計画
「……このままでは、宇宙船の航行が不可能だ。」
NASAの管制室には、各国の宇宙機関の代表が集まり、緊迫した会議が続いていた。
「現在の宇宙船の推進システムでは、脱出できるのはわずか10万人。それ以上の人類を救うためには、圧倒的なエネルギーが必要になる。」
宇宙へ逃れる唯一の手段であるシャトルは、地球の崩壊に巻き込まれる前に出発しなければならない。だが、大量のシャトルを飛ばし、遠くの宇宙まで航行するには、現在の技術ではエネルギーが圧倒的に不足していた。
「それを解決する方法が、たった一つある——。」
スクリーンに映し出されたのは、新たな計画の名だった。
The Sun 計画——人類を救うための最終プロジェクト。
「レーザー核融合によって、人工的な太陽を生み出し、莫大なエネルギーを確保する。」
科学者の説明が続く。
「成功すれば、宇宙船の推進力を飛躍的に向上させ、地球を脱出する人類の数を大幅に増やせる。エネルギーが足りず見捨てられるはずだった人々も助けられるかもしれない。」
リサは、その言葉にわずかな希望を感じた。
「もしこれが成功すれば……エミリーをシャトルに乗せられる……!」
「成功確率は?」
ジャックの問いに、研究者たちは沈黙した。
「……1%以下。」
リサは歯を食いしばった。
「それでも、やるしかない。」
「この規模の核融合炉を建設するには、最低でも数週間……通常なら数ヶ月はかかる。」
研究員の一人が、地球の崩壊が迫るなかで絶望的な声を漏らした。
「そんな時間はない。何としても、三日以内に完成させる。」
NASAの敷地内に、世界中から科学者やエンジニアが招集された。
核融合炉の心臓部となるトカマク型磁場閉じ込め装置が、急ピッチで組み立てられていく。
「磁場発生装置のパーツはフランスから輸送中! ただし、ロジスティクスが崩壊していて、到着は確約できない!」
「超電導コイルが足りない。代替材を探さないと……!」
工場では、作業員が手作業で巨大な冷却装置の配線を繋いでいた。
人類が生き残るための最後のプロジェクト。
リサもまた、娘を救うために、不眠不休で装置の調整に奔走していた。
「レーザー核融合炉、起動準備完了!」
核融合炉が設置されたのは、すでに崩壊が進む地球の砂漠地帯。レーザーを一点に集中させることで、人工的な太陽を生み出し、莫大なエネルギーを生成する仕組みだ。
リサは、操作パネルの前で祈るような気持ちで計測器を見つめた。
「頼む……。」
点火開始。
高エネルギーレーザーが照射され、核融合炉の中心が白く輝いた。
「エネルギー出力、上昇!」
「推進システムに電力供給開始!」
管制室に歓声が広がった。
「成功した……!?」
だが、その瞬間——異常な数値が表示された。
「待って、エネルギーが暴走してる……!」
「温度が急激に上昇……これでは制御できない!」
「磁場が維持できない!!」
計画は、想定を超えたエネルギー暴走を引き起こし、崩壊を始めていた。
轟音とともに、融合炉が爆発した。
「くそっ!!」
リサは計器を叩いたが、すでに手遅れだった。
The Sun 計画は、制御不能のまま暴走し、地球のコアの崩壊をさらに加速させてしまった。
「……もう、打つ手はない。」
エネルギー供給を確保できず、宇宙船の推進力は改善されなかった。
「結局、10万人しか助けられないのか……。」
リサの目に涙が滲んだ。
「……エミリー。」
彼女は、必死に機器を操作する。
「まだ間に合うかもしれない! 他に方法は——」
「リサ!!」
ジャックが肩を掴んだ。
「もう、終わりだ……。」
リサは、震える手を止めた。
「……。」
その瞬間、彼女は悟った。
どれだけ足掻こうと、もうエミリーをシャトルに乗せることはできない。
「The Sun 計画は失敗。エネルギー供給の増強は不可能。予定通り、10万人をシャトルに搭乗させ、地球を脱出する。」
NASAの最終決定が下された。
「選ばれなかった人々は……?」
沈黙。
答えは、誰の目にも明らかだった。
リサは、NASAの施設の廊下を歩きながら、ただエミリーのもとへ向かっていた。
扉を開けると、エミリーがリサを見上げる。
「ママ……?」
リサは、何も言えなかった。
ただ、娘を抱きしめることしかできなかった。
「シャトル発射まで、あと24時間。」
宇宙へ脱出する人々が、次々と最終チェックを受けていた。
リサは、エミリーの手を握ったまま、シャトルの方を見つめていた。
「これが……終わりなの?」
ジャックがそばに立ち、静かに答えた。
「地球は、もう持たない。」
遠くの空では、大気が崩壊し始め、宇宙の闇が地球を飲み込もうとしていた。
リサは、最後の決断へと向かうことになる——。