3:亡命前夜2
皇宮内では、アビエルとほとんど会話を交わさない。皇太子の婚約者の護衛が、皇太子と話をする必要などないからだ。だから、亡命に関する進捗の情報交換は、最小限のやりとりを厩舎で行った。
ホールセンへの出発が明日に迫った日の早朝、厩舎で馬の手入れをしていると、彼がやってきた。
「おはよう、レオニー。アルカシードの機嫌はどうだ? 」
アルカシードはアビエルの馬の名前だ。
「先ほど、少し運動させたので、今から飼い葉をつけるところです。良く体も動いていましたし、体調に問題はなさそうです 」
「彼女は不安になっていないだろうか?」
「侍女にバレないか不安で眠れない日もあると言っていました。皇宮にお越しの際は気丈にされていますが、きっと日々緊張されていると思います 」
「そうだろうな。よく耐えていると思う。明日は、もう皇宮には来ないで出立するのだろう?」
「はい、その予定です。ですので、殿下も今日お会いになられたらお声をかけて差し上げてください 」
「そうだな、何か心が休まるように考えておくよ・・・・ところで、なんで殿下って呼ぶんだ 」
「周りに人がいるからですよ 」
「ばれやしないだろう。なんのためにタネール語で会話していると思ってるんだ 」
「さすがに名前はばれると思います 」
飼い葉桶を馬の前につるしながら、アビエルに呆れた顔をする。
「彼女が出立して、おまえがこちらへ帰ってきてからの方がたぶん大変だ。覚悟しておいてくれ 」
「そうですね。でも、命を取られることは無いと思いますので 」
そう言って笑って顔を上げると、アビエルの顔に笑いは浮かんでいなかった。
「今後、思いもかけないようなことがあるかもしれない。それでも、いつも私を信じていて欲しい 」
「もちろんですよ。私は殿下を守り傍にいると誓いましたから 」
いつも通りの笑顔で応える。それが彼を安心させる一番の方法だからだ。じっと見つめる顔が近づいてきそうな気配があったので、我に返らせるために、タネール語をやめ、
「殿下、アルカシードに馬服を着せますので、申し訳ありませんが、少し場所をあけていただいてよろしいでしょうか?」
我に返ったアビエルが、あぁ、よろしく頼む、と言って厩舎を出て行った。
◇◇◇
ホールセンへの道行きは、平和に進んだ。侍女3名と侍従が1名。レオノーラを含む護衛が4名。途中の街で二泊し、途中何度か景色の良いところで休憩を取りながら、ゆったりと進んだ。
フロレンティアは言葉少なで、物思いに耽っているようだった。車窓を流れる景色や宿で出される食事などにはしゃぐことなく、それらを静かに堪能していた。
「お疲れではありませんか?」
途中の休憩の際に、声をかけると、
「大丈夫ですわ、レオ様。私が馬車の旅に強いのはご存知でしょう?」
微笑んで、そう言うと帝都の方を見つめて、
「......次にこの景色を見れるのは、いつかしら、と思って、少し感傷的になって。でも、よく考えたら、今まで、この景色を見たことはなかったのでしたわ、私 」
ふふふ、と笑って続ける。
「今の私はどこにいても新しいものを見つけられるから、いつでもワクワクしていられるのかも。でも、それはこの国の中でも良かったんですのよね 」
フロレンティアのタンポポ色の髪が寒さの残る風に掻き乱される。
「迷っておられるなら、止めることもできるのですよ。そう約束しましたよね 」
この計画は、どの段階であってもフロレンティアが止めたくなれば即座に中止するというのを大前提としていた。フロレンティアの横顔を見ながら、そう伝える。
「いいえ‥‥いいえ、止めないわ。私は、この国にいては何もできないまま一生を終えてしまう。だから‥‥」
ゆっくりとこちらを向いて、決意に満ちた瞳がレオノーラを見つめた。
「だから、きちんと私の人生を生きようと決めたのです 」
初めて出会った時は、柔らかく笑うタンポポのような少女だった。でも、今、目の前に立っているのはどこにでも飛んでいける羽を身につけた、美しい一人の女性だった。レオノーラは、賞賛の笑みを浮かべて、フロレンティアを見つめ返した。
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