12:再会
見回りを終えて帰ると、城では皇太子を迎えての晩餐がちょうど佳境のようで、明かりの灯る窓からは人の気配が賑やかに漏れていた。
門を抜け、城の向かいにある領主館へと歩を進める。
二週間の滞在と聞いている。
領内を視察する際には、きっと顔を合わせる機会もあるだろう。
明後日か、その次の日か――はやる気持ちをなんとか宥めつつ、湯を受け取って部屋へ上がった。
窓を開けると、初夏の風がひんやりと頬を撫でる。
煌々と灯る城の窓、その中にアビエルがいる。
手を伸ばして、あの灯りを掴もうとしてみる。――叶うはずもないのに。
浮かれている自分が可笑しくて、思わず小さく笑った。
窓を閉め、湯で体を清めて寝衣に着替える。
それは、アビエルが外交の土産に贈ってくれたものだった。
上質なシルクの生地が肌をなぞるたび、彼の指先を思い出す。
寝台に腰を下ろし、刺繍の続きを始めた。
次に贈るつもりの品は、弓の練習に使えるような胸当てだ。
革の縁に矢羽根の模様を刺し、ところどころにウサギや狐をあしらって、少しだけ遊び心を加えている。
夢中になって針を進めていると、扉がノックされた。
――こんな時間に?
思わず手を止め、革をそっとベッドサイドのテーブルに置く。
この地に来たばかりの頃、酔った兵士が夜更けに部屋を訪れたことがある。だから、返事はせず、じっと耳を澄ました。
再び、控えめなノックが続いた。
「レオニー、私だ」
聞き慣れた声に、反射的に寝台を飛び降りる。
扉を開けると、黒いマントを羽織ったアビエルが、何も言わずに中へ滑り込んできて、レオノーラを強く抱きしめた。
「……会いたかった」
その声に、胸がきゅうっと締めつけられる。
レオノーラもそっと手を伸ばし、彼の背中に腕を回した。
「どうしたの? 晩餐会は?」
「長旅で疲れているから、と言って早めに席を外した。……おまえがこんなに近くにいるのに、会わずに過ごすなんて無理だ」
唇が重なり、熱がふわりと胸に灯る。
啄むような口づけのあと、彼の唇がそっと噛むように遊ぶ。
「よくこの部屋がわかったわね。間違えて違う部屋をノックしたら大変だったわよ?」
そうからかうと、彼は唇を離さぬままに囁いた。
「……さっき、窓を開けて城の方に手を伸ばしていただろう?あれを見て、おまえの部屋がわかった。しばらく外から探ってたんだが、登れる場所がなくてな。仕方なく、警備の隙を見て侵入した」
その告白に思わず噴き出しそうになりながら、彼の顔を覗き込む。
すると、アビエルはふと顔を離し、じっとレオノーラの顔を見つめた。
「……なんというか……こんなに美しかっただろうか、君は」
甘やかな声音で、ひどく真剣なまなざし。
レオノーラは恥ずかしくなって目を伏せた。
「もう、どうしてそんなことを照れもせずに言えるの?」
頬まで火照ってきて、耳まで赤くなる。
その耳をアビエルがそっと啄むように触れた。
「どうして? ただ、心に浮かんだことを言っているだけだ。……会えて、本当に嬉しい」
そのまま、体をもう一度強く抱きしめてくる。
「お茶でも入れる? 夕方もらった湯だから、少し緩いけど」
手を引いて、窓辺の作業机へと案内する。
「先日アドルフさんが送ってくれたお茶がすごく香りが良くて……本当は、熱い湯で淹れたかったのだけど」
淹れながらも、彼女の手元をアビエルは静かに眺めていた。
「不便な暮らしをしていないか? 冬の間はこの地は閉ざされてしまう。足りないものは?」
「いいえ、不便なんて何も。……確かに冬の寒さには驚いたけど、アビエルが送ってくれた防寒具がなければ、今ごろ足の指が減ってたかもね」
軽口のつもりで笑ったが、アビエルは眉間に皺を寄せた。
慌てて話題を戻し、贈り物への感謝を伝える。
それから二人は、流入民と村人の対立の話、教育の問題、領主の苦悩について、現実的な話題を真面目に語り合った。
アビエルは終始静かに聞き、時おりうなずきながら何かを思案している様子だった。
やがて、夜も更け、城の灯りが落ちる。
「部屋にいなくて大丈夫? 皇太子が行方不明じゃ、大騒ぎになるわよ」
「大丈夫だ。明日の会合が昼からだから、それまで部屋に入るなと命じてある」
「戻るときは? どうやって?」
「テラスの窓から出てきた。張り出した木を伝って。……変える時も、まあ、なんとかなる」
彼の無邪気な表情に思わず笑みがこぼれる。
「レオニー、まだ帰りたくない。というか、もうこの部屋に滞在したい」
甘えるように胸に顔を埋めてくるその姿が可愛くて、彼の髪を撫でる。
「アビエル。この二週間、いくらでも会えるわ。二年会えなかったんですもの。今はもう、すぐそこにいるんだから」
優しく言いながら、つむじにキスを落とす。
「大事な会議があるんだから、早く部屋に帰らないと」
「大事なのはレオニーだ。会いたくて堪らないから、ついでに辺境伯領のテコ入れをしようと思って来ただけだ」
子どものようにグズグズと言うアビエルの子どもっぽい仕草に、思わず笑いが漏れる。
「本当に、もう.......」
そんなやりとりを続けていると、外で早番の警備の交代が行われているのが聞こえ始めた。さすがのアビエルも重い腰を上げる。
扉に向かおうとして、テーブルに目をやったアビエルが、革の胸当てを見つけて手を伸ばそうとした。それを慌てて制し、「まだ途中なの。完成したら送るから、今は見ないで」とレオノーラが笑いながら隠す。
そして――
「また、来る」
アビエルは名残惜しそうに何度もキスを落とし、重たげな足取りで扉を開けて去っていった。
レオノーラは、困った皇太子だと小さく笑いながら、満たされた気持ちを胸に、数時間後の夜間警備に備えて、もうひと眠りすることにした。
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