34:ルーテシア外交9
翌日、砕氷船の視察から戻り、出立の準備と外交報告の文書整理に追われていると、アビエルに呼ばれた。
「レオニー、ちょっとこっちへ」
衣装部屋へ入ると、目に飛び込んできたのは、色とりどりに染め上げられた美しい羊毛織物の山だった。
「ウィレム王太子からのお土産だ。先日訪ねた工房の織物だそうだ。何を仕立てたら良いと思う?」
「……まあ、なんて素敵な生地」
レオノーラはそっと手を伸ばし、その風合いと輝きを確かめながら、目を輝かせた。
「手触りも、光の反射も……まるで絹のようですね。陛下や皇后陛下のお召し物にされたら、きっとお喜びになります」
そう言いながら、生地の上に手を滑らせるレオノーラの後ろから、アビエルがふわりと抱きしめる。
「お前は本当に、物を作るのが好きだな。どれが一番気に入った?」
「この淡い青が素敵だわ。光の角度で銀色にも見えて……この布に銀糸で刺繍を入れて、裾に薔薇の蔓を這わせて……あとは真鍮の薔薇型ボタンで……」
創作意欲に満ちたレオノーラの言葉に、アビエルは思わず笑みをこぼす。
「全部、レオニーに任せたら素晴らしい衣装が山ほどできそうだな」
「そんな、素人の私には恐れ多いわ。でも、想像するのは楽しいわね」
アビエルはふと尋ねた。
「自分用の服を作りたいとは思わないのか?」
「私には、こんな高級な生地を着て出かける場なんてないもの」
「夜会用のドレスとかは?」
レオノーラは眉間にしわを寄せて首を振る。
「絶対に着ません。あの時の胃痛を思い出すから」
アビエルはわざとらしく肩を落として見せた。
「せっかく似合っていたのに……私は、あの夜のレオニーを今でもよく覚えているよ。私にとっては、2人の美しい初めての思い出なのだが.....」
「そうやって……アビエルは時々イヤらしいことを言うから。もう、やめて」
恥ずかしさを隠すように頬を染めるレオノーラに、アビエルはそっと耳元で囁く。
「思い出すのも、だめか?」
その吐息に、レオノーラの肩が震えた。
「もう、昨日、ダメなものはダメって言っていいって言ったくせに.....」
そんなレオノーラの反応にアビエルは笑い、そっと胸元に手を這わせる。その時、扉の向こうからルイスの声がした。
「殿下、晩餐会のご準備に参りました」
アビエルは、何事もなかったかのように答える。
「レオニーに準備を手伝ってもらっている。すまないが、湯の手配を頼む」
扉の外の足音が遠ざかると、レオノーラはアビエルから一歩下がり、整えたシャツの襟に手をかけた。
「もう、子どもみたいに……」
「すまない。困らせたな」
アビエルは儀礼服を手に取り、彼女の腰をそっと抱き寄せる。
「本当は、いつもそばにいたい。けれど、そんな気持ちにばかり任せるわけにはいかないからな」
レオノーラは、その腕に軽く手を添え、やわらかく笑った。
「――では、一つになるのは……晩餐会の後にしましょう?」
その囁きに、アビエルは目を丸くし、次第に笑みを大きくして唇にキスを落とした。
「……よし、準備しよう」
◇◇◇
晩餐会では、アビエルがルーテシア王家に感謝を述べ、今後の友好関係と国交の深化を宣言した。堂々たるその姿に、レオノーラは胸を打たれた。
翌朝、トルネアへの帰途につき、二日後には無事に領都へ帰還。城門前ではベリテア伯が、アビエルに急ぎ知らせがあると待ち受けていた。
「殿下、ゴルネアがルーテシアとの休戦について、帝国に支援を求める意向を伝えてきました。すでに帝都へは伝令が走っております」
「そうか。詳細は帝都で話すとして、まずはクレイン領へ書簡を送ろう。執務室で詳しく話を」
そう言って歩き出したアビエルは、ふとレオノーラを振り返った。
「レオニー、ゴルネアとの会談記録を後で執務室に持ってきてくれるか?」
その声に、彼女は静かにうなずいた。表情には出さずとも、アビエルが内心では手応えを感じていることがわかった。
冬の間、戦は静まり、春にはさらに大きな和平交渉が待つ。その未来を見つめながら、レオノーラもまた、胸の内に確かな希望を灯していた。
翌朝、ゆっくりと言葉を交わす余裕もなく、アビエルを乗せた馬車は帝都へと向かって去って行った。
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