重力場の乱れ
アメリカ中西部の砂漠地帯に現れた巨大な亀裂は、日を追うごとに拡大していた。数日前には数百メートルだった裂け目は、すでに数十キロに達し、地表は不安定になり始めていた。
地震学者のリサ・モリスは、現地調査を終えて研究所へ戻り、収集したデータを精査していた。
「リサ、これを見てくれ。」
研究チームのジャックが、スクリーンに表示された地震波形を指さす。
「震源の深さが、日ごとに変化しているんだ。通常の地震なら、震源の位置は大きく動かない。でも、これは……まるで何かが地中を移動しているように見える。」
リサは画面を見つめながら、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「地殻が崩れつつあるのかもしれない……。」
「でも、それだけじゃない。」
ジャックは別のデータを表示した。
「重力場の変化が続いているんだ。この砂漠一帯の重力が、わずかに弱くなっている。」
「……それってどういうこと?」
「可能性としては、地下に空洞ができているか、内部の質量が変化しているってことだ。」
リサは息をのんだ。地球内部の質量が変化する——そんなことが起こるはずがない。
「このままじゃ、地球の構造そのものが崩壊するかもしれない……。」
その言葉は、重くのしかかった。
その夜、リサはホテルの部屋でエミリーに電話をかけた。
「ママ、今日は帰ってくる?」
画面越しのエミリーの瞳には、不安がにじんでいた。
「もう少しだけ待ってね。必ず帰るから。」
「……ママがいないと、寂しいよ。」
リサは胸が締めつけられる思いだった。研究者としての使命と、母としての愛。その間で揺れながら、彼女は言葉を選んだ。
「大丈夫。ママは絶対にエミリーを守る。」
その約束が、果たせるものであると信じたかった。
翌日、リサたちは再び亀裂の現場に戻った。
砂漠はすでに異様な景色へと変貌していた。
裂け目の底からは、これまで以上に強い熱風が吹き上がり、大気が歪むような現象が発生していた。周囲の砂は焼けつくように熱せられ、わずかに溶けたガラス状の鉱物が見られた。
「リサ、空気の組成が変わってる!」
ジャックが測定器を確認しながら叫ぶ。
「大気中の二酸化硫黄が急増してる。地下から有毒ガスが噴出し始めてるぞ!」
リサはすぐに防護マスクを着用し、裂け目の内部を観察した。
地下深くから、微かな赤い光が揺らめいている。
それは溶岩ではなかった。もっと異質な、何かの兆候だった。
「……これ以上、近づくのは危険かもしれない。」
その瞬間——。
ゴゴゴゴゴ……ッ!
大地が唸りを上げた。
「崩れるぞ!!」
砂漠の一部が、まるで奈落へと飲み込まれるように崩壊していく。
リサたちは必死に駆け出し、なんとか安全圏へ逃げ込んだ。
振り返ると、砂の大地はさらに裂け、新たな巨大な穴が形成されていた。
リサは、ただ息を呑んだ。
「地球が……沈んでいく……。」
研究所に戻ったリサは、データを整理しながら一つの仮説を立てていた。
「地球の内部で、何かが消失している。」
地球の中心に向かって、何かが大規模に消え去っている。その結果、地殻が支えを失い、崩壊を始めたのではないか。
「もしこのまま進行すれば……?」
リサは、計算結果を見て言葉を失った。
地球は、自壊する。
この亀裂は、ただの始まりにすぎなかった。
彼女はエミリーの顔を思い浮かべる。
「私たちの住む地球が、消滅するかもしれない。」
研究者としての使命と、母としての愛——。
どちらを選ぶのか。
その答えを出す時間は、もう残されていなかった。