36:休戦協定
休戦の会談は、予想以上に穏やかに進展した。ゴルネア側からは、特使としてカニキオをはじめ、外交事務官、そして若き陸軍大将が姿を見せた。
交渉では、互いの軍隊をどのように撤退させるか、また休戦の最短期間をどう定めるかといった具体的な点が議論された。事前の緻密な打ち合わせが功を奏し、開始からわずか二時間で合意に至り、休戦条約は滞りなく締結された。
アビエルとカニキオとの書簡のやり取りに基づき、ベルトルド――実際にはゴドリックが中心となって――具体案の検討が進められていた。条約書の最終的な文案は、レオノーラが中心となり、両国の通訳、帝都から派遣された文官たちとともに作成された。
条約書は、ゴルネア語とルーテシア語、さらに帝国共通語で精密に仕上げられ、内容に齟齬がないことが厳重に確認された。カニキオとウィレム王太子が調印文書を手に固く握手を交わした場面には、誰もが感慨を覚えた。
会談を終えた後、ゴルネアの使節団は自国へと帰還し、ルーテシアと帝国の代表団はクレイン辺境伯領の城へと戻った。皆が安堵と達成感に満ちた面持ちで、その夜はウィレム王太子を囲んでの晩餐会が開かれた。
「すべては、アビエル皇太子殿下のお力添えのおかげです。私たちは、この休戦が長く続くよう最善を尽くす所存です」
そう語るウィレム王太子の言葉に、会場は温かな拍手で満ちた。和平を実現させた者たちの間に生まれた高揚感が、晩餐会に一層の華やぎを添えていた。
会場が賑わいを増す中、レオノーラは通訳の務めを終え、ようやく食事に手を伸ばしていた。そこへ、ワインの入ったゴブレットをお片手にドミニクが挨拶にやってきた。
「レオさん! まさか、こんなに早くまたお会いできるとは思いませんでした」
「本当に、私も驚いています。今回の休戦、クレイン領の皆様の尽力あっての成果ですね」
そう応えながら、ドミニクから差し出されたゴブレットを受け取る。
「私はまだ父や兄の補佐ばかりですが、今回は貴重な経験となりました。中央政府との折衝にも関わる機会があり、学ぶことばかりでした」
「ゴルネアへもいらっしゃったんですよね。国内はどんな様子でしたか?」
「はい、中央政府のあるゴルドに立ち寄りました。戦時中とはいえ、思った以上に整った街並みでした。ただ、治安はあまり良くないようです」
「ゴルネアには教会がないと聞いたことがありますが……」
「ええ、自然信仰が主のようで。教会のない街並みにはやや違和感がありましたが、それもまた興味深いものでした」
ドミニクの語る異国の様子に、レオノーラは好奇心を抑えきれず次々と質問を投げかけていた。
「やっぱり、レオさんとお話しするのは楽しいですね」
酒のせいか、それとも積もる想いのせいか、ドミニクは目尻を赤らめながら微笑んだ。
「すみません、つい質問責めになってしまって。でも、いつかゴルネアをこの目で見てみたいと思っていて」
そんなレオノーラに、ドミニクが何かを言いかけたその時――
「ドミニク、今回は何度もゴルネアに足を運んでくれて感謝している。寒い季節に大変だっただろう」
いつの間にかアビエルが背後に現れていた。
「とんでもありません、殿下。ちょうどそのことを、レオさんにお話ししていたところです」
「クレイン領は有能な後継者がいて実に頼もしい。これからも頼りにしている」
そう言って、アビエルはドミニクのゴブレットにワインを注いだ。
「恐縮です。お言葉、身に余る光栄です」
「すまない、盛り上がっているところだが、大事な話があってレオニーを少し借りる」
そう言って、ドミニクの返事も待たず、アビエルはレオノーラの肩に手を置き、そっと彼女を導いた。
「ドミニクさん、またお話ししましょう」
微笑むレオノーラに、名残惜しげに微笑んで軽く会釈を返すドミニクを残し、二人は会場を抜け出した。
無言のまま、アビエルは早足で歩を進める。その背を追いかけながら、レオノーラは彼の硬い表情に、何か問題が起こったのだろうかと不安をかきたてられた。
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