13:皇太子の来訪2
辺境領が抱える問題は、アビエルの想定を遥かに超えていた。
実情を聞くにつれ、地図の上では見えなかった困難が次々と浮き彫りになっていく。
この地は寒冷で、農耕に適した土地が限られている。
流入してきた民に新たな開墾地を与えれば、先祖代々ここで暮らしてきた領民の不満が高まり、根深い遺恨を生む。
かといって何も手を打たなければ、いずれ暴動や略奪が起きかねない。
加えて、ゴルネアからの脱走兵が境界を越えて入り込み、盗みや暴力事件を起こす例もあるという。
だが、それらの対応を辺境伯が単独で担うには、限界があった。
「断絶というわけではないが、国交はほぼ機能していません。一領主の立場で、相手国に賠償請求や兵の引き渡しを求めるのは、現実的ではないのです」
ベリテア伯爵がやや疲れたような声で訴える。
「書状はこれまで、ゴルネアの中央都市の政府宛に送り続けておりますが……返事が届いたことは、ただの一度もありません」
その言葉に、場の空気が重くなる。
同行していた国務大臣補佐のホイセンは、顎に手を当てて唸った。
「……とはいえ、毎度このような事案を帝都に持ち込み、そこからさらに交渉にあたっていたのでは、時間も労力もかかりすぎますな」
続けて、外務事務官のクローデスがやや慎重な口調で言葉を挟む。
「下手に関与して、あちらの内戦に関わったと取られれば、外交上の火種にもなりかねません。とはいえ、相手側と対話できるルートを何か一つ確保できれば……」
会議室の中央には、辺境全体の詳細な地図が広げられている。
アビエルは視線を落とし、その周囲を指でなぞりながら静かに口を開いた。
「――ゴルネアとの交渉経路を、どこを通して築くか。これは本来、皇室が責任をもって開くべき道だ。
そのうえで、交渉権の一部を皇帝陛下の命により、正式に辺境伯へ委譲する。
そうしなければ、いつまでもこれは“一領主と隣国との私的なやりとり”にしか見えない」
部屋の空気がぴんと張る。
「この件については、帝都へ戻り次第、皇帝陛下に報告し、正式な外交ルート確立を検討しよう」
それだけ言うと、アビエルは資料から地図へと視線を移す。
「とはいえ、いま目の前にある問題を、すべて帝都任せにするわけにもいかない。
まずは、領内で発生している事案のうち、物理的に処理できる範囲のものについて、優先順位を決めて取り組んでいこう」
そう言って、地図上の各地点を指さしながら、担当官たちとともに確認を進めていく。
「ここは最近流入が集中している地域だな」
「この村では村人との対立が目立ってきているようです」
次々と報告が重ねられ、アビエルは一つひとつ丁寧に耳を傾けながら、地道に現実と向き合っていった。
◇◇◇
ローレンスは驚愕していた。自分の可愛い妻であるルグレンは、可愛いだけでなく勇敢で心優しい。昨年の夏に結婚して今は幸せいっぱいだ。その妻が皇太子を呼び捨てにしている。
「アビエル!久しぶりね。元気だった?」
その夜、領主の城では皇太子を迎えて、領内の有力者を呼び晩餐会が行われていた。騎士団の団長補佐であり、次期副騎士団長となる自分も招待され、妻を同伴して城に来ていた。
皇太子が自分の妻に向かって歩いてきて、呼びかけた。
「ルグレン、久しぶりだね!」
妻は名前を呼び捨てにした上、近づいてきた皇太子に手まで振っている。
ルグレンが皇太子と同じ時期に学院にいたのは知っている。学院では階級の隔たりがあまり感じられない。自分も数年前に学院に行った時にその自由な空気に随分得られるものがあった。その際にかなり風紀も『自由』であると知って、ルグレンの入学が決まった時に慌てて結婚を申し込んだくらいだ。しかし、ここはもう学院ではない。
「ルグレン、結婚おめでとう。レオニーから聞いたよ。素晴らしい花嫁さんだったそうだね。お祝いを持ってきているから後で家に届けさせるよ。こちらは旦那さんかな 」
皇太子は呼び捨てにされても全く気にせずニコニコしている。
「はい。ローレンス=コルトレインと申します。騎士団にて団長補佐を致しております。皇太子殿下にお眼通りが叶い光栄です 」
緊張でややカクカクと礼をした。そんな自分をルグレンが微笑ましく見ている。
「ねぇ、レオにはもう会った?」
「あぁ。昨夜少し顔を見れたよ。元気そうで安心した。そういえば、コルトレイン卿は警備隊の隊長もされているのですね。明日以降、領内を見て回らせてもらうので、その際はよろしく頼みます 」
「はい、お役に立てれば光栄です 」
その後も、皇太子が他の人の挨拶を受けるまで、ルグレンは皇太子と親しい友人の近況などについて歓談していた。
皇太子が去って行った後、
「なぁ、ルギー。さすがに皇太子にあれはまずいのでは......」
「あれって?」
「いや、名前で呼んだりとかさ......」
すると、ルグレンは、アハハハと無邪気に笑って、
「いいのよ、ロウ。アビエルはああやって気安くされると喜ぶから。さっきも嬉しそうだったじゃない 」
そうだろうか。皇太子は穏やかだが表情が読めず、何を考えているのかわからない空気を持っている。さっきもニコニコはしていたが、自分にはその感情は計れなかった。
「......不敬罪に問われないか心配だよ 」
そうこぼすと、ルグレンは、さらにアハハと笑って、
「だ~いじょうぶよ。むしろ皇太子のお目見えが良くて大出世しちゃうかもよ。もう、ロウは心配性ね 」
そう言ってローレンスの肩をパンと叩いた。こういう大胆で細かいことを気にしない妻の様子には、まぁ、いつも救われる。
「ヘバンテスも皇太子とこんな感じなのか?」
ルグレンは帝都から左遷されてきたレオノーラ=ヘバンテスととても仲がいい。学院で同じ騎士科にいたからだ。しかも彼女は、皇太子の従者だったらしい。
「レオ?う~ん。レオはこんな感じではないかな。アビエルに対してはいつも敬語だね 」
「え!だったらやっぱりまずいんじゃないか? さっきの態度は。せめてヘバンテスと同じくらいの距離感でいた方がいいんじゃないの?」
すると可愛い妻が、目を丸くして驚いた後、腹を抱えて笑ってさらにローレンスの肩をバンバンと叩き始めた。
「やだ、ロウ。私がアビエルとレオみたいな距離感になっちゃったら、あなた、本当に困っちゃうわよ?それでもいいの?」
そして笑いながら、私の素敵な旦那様は本当に心配性なんだから、と言って顎にキスをした。
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