終末の足音
リサ・モリスは、研究所の薄暗いラボでスクリーンに映る最新のデータを見つめていた。
アメリカ中西部の砂漠地帯に突如現れた亀裂は、予想をはるかに超える速さで拡大していた。わずか数週間で裂け目の幅は数十キロに広がり、最新の観測では深さが計測不能になっている。
「こんなペースで広がるなんて……。」
隣でジャックがデータをスクロールしながら息を呑んだ。
「リサ、地下の構造が崩壊し始めている。熱流の上昇速度が異常だ。」
リサは彼の言葉に頷き、画面に映る地震波のデータを指さした。
「これを見て。通常の地震波とは違うパターンよ。まるで地殻が空洞の中に崩れ落ちているみたい。」
「つまり……地球の内部が崩壊しつつある?」
ジャックの言葉に、リサの胸が締め付けられた。
「もしこのまま進行すれば、地球のバランスが崩れ、全体が連鎖的に崩壊する可能性がある……。」
彼女は画面を睨みながら、考えを巡らせた。この現象の原因は何なのか? どうすれば止められるのか?
その答えは、まだ見えなかった。
その夜、リサはホテルのベッドに腰掛け、エミリーとのビデオ通話を繋いだ。
「ママ! 今日は学校で宇宙の勉強したんだよ!」
エミリーの無邪気な声に、リサは自然と微笑んだ。
「そうなの? どんなことを習ったの?」
「ブラックホールの話! なんだか、ママが調べてる地球の穴みたい!」
リサの胸に、ズキリと鋭い痛みが走った。
「……そうね。でも、ママが調べてる穴は、ブラックホールとは違うの。」
「でも、大きくなったら、地球がなくなっちゃうの?」
エミリーの言葉に、リサは一瞬言葉を失った。
「……そんなことにはならないわ。ママがちゃんと止めるから。」
そう言いながら、自分の言葉に確信が持てない自分がいた。
「ママ……今度こそ、約束守れる?」
リサはエミリーの瞳を見つめた。その問いは、母としての彼女を突き刺した。
「もちろんよ。すぐに帰るから。」
しかし、彼女は知っていた。今は、帰ることすらできないかもしれない状況にあることを。
翌朝、リサたちは再び砂漠の亀裂へと向かった。
空には奇妙な赤黒い雲が広がり、風は灼熱の空気を運んでいた。裂け目の周囲では地表がわずかに波打ち、遠くで微かな地鳴りが聞こえる。
「なんだ、この音は……?」
ジャックが足元を見つめると、砂が静かに渦を巻くように沈んでいくのが見えた。
「まるで、大地が吸い込まれているみたいだ。」
リサは慎重に裂け目の縁へと近づいた。
その瞬間——。
ズズズズ……!
突然、裂け目の奥深くから、巨大な光の柱が噴き上がった。
「な、何だ……!?」
光はただの発光ではなかった。まるで大地そのものが輝いているような、未知のエネルギーだった。
「これは……何かが地下で変化している証拠かもしれない……。」
リサはすぐにスペクトル分析を試みた。
「この光……地球のコアの成分に近い……? でも、なぜこんなところから……?」
ジャックは呆然としながら、計測データを確認した。
「重力場がさらに乱れている。もう、この地域は通常の物理法則が通用しなくなってるかもしれない。」
「つまり……地球そのものが崩れつつあるってこと?」
リサの言葉に、ジャックは押し黙った。
もはや、理論では説明できない領域に踏み込んでいるのかもしれない。
研究所に戻ったリサは、世界各地の研究者たちと緊急オンライン会議を開いた。
「このままでは、地球の地殻が崩壊し、内部の圧力バランスが崩れる危険があります。」
「つまり、それは……?」
画面の向こうで、日本の地震学者が慎重に尋ねる。
「地球全体が、収縮し始める可能性がある。」
静寂が会議を包んだ。
「それが意味するのは、地球の自壊……?」
リサは小さく頷いた。
「まだ確証はありませんが、もしこの現象が止まらなければ、最終的に地球は耐えきれず、内部から崩壊する可能性が高い。」
会議室は重苦しい沈黙に包まれた。
「解決策は?」
「今のところ、まだないわ。」
リサの胸に、焦燥が募った。
彼女はエミリーとの会話を思い出す。
「ママ……今度こそ、約束守れる?」
(私に……この地球を救うことができるのだろうか?)
彼女は深く息を吸い込み、スクリーンを見つめた。
「何があっても、この地球と、私の家族を守る。」
たとえ、それがどんな絶望の先に続いていようとも——。