33:ルーテシア外交8
城へ戻ると、夜会の準備を始めた。
受けた視線の問題は何一つ解決していないけれど、アビエルからは「夜会には同行しなくていい」と言われたため、護衛の任は他の者に任せることにした。
もう機嫌を損ねている様子はなかったが、アビエルは、ふざけることもなく静かに支度を整え、淡々と夜会へと向かっていった。
レオノーラは続き部屋の机に向かい、昼間の会談内容を整理する作業に没頭した。報告用の資料は二部作成し、一部はルーテシア語に訳してこちらに残していく。互いの言葉の齟齬がないよう、細部に注釈をつけ、確認と調整を繰り返した。
ゴルネアとの会談でもそうだったが、もっとも重要なのは「何が国益になるか」だ。土地を奪い合うよりも、国内の利を高め合うことで、戦争は収束に向かう。感情はそう簡単に割り切れないからこそ、第三者の線引きが必要になる。今回のアビエルの外交は、その未来の土台作りだった。彼が目指すのは、戦争のない安定した隣国との関係――その礎となる平和の交渉だ。
気がつけば、かなりの時間が経っていた。続き扉をノックする音がして、アビエルが夜会から戻ってきたことを知る。ルイスはすでに下がったらしく、代わりにレオノーラが着替えを手伝った。
侍女たちが湯桶を運んで来て湯浴みの支度を整えたあと、静かに部屋を退出していく。シャツを脱ぎかけたアビエルが、レオノーラに目を向ける。
「……一緒に、入らないか?」
ブラシを手にしていたレオノーラは少し戸惑ったが、そっと鏡台に道具を置き、彼のもとへと歩み寄った。
湯の立つ桶の前で、レオノーラも衣服を脱ぐ。視線を逸らさず見つめるアビエルの眼差しに頬が火照り、自然と体が緊張する。湯に浸かると、彼の前に正座する形で向かい合った。
「レオニー……何かを言われても、無理だと思ったらちゃんと『嫌だ』と言ってくれ」
アビエルはそう言いながら、手で掬った湯を優しく肩にかけてくれる。
「私の言うことに、何でも従ってしまうだろう? 知らずに無理をさせていることもあると思う。もちろん立場の関係もあるし、仕方のないこともある。でも……私は、互いに愛情で繋がっていたいんだ」
そう言って、そっと肩から腕へと手を滑らせる彼の仕草に、レオノーラの胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……わかったわ。そう思う時は、ちゃんと話すようにする」
アビエルは彼女の背を支え、そっと引き寄せた。ぬるんだ湯の中、静かな時間が流れる。寄り添い合いながら、言葉では足りない想いを肌のぬくもりで伝え合う。重ねる呼吸の中に、互いの戸惑いや願いがゆっくりと溶けていった。
やがて、湯が冷めはじめたことに気づいたレオノーラが「風邪を引いてしまうわよ」と笑って告げると、2人で身体を拭き合い、寝衣を纏って寝台へ向かった。
シーツの間に滑り込むと、レオノーラはアビエルの腕の中に身を委ねた。彼の胸に頬を寄せ、ぽつりと呟く。
「……ときどき不安になるの。私は、あなたの足を引っ張ってないかしらって。あなたにとって、私の存在が不利益になっていたらと……」
その小さな声に、アビエルは体を起こし、レオノーラの顔に手を添えて優しく撫でた。
「いつも言ってるだろう? おまえの存在が、どれほど私を支えているか。信じていないのか?」
「信じているわ。ただ……自分に何ができているのか、ふと分からなくなるの」
アビエルの胸元にそっと体を押しつけながら、レオノーラはささやく。彼は静かにその背を撫でながら答える。
「おまえは強いから、つい一人で抱えてしまう。でも、2人で考えたほうがいい答えが出ることもある。言葉にしてくれれば、私はちゃんと受け止める。不安は、分かち合えば軽くなるものだ」
「……でも、それがあなたの負担になったら?」
「そんなことにはならない。おまえのことなら、すべて受け止めたい。……おまえは、私に甘えられて負担か?」
レオノーラは小さく笑った。
「困った人、って思うことはあるけど……でも、可愛いって思ってしまうから」
その笑顔に、アビエルも口元をほころばせて、そっと唇を重ねる。
「私はいつも甘えてばかりだ。だから、たまにはおまえにも甘えてほしい」
「……こんなに甘えているのに?もっと甘えてもいいの?後悔しても知らないから」
レオノーラが頬を赤らめながら、彼の胸に顔をすり寄せる。アビエルはその姿を愛おしそうに抱きしめた。
「ぜひ、後悔させてくれ」
その夜、ようやく互いの不安も戸惑いも少しずつほどけていく中で、2人は静かに寄り添い、ようやく訪れた深い眠りに落ちていった。
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