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第三話 ドロボー計画!

 暇だ。


 前世の夢を見てから、三ヶ月とそこそこの時が経った。あれ以来、夢も見ないし、ただ起きて、ただ眠る。面白みがちっともない。来る日も来る日もゆりかごの上で寝て起きて寝て起きて……。


 はっきり言う。もううんざりだ。


 だが、うんざりするほど暇だからできることもあったりする。


 そのうちの一つが筋トレだ。筋トレをして己を鍛える赤ちゃんとか、我ながらなかなかにシュールな絵面だと思う。だが俺は暇を紛らわすため、歩くため、毎日休まずにそれを続けた。


 ちなみにメニューは、腕立て、スクワットを必ず五回以上、プランクを15秒以上。赤ん坊のひ弱な体だと、どんなに頑張ってもこれが限界だった。


 そうして己を毎日鍛えたおかげで、俺は生後四ヶ月の時点で立ち上がり、歩行できるまでになった。


 でも、筋トレを続けたのは、ただ歩くためってんじゃない。


 これは、ある大いなる〝計画〟を成すために必要なプロセスだったのだ。俺はゆっくりと立ち上がり、安っぽい装飾が施されたゆりかごから大きな部屋を見回した。


 これから、今までの努力が報われることになると思うと心が踊る。俺は微笑みを浮かべ、音を立てずにゆりかごから飛び降りた。


 さて次に行うべきことは部屋から出ること。そのためにドアノブを捻って扉を開けなければならないのだが……まいったな。背が低くて全然届きそうにない。


 どうしてこんな設計になっているんだろうか。


「……赤ん坊が脱走を試みるであろうことを考慮し、この屋敷を設計したのか……?」


 だとしたら、建築士はなかなかやるヤツだったようだ。が、この程度で俺を止められると思ったのなら、それは大間違いもいいところだ。


 俺は使えるものがないかと、今一度部屋を見渡した。


「……それにするか……」


 俺はよちよちと歩いてそれの前に移動し、試しに引っ張ってみたら動いた。


 よっしゃ、やったぜ! 俺は心の中でガッツポーズをきめた。


 動かなかったらどうしよう、って思ってたからガチでよかった。


 そうして俺はそれ、つまりはゆりかごを足場に使ってドアを開けることに決めた。


 俺はゆりかごを押しながら、扉の前に到着した。思ったよりも重くて、ちょっと大変だったけど、ひとまず第一ステップは成功だ。


 それではゆこう。第二ステップ。俺はゆりかごによじ登った。手を掛け、足を掛け、少しずつ登っていく。


 そういえばこのゆりかご、少しかごの位置が高すぎやしないだろうか。大体一メートル20センチくらいある。


「……こんなに高いと、大人も赤ん坊を置きにくいんじゃないのか……? 登りにくい上に……いいことないじゃないか……」


 俺は愚痴をこぼすように言った。そしてしばらくして。


「くそ……!! まだつかないのか!?」


 俺は中腹ほどにまでたどり着き、顔を真っ赤にして叫んでいた。


 体が赤ん坊で体力も筋力も衰えているせいなのだろうが、滅茶苦茶疲れる。手足はプルプルだし、息も上がってきていた。


「いや……もうおかしいだろ……。そんな時間かかることあるか……?」


 俺はそう言いながらも、上へと進んでいった。


〜〜〜


 どれほど登り続けただろうか。もうそんなことはわからないが、やっとだ。やっと終わる。


 俺はその顔に満面の笑みを浮かべ、疲れた目で笑っていた。


「よし……これで……」


 俺はゆりかごのかごに手を掛けた。そしてなんとか身体を引き上げ、かごの上に身を乗り出すことに成功した。が。


「あ、お腹が引っかかって入れない……」


 と、なんとも間抜けなことになってしまった。


 赤ちゃん特有の柔らかいお腹がかごの縁につっかえて、上手く入り込むことができなかったのだ。


「くっ……早く入らないと……」


 俺は足をバタバタさせた。その次の瞬間、ゆりかごが傾いた。俺は「あ、これあかんやつや……」と思いつつ、ゆりかごの下敷きに床に叩きつけられた。


 下敷きになって腹部が圧迫され、苦しかった。内蔵破裂していてもおかしくない。俺はもしかしたらまた死ぬのかも知れない、そう思った。


「く、くそ……俺の二回目はまだ始まったばかりだっていうのに……。こんなところで……こんなことで……」


 俺は震える手を天井に向かって伸ばしたが、もう助かりそうにない。そうして俺は力尽き、腕を地面に落としたのだった。


「……なんてね……」


 嘘だよ。全部ただの冗談だ。疲れすぎて頭がおかしくなってしまってただけ。体に影響はほとんどないとも。


「あぁ……なんでもない……体は本当になんともない」


 けど、叫ばせてほしい。叫ばないとやってられない。やっていけない。


 俺は大きく、息を吸い込んだ。


「なんだよぉお!! もおおお!! またかよぉおぉぉおおおお!!!」


 また登らないといけない。またあんなキツいことをしなくてはならない。俺は叫び、床に拳を強く叩きつけた。


 その後、俺はゆりかごの下から這い出てゆりかごをもう一度立て直した。そして小一時間そのゆりかごを登り続け……。


「完登……だ……」


 疲れ切った声で、そう呟くに至った。何回か滑り落ちたし、失敗した時分の疲労もあったから本当にきつかった。


「さあ後はドアノブを捻りながら扉を押せばいいんだが……」


 俺はそう独り言を漏らしながらゆりかごの下を覗き込んだ。


「ドアノブの位置低ー……」


 多分30センチは下だろう。このゆりかごがもっと低ければ、登る時もあんなに大変な思いをしなくてもよかったのに。


