17:皇太子の来訪5
レオノーラは、滞在を終えて次の領地へと向かう皇太子の馬車を城壁塔から見送った。
アビエルは、レオノーラが日中の仕事を終えて夜に部屋へ戻ると、いつもと言っていいほど、もう部屋で待っていた。
そして「いったいどうやっているの?」と思うほど、どこにでも現れた。
帝都から一緒に来た侍従や護衛は、いったい何をしてるのかと、ちょっと疑いたくなるくらいだった。
領地の見回り中も、なぜかタイミング良く出くわす。そのくせ、ちゃんと仕事もこなしてるようだからすごい。抜け目のない策士とは、まさにこういう人なんだろう。
会談もうまくいったようで、ベリテア伯爵は、ゴルネアからの侵入者について「来年の夏までには、なんとか目途が立ちそうだ」と皆に伝えていた。
他の辺境伯たちと連携すれば、もっと力強い対策が取れる――そんな期待が広がっている。
今回の皇太子の北方訪問は、「中央は辺境を蔑ろにしている」というこの地の民の不満を、ずいぶん和らげてくれた。
あとは、どうやってゴルネアと交渉するか。その方法がうまく見えてくれば、アビエルの評価は、さらに上がるだろう。
彼は、ちゃんと未来を見て歩いている。
私は――今ここで、自分にできることをするだけ。彼の邪魔しないように、静かに、まっすぐに。
たとえそばにいられなくても、いずれそれが彼の力になるなら、それでいい。
また、手紙を書こう。
そして夜には、星を見上げよう。
遠くへ向かう馬車を見つめながら、レオノーラはそっと心の中でつぶやいた。
◇◇◇
北の夏は、ほんとうに一瞬で過ぎてしまう。
秋風が吹きはじめたと思ったら、次の週にはもう雪がちらちら。あっという間に、暖炉が恋しい季節になる。
レオノーラの寝室では、真っ白なふわふわのクマのベッドカバーが広がっていた。
これがまた、本当にあったかくて最強。去年『アドルフさん』が贈ってくれたラグマットに加えて、この前はふかふかの冬用スリッパまで届いた。
「もう、この部屋、誰も呼べないよね……」
ルグレンが周囲を見てそうつぶやいて、レオノーラも思わず笑ってしまった。
たしかに。部屋の広さに対して、物が多すぎるし、調度品もやたら豪華すぎる。
「そういえば、アビエル様からの結婚祝いもすごかったね」
アビエルがルグレンとローレンスに贈ったのは、上質なリネンにワイン、それにお揃いのサファイア付きアクセサリーセット。ネックレス、ブレスレット、タイピンにカフス……とにかく豪華だった。
「ロウ、びっくりしてたよ。いつも“それ、不敬罪にならない?”とか気にしてたのに、プレゼント見たら、“君は本当に皇太子と仲がいいんだね”って。彼、まじめだからさ、アビエルが滞在してた間、毎日ガチガチに緊張してたの」
「……で、今日はどうしたの? 何か話があるって来たんでしょ?」
「あ、うん……。たぶんなんだけど……わたし、妊娠してるかも」
強気で豪快なルグレンが、なぜかちょっと照れながら口ごもる。
えっ、一瞬でレオノーラの目が丸くなった。
「本当に!? すごい! おめでとう!」
「うん……たぶんね。まだお医者さんには診てもらってないし、ロウにも言ってないんだけど……もう3か月くらい、来てないから」
「そっか。でも、すごく嬉しいことじゃない! .......なんか不安なの?」
嬉しそうなルグレン。でもどこか、いつになく自信のなさげな表情が混じっている。
「……わたしね、母がいないじゃない?私を産んだ時に亡くなっちゃって」
そうか、ルグレンは――怖いのだ。
「ちゃんと母親になれるのかなって思うし……。もし、私も母みたいに出産で死んじゃったら、ロウはひとりで大丈夫かなって……そう考えると、急に怖くなってきて」
レオノーラは、そっとルグレンの手の上に自分の手を重ねた。
「私も母親はいないから、偉そうなことは言えないけど……でもね、今のルグレンを見てると、幸せな未来しか思い浮かばないのよね。
たしかに、出産って絶対に安全とは言えない。でも……あなたはお父さんと一緒に、ちゃんと幸せに生きてきたでしょ? きっと、お腹の赤ちゃんもそうなる。何があっても、きっと大丈夫だよ」
そう言って、手をぎゅっと握りしめる。
「……そっか。そう、かな……」
「そうだよ。ルグレンにはローレンスもいるし、お父さんも、私も村の人たちもいるでしょ? 不安になるってことは、もう“お母さん”になり始めてるってことじゃない?」
ふだんは豪快なルグレンが、こんなに可愛く見えるなんて。
思わず、レオノーラは彼女の体をぎゅっと抱きしめた。するとルグレンも、ちゃんと抱きしめ返してくれる。
「レオがここにいてくれてよかった。私、男ばっかりに囲まれて育ったから、こういう話をできる人いなくて……すごく不安だったの」
「私も、こんな可愛いルグレン見れて嬉しいよ。ふふふ、辺境に左遷されたかいがあったわね」
そう言うと、ルグレンは「ほんとね!」と声を上げて、いつものようにケラケラ笑った。
その夜、ルグレンから報告を受けたローレンスは大喜びしすぎて、ダイニングの椅子を壊し、
翌日には十数年ぶりに巡回中、馬から落ちたらしい。
◇◇◇
厳しい冬が終わり、辺境の大地にようやく春の気配が訪れたころ。
ルグレンが、元気な男の子を無事に出産した。
「ねぇ、ルグレン。この子、どうしてこんなに可愛いのかしらね」
レオノーラが頬をゆるめながらそう言うと、ルグレンも同じように笑ってうなずいた。
「ほんとよね。自分の子どもって、信じられないくらい可愛いのね。もう、世界一だと思ってるわ」
最近のレオノーラは、巡回のついでにルグレンの家に立ち寄っては、赤ちゃん――アーロンを眺めて癒されるのが日課になっていた。
ちょうどそのとき、入り口の扉が開いて、ローレンスが帰ってきた。
「ヘバンテス! クロイエムにひとりで巡回させて、君は何をしているんだ。サボってないで仕事に戻れ」
そう言いながらも、すぐさまアーロンを抱き上げて、ルグレンにキスをする。
すっかり“パパ”の顔になったローレンスは、毎日お昼に一度は家に帰ってくるほど、息子にぞっこんだ。
「クロイエムが、森を見に行くまではここにいていいって言ってくれたので……つい、甘えちゃいました。だって、アーロンがあまりに可愛くて……」
「うむ。それは仕方ない。……が、仕事をサボるのは感心しないぞ。巡回は二人一組が原則だ。早く戻って合流しなさい」
口調は厳しいけれど、ローレンスの目はアーロンを見つめながら、すっかり目尻が下がっている。
「はっ、申し訳ありません。それでは、失礼します。また明日、遊びに来るわ」
レオノーラが笑って手を振ると、ルグレンも赤ちゃんを抱きながら手を振り返した。
アーロンを囲むように微笑み合うふたりの姿を見て、レオノーラは心から思った。
――あぁ、素敵な家族になったなぁ。
このあたたかい幸せを守るために、国は平和でなくてはいけない。
彼女は改めて、そう強く感じたのだった。
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