことを教えてくれた。初めてのことも、気づかされたことも、そして向き合わなければならなかった自分自身の弱さも。国と国が転機を迎える瞬間に立ち会い、すべてが未来へと繋がっていると感じる日々だった。
帝都で何が待っているのかは分からない。でも、アビエルの傍らに戻り、共に歩む未来がある。そのことに、レオノーラは確かな希望を感じていた。
ここでの経験は、きっといつか、大切な力になる。そう信じて、彼女はひんやりとした秋の風を背に、まっすぐ前を見つめて歩みを進めた。
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