「それに身乗り出さないと開けられないじゃないか……まったく……」


 俺はゆりかごから身を乗り出し、必死でドアノブに向かって手を伸ばした。後10センチ、後五センチ、後二センチ。そして。


「あ……」


 かごから身を乗り出しすぎて、頭から転落した。「あ、今度こそあかんやつや」俺はそう思った。これは絶対死ぬ、と。そんな確信があったのだ。


 俺は反射的にドアノブに手を伸ばし、掴んだ。なんとかして落下を止めなくては、と。そう思っての咄嗟とっさの行動だった。


 次の瞬間、俺の体は扉に思いっ切り叩きつけられた。扉はその時に発生した慣性で開き始め、俺をドアノブにぶら下げたままゆっくりと開き切った。


 俺は冷や汗を流しながらドアノブから手を放し、着地した。


「あ、危な……死ぬとこだった……。ついでに肩外れたし……」


 俺は激痛を伴っていた右の肩を左手で持ち、外れた肩関節をはめ直した。


「いてて……脱臼癖がつかなければいいけど……」


 この程度で肩が外れるとは、赤ん坊の体の貧弱さには驚かずにはいられない。まあだが、とにかく俺は部屋から脱走することに成功したのだった。


 俺は廊下を歩き、目的地に向かった。


 そうそう、部屋からの脱出にも成功したので、そろそろ〝計画〟の内容について話しておこう。


 それは部屋から出て、ゆりかごに縛られない自由気ままな生活を送ることだろうか。いや、それは違う。確かに魅力的ではある。だけどまだ俺は赤ん坊だし、気が早すぎだ。


 では、一体〝計画〟とは何なのだろうか。それは父の書斎からこの世界で話されている謎言語の辞典を盗み出すことだ。


 俺がこの異世界にて何をするにしても、まだまだ必要最低限の知識すら足りない。


 特に言葉がわからないのは致命的だ。この世界で生活していれば、いつかは必ず覚えることになるんだろうが、そんないつかを待つよりも善は急げ、だ。


 幸い、寝る前になると、この間アマだなんだと心のなかで散々罵った母が絵本を、読み聞かせ始める。


 俺はそれを盗み見る、盗み聞くことによってある程度文字を習得することができた。しかし、まだ足りない。絵本で得られる知識だけでは、まったくもって量も、質も、何もかも足りないのだ。


 よって俺は、量もあるし質も上等な、常用単語程度ならだいたい全部載っているであろう単語辞書を、この屋敷にあるこじんまりとした書庫から盗み出す。


 とっても素敵なドロボー計画だ。


 寸分の狂いもない。完璧な計画だ、と。俺はにやりと口角を吊り上げた。


 ちなみに書庫の場所はもう調査済みだ。窓を使って部屋から出て、屋根伝いで探検に出かけた時、偶然見つけた。


 俺は疲れ切った足を根性で動かし、廊下を進んでいった。


 そこがメイドさんの寮部屋。その次が掃除道具置き場。そのまた次が騎士団の人用のロッカールーム。それで、その隣が例のこじんまりとした書庫だ。


俺は扉の前に立った。


「さて、後はこの扉を開けて……?」


 そこで俺は気づいてしまった。


「あ……ドアノブに手が届かない……」


 俺としたことがやってしまった。俺が出てきた部屋のドアノブが高い位置についていた時点で、もう予測することはできたはずなのに。


「おかしいだろ! この世界の住人はバリアフリーという単語を知らないのか!?」


 これは明らかな赤ちゃん差別だ。赤ちゃんにだけ厳しく、使いにくい居住空間なんてどうかしてる。俺はこの家への憤りに任せて扉を思い切り蹴った。


 僕は周囲を見渡した。まわりに使えそうなものはない。どうしよう。いやマジでどうしよう。俺は頭を捻って考えた。


 ここまで来て諦めるか?


「いや、絶対にそれはない……」


 せっかくここまできたのにそれを無に還してしまうなんて、論外も甚だしい。だが、他にどんな手がある?


「一回ゆりかごを取りに戻るしかないか……」


 できれば往復はしたくなかったし、もう二度と登りたくなんてなかった。だがどうやったって背に腹は変えられない。


「大丈夫だ……」


 そう、大丈夫だ。さっきも登れたんだから、また登れるさ。俺はそう自分を励ました。


 よし、気は進まないが、さっさとゆりかごを取りに戻って早いところ辞書を盗み出してしまおう。俺がそうして、回れ右をしようとした時。


〔え!? リグ様!? な、なぜこんなところに!?〕


 メイドの声が聞こえた。


 あ、やっべ。


 そう思ったときには、もう既に遅かった。メイドは俺に駆け寄り、抱き上げてきた。


 おい! やめろ! 降ろせ!


 俺は腕を振り回し、脚を突っ張り、なりふり構わず暴れた。しかし、そんな抵抗も虚しく。


〔ま、まったく……どうやって出てきたんでちゅかー……? お母様が困ってしまいまちゅよー……〕


 どのように、出てきた、母、困る。俺はなんと言われているのか断片的にしかわからなかった。


 だが、この猫なで声。屈辱的だ。


 大方『でちゅかー?』とか『でちゅよー』とか、そんな感じの言葉を語尾に付けて言葉を発しているんだろう? いやはや、本当に屈辱的だ。


 俺はそんな屈辱に顔を歪めながら、そのままメイドに連行されていってしまった。

 

〝計画〟失敗……。

 第三話 ドロボー計画! お読みいただき、ありがとうございました!


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 何卒、お願いします!


 第三話は2025年5月11日の7時頃に投稿予定です!!


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