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識域のフラクタル  作者: 伊草いずく
Ep.1 夢七夜
1/10

第一夜 1.ゾンビ無双

 こんな夢を見た。



 §



 黒一色だった画面に光が灯り、端末が着信の振動を放ちはじめた。

 安物のパイプベッドの上端、ものを置くために張りだした小スペースの上、それはもう騒々しく。


「んぐ」


 俺はうめき、後ろ髪を引かれるような眠気を覚えつつ目を覚ますと、顔をしかめた。


 何せ鳴った位置が位置だ。頭に振動がダイレクトに来る。

 くらったことのある人はわかると思うが、寝起きにこれはなかなかしんどい。


 クラスの連中から“見られただけでガンつけられてる気分になる”とまでディスられている顔に更に不機嫌を上乗せしつつ手を伸ばし、どうにか端末を探りあてる。


 呼び出しが止む様子もないので、仕方なく通話ボタンをスワイプ、名前もろくに確かめずに出る。


「もしもし」


 すると、


「タイキ!? 寝てた!? おはよ! まあもう(おはよう)っていうか、(こんにちは)もど真ん中の時間だけど!」


 活発一色のまっすぐな女の声が鼓膜に向けて飛び、二度寝の誘惑に従う気満々だった俺の意識をスカーンとぶっ(たた)いてきた。


「ばっ……。てんめ、声でけえぞあきら!」


 声の主は知っているやつだった。

 端末を耳から遠ざけながら文句を言ったが、


「え!? なに!? 聞こえない! ごめんこっちうるさくて!」


 とこれまたけっこうな音量で返してくる。


「~~~~っ。なんの用だよ!」


 若干イラつかされつつ声を張り上げると、こっちの抗議に気づいた様子もなくまたも元気な声。


「あー! あのさ、タイキいま自分の部屋にいる!? 二階!?」

「そうだけどそれが何だ!?」

「よかったー! じゃあベランダ出てベランダ! あ、ちゃんと服着て出てね! 外まで来れるカッコで!」

「は!?」

「よろしくー! うおりゃー!」


 つー。つー。


「……最後の気合いみたいな声、何だよ」


 何か重い物体が空を切る音もセットで聞こえたけど。バットの素振りでもしてんのか?


 耳がまだきんきんする。

 これをもう一度くらったら再起不能になりそうなので、しかたなくベッドを降り、体をごきごきほぐす。


 部屋着の上から雑にウインドブレーカーを羽織って窓を開け、外を見ると、そこにはぶっ飛んだ光景が広がっていた。


「あ゛ー」

「う゛ぁー」

「は?」


 ゾンビだった。ホラーとかパニック映画とか、海外産のFPSとかで出てくる腐ったアレが道を埋め尽くしていた。

 姿形から数からのろのろとした動きっぷりまで、どこをどう見ても典型的な怪物の群れ。


 しかし何というか、現実味というやつがない。

 くさいっちゃくさいがそこまででもないし、恐いかと聞かれればぶっちゃけそこまで恐くもない。


 なんでだ、と少し考えてやがて答えに思いあたる。

 これ、夢だからだなたぶん。


 その証拠に世間はまったく静かでのほほんとしている。

 実在するはずもない化け物がこうも大量発生していたらもっとパニックになっていることだろう。


 なるほどと納得、安心した俺は辺りを見回す。

 出てこいと呼びつけたからには出ればわかるとこまで来ているはずだ。


「……あれか?」


 表の大通りへと通じる道を、何かがやってくる。

 ()()だと断言できないのは姿が見えないからだ。


 ぶおん、ぶおん!

 低めの風切り音が響くたびゾンビが数体規模で吹っ飛び、ブロック塀を越える勢いで宙を舞っては適当に自由落下していく。


「無双ゲーかよ」


 人間サイズの物体があんなひょいひょい空飛んでたまるか。

 この世界の物理演算どうなってんだ?


 などと心の中でツッコミを入れていると、ゾンビ連続射出の発生源から聞き覚えのある声。


「いたいた! おーいタイキー!」


 ゾンビの返り血をペンキのようにかぶった女が一名。あきらだ。


「何やってんだよお前」

「何って、千人斬り? 三国一の実績解除?」


 手に持っているのは金属バット。

 俺の質問に答えながらものろのろ寄ってくるゾンビをスマッシュし、湿った音と共に怪物どもを青空のもくずと変えている。


 よく見たら視界の端にhit数みたいな数字出てんな。

 本当にゲームみてえな夢だ。


「起きたらなんかこんなんなっててさ! わかんないけど楽しいじゃん? こりゃいつも通り遊び倒すしかないなと思って!」

「俺を巻き込むなよ」

「いいじゃん夢なんだからー。ほら、さっさと来る」


 血まみれのバットを俺に突きつけて命令するスプラッタ女。

 つったってこれ、この感じだと家のドア開かねえだろ絶対。


 と思っていると、ゲームのチュートリアルよろしくのわざとらしさでベランダの物干し竿が目につき、そのまま存在感を強調してくる。


 気が進まないながらそれを手に取り、棒高跳びのようなやり方で突き立てて身を乗り出すと、失敗もせず着地ができてしまった。


「ナガモノかー。槍タイプね、カナタともわたしとも差別化できてんじゃん、ナイス」

「あいつもいんのか」

「うん! あっちのビルで一人FPSやってる。合流して撃破数(キルレート)競争しようよ」


 溜めたフルスイングの衝撃波で帰り道を再開通させながら、あきらが言う。


(ねみ)いんだけど俺」


 一応言ってみたが当然聞く耳は持たれず、仕方なくついていく。


「(……そういや、こいつとこうやって話すの久しぶりだな)」


 女子としては高いが俺と比べるとさすがに小さい、あきらの背中を見ながらふと思う。


 正確にはこいつ一人とだけじゃない。

 目的地のビルにいるらしい彼方(かなた)ともだ。


「へへへ。また三人でこうやって遊べるの、超うれしいなー」


 血みどろ一色な格好のあきらは、言葉通りひどく上機嫌だった。


 その後、結局日が暮れるまで俺たちはゾンビをしばきまくるアクションをやった。

 結果は俺がぶっちぎりの三位だった。


 自宅からたまたま持ち出しただけの物干し竿は頑張ってくれたが、なんというか威力が地味で、やりたい放題のあきらにも銃タイプだった彼方にも勝てず、一人だけ別ゲーをやっている気分だった。

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