第一夜 2.夢は夢だけど夢と違う
ぶーん、ぶーん。びりびりりりり。
朝。
夢の中で聞いたのとそっくりなアラームで起きた俺は、眠気を引きずりながらベッドから這い出した。
制服に袖を通し、タンス脇の姿見に視線をやると、ガラの悪い顔つきをした短髪の男子高生――すなわち俺、吉見大樹の図体が一部目に入る。
全部ではなく一部なのは体格のせいだ。
横にも縦にもデカいので、普通サイズの鏡を使うとどこかしらが映りきらずはみ出ることになる。
昨晩はこの当たり判定だらけの体にさんざん返り血をくらった。
普通に気持ち悪かった。
「(ひでえ夢を見たもんだ)」
そう思いながら鞄を拾い、端末を充電器から引っこ抜くと、点灯した画面にテキストメッセージの通知が一件。
こんな朝っぱらから誰だ、と思いつつ差出人の名前を見て、思わず声が出た。
「……あ?」
§
「だからー、私も見たんだって! タイキとカナタとわたしで○国無双する夢!」
数十分後。
ほどほどに混みつつある通学路を行きながら、俺は夢で金属バットを振り回していた女に食い下がられていた。
田辺あきら。
家が近くで小学校の時から一緒だった、まあ腐れ縁だ。
丸い目、元気と活力を反映したような艶のある髪を一本にくくっている、制服を着ている以外は昨晩見た通りの立ち姿。
「気のせいだろ」
「そんなんじゃないって! カナタにも聞いて確かめたもん!」
「こいつの相手すんのめんどかっただけだろ?」
あきらの頭ごし、並んで歩いていた三人目にボールを投げる。
俺ほどじゃないが短めに切ってある茶髪に女顔、校門がまだ先なのをいいことに余分にボタンを開けてあるユルい格好、河野彼方。
こいつとは中学からの付き合い。
「いや、確かにめんどいはめんどかったんだけどさ。内容は一致してたんだよ。僕が見た夢と」
チャラめの見た目に似合わない――しかしなんともこいつらしい、考え込むような真面目な顔つきで彼方は言った。
「僕は僕の視点で、あきらはあきらの視点で見たことしか知らないのに、ところどころ、足し合わせると辻褄が取れてたりしててさ。それに、同じ夢を共有してなければかぶるはずがないとこまで内容が一緒だった」
「たとえば?」
「「大樹の武器が物干し竿」」
「ぐっ……」
よりによってそこを中身かぶりのチェックに使うなよ、畜生。
「……まあ、でだ。仮に俺らが同じ夢を一緒に見てたとして、それが何だってんだよ」
「えー、何その反応! ノリ悪いなあ! ボロ負けの三位だったから?」
「違ぇよ!」
楽しいじゃん何でも出来てさー! とぶーぶー言うあきらの左隣、彼方が俺を見る。
「楽しいかは置いとくとして、不思議ではあるよね。俺たち三人ともがこんなにはっきり内容を覚えてるのも、夢としてはだいぶ変じゃない」
「まあ、普通はねえやな」
あきらがうるさすぎてやり過ごす方に注意がいってたが、言われてみればそうだ。
「もしかしたら、夢とはちょっと違う何かなのかもしれない。幽体離脱とか」
「オカルトかよ」
「それでも、たまたまの偶然よりはまだ確率ありそうだろ」
少し苦笑してから、彼方は続けた。
「もしまた似たようなのが見られたら、せっかくだから色々試してみようと思ってるんだ。それで、この現象が一体何なのかがわかるかも」
「今日はさ、一緒の時間に寝てみない!? タイミング合わせが大事かもよ」
「やだよ、めんどくせえ」
「三位こら! ビリだったくせにえらそうに!」
「脳筋プレイでたまたま一位取れただけだろ擦んじゃねえ!」
「仲いいなあ」
彼方にいつものように笑われて、一時期の距離があっさり、嘘のようになくなっているのを今更のように感じた。
二人と俺はクラスが違う。
彼方に付き添われつつ奥の教室へと去るあきらは、誰が見てもわかるくらい嬉しげな様子だった。