15:叶わぬ夢
アビエルには、何度も繰り返し見る夢がある。
それを最初に見たのは、婚約式が執り行われた十三の頃だったる。
夢の中には、同じ年頃の自分と、レオノーラがいた。
ただし、そこでは自分は皇太子ではなく、名もなき村の少年。彼女の幼馴染だ。
花を摘み、それを手渡しながら「好きだ」と伝える。
彼女は頬をほんのり染め、「私も」と囁く――それだけで胸が満ちる、幸せだった。
目が覚めると、なぜか涙が頬を伝っていて、自分でも驚いたのを覚えている。
それ以来、夢は何度も形を変えて現れるようになった。
夢の中のふたりもまた、自分と同じように時を重ね、成長していく。
いつの間にか、レオノーラと結婚し、家庭を持ち、今ではふたりの子どもがいる。
男の子がひとり、女の子がひとり。
名前までしっかり決まっている。――エリアスと、ジニエ。
最近では決まって、その夢の始まりは“仕事から帰る場面”だ。
村の小道を歩きながら、ほんのりと漂ってくる夕餉の匂いに、自然と腹が鳴る。
家の戸を開けると、小さなジニエがレオノーラのスカートにしがみついていて、
自分の顔を見るなり「おかえりなさい!」と、弾けるように飛びついてくる。
皿を並べていたエリアスも手を止め、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「エリアス、お皿が割れちゃうわ」とレオノーラが苦笑しながら言う声が、愛しい。
四人で囲む食卓は、小さな笑い声と、こぼれたスープと、何より柔らかな温もりで満たされている。
夜が更け、子どもたちは部屋へ。
ようやくふたりきりになった寝台でレオノーラを抱きしめようとすると――
ジニエが枕を抱えて涙目で寝室に現れる。「いっしょに、寝たいの……」と。
「おいで」とレオノーラが優しく布団をめくると、小さな体がすっと間に入り込む。
その数分後、また静かに寝室の扉が開き、今度は顔を真っ赤にしたエリアスが立っている。
「……ジニエばっかり、ずるいよ……!」
その姿を見て、レオノーラと顔を見合わせ、ふたりでくすりと笑う。
もう一度、布団をめくってエリアスを招き入れる。
小さな寝台に、四人でぎゅうぎゅうに並んで、ぴたりとくっついて眠る。
身動きも取れないほどの狭さの中で、それでも――この上なく、幸せな夢。
その夢から覚めると、自分はその家の台所よりも広い天蓋のついた寝台に一人きりなのだ。夢から目覚めるたびに自分の妄執ぶりに呆れる。
そして、誰にでも叶えられる日々を、夢に見るしかない現実がまた己を卑屈にさせる。
自分の愛に応えなければ、レオノーラにも普通に訪れたであろう幸せな日常。自分以外の誰かとそんな日常を送る彼女を想像することが耐えられなくて、引き摺り込んでしまった傲慢さを悔いて苦しくなる。
自分の行く先にレオノーラを伴えば、平穏な日常を過ごすこともかわいいわが子を抱くことも彼女には叶わないかもしれない。そう話すと『二人で笑って生きていくことができるならそれがいい』と彼女が微笑んで言ってくれた。だから今はそれに縋って生きている。
本当は、この辺境伯領をめぐる会談が終われば、レオノーラを帝都に戻すよう働きかけるつもりだった。しかし、最初の冬の明ける頃事件が起こった。グレゴールが領地で襲われて死んだのだ。
犯人は、皇室信奉者たちの中でも過激派である「神聖皇派」と呼ばれる者たちだった。彼らは、帝国を神の国、皇帝を神の子として強く信じている。彼らは、グレゴールを皇室を貶めた反逆者の父親とみなし、激しく暴行した末に、塔から吊るすという凄惨な方法で見せしめにした。
皇帝を神の子として尊び崇める者たちがいるのは知っている。彼らは、神の子がこの国を統べる限り、帝国の繁栄が未来永劫続くと信じている。
神の子......皇太子という身分ですら反吐が出るほどうんざりしているのに、それが植物の種子からできた生き物の末裔だなどと、学院へ行って勉強してこい!と大声で叫びたいところだ。
信仰とは理屈では測れない。その集団からレオノーラが『傾国の魔女だ』と言われていることも知っている。自分の近くに置いてしまうと危険に晒す可能性がある。二年もあれば多少はほとぼりも冷めるかと思ったが、まだ、もう少し時間がかかりそうだった。
忌々しい。自分など好きな女の尻を追いかけて、泣き言を言いながら彼女に甘えることくらいしかできないしょうもない人間なのだ。
目の前で笑みを浮かべながら、真摯に自分の話に耳を傾けてくれる彼女を見ながら思う。
神など信じていないけれど、もし、そういうものがあるなら、この心優しい彼女が生涯笑って生きていけるように、自分の命などどうとでもくれてやるので、どうかどうかこの祈りを聞いてほしい。
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